キモオタク地方公務員(県庁職員)のブログ

地方公務員の人生満足度アップを目指しています。地方公務員志望者向けの記事は、カテゴリ「公務員になるまで」にまとめています。

日本一周の効用について前回紹介しました。
今回の記事は、もともと前回記事の後半部分だったのですが、内容の抽象度が全然違うので、別記事に分けました。
本稿単体でも意味は通るかと思いますが、念のため前回の記事を読んでから目を通してもらう方が良いかなと思います。

住民の愛着を醸成する

前回記事で、「自治体に愛着があるほうが、働いていて楽しい」という趣旨のことを書きました。
これは地方公務員に限らず、住民全員に言えることかと思います。
自分の住んでいる自治体に愛着や誇りを感じられる方が、幸せです。

「愛着」や「誇り」には、いろいろな要素があります。
その中の一つが、前回の記事でも触れた、自治体の「独特の価値」です。
この「独特の価値」を理解させ、自治体への愛着を醸成することも、地方公務員の役割の一つだと常々思っています。

ボトムアップ手法

大抵の自治体では、「独特の価値」を見つけるために、歴史を紐解くか、公共事業で何かを作ります。
歴史から何かを見つける際には、専門家のお墨付きが必要です。
公共事業で何かを新たに作る際には、政治的な要素が絡みます。
どちらの方法も、一個人が口出し・手出しをする余地がありません。

一方で、「一見何も無い地域で、面白そうなものを見出す」ことは、一個人が勝手に実行できる「独特の価値」発掘法です。
住民主体の地域活性化には、この能力が欠かせません。
 
まずは自治体職員がこの能力を身につけ、徐々に住民全員に浸透させていかなければとも思っています。
 
前回記事では、自転車で日本一周する中でこの能力に開花した職員がいることを紹介しましたが、日本一周しなければ身につかないわけでは勿論ありません。
それでも、自分の見知らぬ土地に行って、予備知識なしで面白そうなものを見つける経験は必要ではないかと思います。

つまるところ……

7月まで三連休がありませんが、年休取ってどこか旅に出たい!

5月に入ってから、自転車で日本一周している旅人をよく見かけます。
5月〜6月上旬に本州を縦断(北上)して、6月中旬までに北海道に上陸しておかないと、梅雨に巻き込まれて危険らしいですね。
一旦北海道に入ってしまったら本州に戻りたくなくなるくらいに気候も道も快適らしいのですが、9月に入ると途端に風が冷