キモオタク地方公務員(県庁職員)のブログ

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手に職をつけたいと思い立ったとき、真っ先に勧められるのが「特殊車両の運転免許」です。
慢性的に人手不足、いつになっても需要は無くならないだろうと言われています。 
フォークリフトが一番身近でしょう。近所のホームセンターでも常に運転手を募集しています。

免許あっても使わない

公務員稼業では、免許そのものは役に立ちません。
職員自ら特殊車両を運転する機会が無いからです。

役所の仕事では色々な特殊車両を使います。
ごみ収集車、除雪車、高所作業車あたりが代表例ですが、他にもたくさんあります。

しかし、これらを職員が運転する機会は滅多にありません。
技能職の職員が運転している場合もありますが、最近はどんどん外注化が進んでいます。
少なくとも、一般職員が異動で特殊車両運転手に任ぜられることはまずありません。 
 
つまり、特殊車両の運転免許を持っていても、活用する場面がそもそも無いのです。

特殊車両の運転経験は貴重

免許そのものは活きないものの、免許取得までの過程や運転経験を通して得た知識や感覚は大変に役立ちます。

前述のとおり、役所の仕事には様々な特殊車両が関わっています。
役所職員の仕事は、これら特殊車両を効果的・効率的に稼働するよう指揮監督することです。
これは一般職員の仕事です。誰もが担当し得ます。

この業務には、特殊車両の仕組みや運転の感覚が必要不可欠です。
回転半径が大きいとか、重量・車幅的に通行できない道があるとか、燃費の感覚とか……こういう特殊車両ならではの事情を知らないと、机上の空論しか作れませんし、現場に即した指示もできません。

免許を取得していれば、取得までの過程で、こういった業務に必要な知識や感覚が自然と身についているでしょう。
改めて勉強するにしても、全くのゼロからのスタートと、免許取得による貯金がある状態だと、吸収力が段違いのはずです。


実際に運転する機会は無いとはいえ、特殊車両に関する知見は大いに役立ちます。
役所内でも積極的にアピールしていけば良いと思います。
少なくとも話のネタになります。

自治体のSNS活用といえば、情報発信の観点がとにかく注目されています。
SNSが情報発信ツールとして有用であることは間違いありません。
ただ、あまりにも情報発信にばかり関心が集まりすぎではないかと最近は思っています。

個人であれば、情報発信よりも情報収集目的でSNSを使うことのほうが多いはずです。
自治体も同じであり、もっと情報収集目的でもSNSを使えばいいのでは?

SNS上には、ここでしか得られない情報がたくさんあります。

良くも悪くも本音が出る

勇気がある方は、試しに首長の名前をTwitterで検索してみてください。
多分、罵詈雑言まみれの地獄が広がっていると思います。

これが住民の本心です。
役所がチェックしているとは思いもしないために、取り繕うことなく、自由に本音が書けます。

「つい感情的になって過激な発言をしてしまった、本心ではない」と事後的に弁解する方もいますが、「感情的になって過激な発言をする」という部分はまさにその方の本質です。
本質から繰り出された言葉は、本心以外の何物でもありません。

SNSは、自分の好きなタイミングで投稿できます。
熟慮と推敲を重ねた末の投稿かもしれませんし、激情の赴くままに書き殴った結果かもしれません。
いずれにしても「書きたい」という欲求に従った結果であり、本心の発露です。

今の世の中だと、SNSほど大人数の本心を覗けるツールは、ほかに無いと思います。

本心を知ることが業務に役立つかどうかは、わかりません。
下手にチェックすると精神を病みます。
聖杯の泥って多分こんな感じなのでしょうね……

ただ、役所と住民の情報格差、前提の違いを理解するという意味では確実に有用だと思います。
住民の激情には、その原因を読み解いていくと、とある情報を知らなかったために誤解していただけというパターンがよくあります。
SNSの投稿をチェックすることで、どういう種類の情報がうまく伝わっていないのかを突き止められるかもしれません。


注意が必要なのは、あくまでもアカウント所有者個人の本心であって、住民の総意・世間一般の本心ではない点です。
個人の憎悪にとらわれすぎて、それを集団のものと取り違えてはいけません。


「人」の情報を集められる

住民の本心を知るという目的では、匿名掲示板も有用です。
SNSとは利用者の層が異なるので、両方とも参照するのが良いでしょう。
 
SNSならでは真価は「人」の情報を得られるところです。

今や個人がバズを起こせる時代です。
ちょっとした口コミで商品がいきなり完売したり店に行列ができたり、逆に閉店に追い込まれたり……

誰のどんな発言が火種になるか、事前に予測するのは不可能です。
どこかの国のように検閲体制を敷くこともできません。
現状、役所レベルで実行可能な予防策は、意図的にバズを起こそうとしている方、つまりインフルエンサーを把握しておくことです。

インフルエンサーの方々と行政との関わりは、これからどんどん増えていくと思います。
良い意味でも悪い意味でも。
 
特に悪い意味、つまり行政を叩く目的でバズを起こされる場合は、インフルエンサーとの接触は唐突にやってくることになります。
有事に至ってから慌てるより、あらかじめ予習しておいたほうが安全です。
自分の勤める自治体内で活動している方の情報くらいは、定期的にチェックしておいたほうがいいと思います。

先述のとおり、SNSは本心が表れやすい媒体です。
特に最近のような緊急事態の下だと、インフルエンサーの個性がよく現れます。
僕の住む自治体でも
  • 飲食店のテイクアウト情報をまとめる
  • 自宅でできる娯楽を紹介する
  • オンラインツールを使って今まで通りの活動を続ける
など、楽しくてためになるコンテンツを提供している方がいる一方、
  • 行政をひたすら叩く
  • 感染症不安を煽って健康商材を買わせようとする
  • 感染者の個人情報をリサーチして発信する
など、攻撃性を顕にしている方もいます。

役所との親和性を調べるという意味では、今は絶好の機会です。
まずはTwitter検索でアカウントを見つけて非公開リストに入れて、日々の発言を見ていればいいと思います。

典型的な役所批判の一つに、具体的な成果指標が無い」というものがあります。

実際のところ、成果指標が無いことは少ないです。対外的に公表していないだけです。
具体的な指標がないとそもそも事業の進捗管理ができません。

公表しない(というよりもできない)理由は様々ですが、現状の役所の立ち位置を考えるに、役所が成果指標を設定すること、特に対外的に公表して住民とも共通して抱けるような指標を設定するのは大変困難だと思っています。

役所が成果指標を決めるなんて傲慢すぎる

まず、そもそも役所が施策の成果指標を決めてもいいのかという疑問があります。

成果指標は、施策の結果、つまるところ自治体の将来像に直結します。
民主主義という仕組みをとっている以上、自治体の将来像を決めるのは、住民なのではないでしょうか?

教科書的な考え方だと
  • 大局的な成果指標は住民が決める
  • 細分化された小目標は実務を担う役所が決める
という区分けになるのでしょうが、どこまでを大局的(住民が決める部分)とするか、という議論の前提を整えるのがまず困難です。

住民の中には、細かい成果指標まで参画していきたい人と、大局的な成果指標すらどうでもいい人がいます。
さらに、何を大局的とみなすかも、人によって大きく異なります。
もし役所主導で「大局的な成果指標」にあたるものを設定しようものなら、前者のタイプの方から猛攻撃を受けるでしょう。

実際、どんな細かい成果指標であっても、役所主導で決めると「いまだに『お上意識』が残っている」「民主主義をないがしろにしている」「お前らは公僕であり為政者ではないだろう」というお叱りが飛んできます。
そのまま住民運動につながることも多々ありますし、訴訟まで発展することもあります。

「首長がリーダーシップを発揮して成果指標を決めるべき」という意見がマスコミ報道なんかで流れることもありますが、一方で役所の現場では、「成果指標は住民が決めるべきであって、役所が勝手に設定するのは許されざる蛮行だ」という意見も強く受けています。

つまるところ、「成果指標の決め方」を決めるプロセス、本題に入るための準備段階で大いに揉めるのです。

成果指標のせいで分断が広がる

もし具体的な成果指標を設定したとしても、それが住民に広く受け入れられることはあり得ません。
成果指標が具体的であればあるほど、住民としては、自分に利益があるのか、反対に害があるのか、はっきり理解できます。

はっきりと示されるほど、感情的な反応を招きやすいものです。
利益を受けられる人は賛同し、一方で負担や害を被る人は反発します。
特にマイナス影響のある方の反応が激しく、役所には批判が殺到しますし、マスコミもネタにしやすいのでガンガン煽ります。
「官製格差」と言ってみたり、施策の背後に癒着関係があると推測してみたり……

こうして施策はスタート前から躓き、後に残るのは役所への不信感だけです。
本来得をするはずだった人も、周囲からの強烈な監視のために施策に乗りづらくなります。
こうして施策は失敗に終わります。

さらには、得する側と損する側で、住民間に分断が生じます。
目標が具体的であればあるほど、得する人と損する人が、客観的にも明らかになります。
こうなると妬みが生じ、住民間のトラブルに発展してきます。

こうしたトラブルが予見されるために、たとえ成果指標を決めていたとしても、積極的な提示は躊躇してしまいます。

検証させてもらえない

成果指標を策定して、なんとか施策を終えたとしても、さらなる関門が存在します。
本当に成果指標を達成したのかどうかの検証・効果測定が難しいのです。

成果指標を達成したのか否かの検証をやったところで、住民には直接の利得はありません。
「役所にしっかり説明責任を果たさせた」という達成感があるだけで、懐も温まらないし、お腹も膨れません。実利が無いのです。
そのため、役所が検証に予算や人員を投じようとすると、大概「無駄だ」という批判に遭います。

「イベントの来場者数」のような単純な成果指標なら特段の予算も労力も不要であり検証可能ですが、調査や分析が必要な指標の場合は、兵糧不足で検証ができません。
このような前提、つまり具体的な成果指標を設定しても検証できない可能性が高いという制約条件があることも、役所が具体的成果目標の設定に後ろ向きな理由だと思われます。



役所主導で具体的な成果目標を設定すること自体は、不可能ではありません。
ただし、実際にやってしまうと、「独裁」「民主主義の崩壊」などの批判が相次ぎます。
さらには住民間のトラブルも招きます。

成果目標の設定に対して、従来はとにかく住民参加を求める声が強かったところですが、最近は「住民に決定責任を丸投げするな、役所が責任を持って決めろ」という声も多数聞こえてきます。

結局のところどんな方法を取ってもトラブルに発展するので、覚悟を決めて色々試してみる時期なんでしょうか……

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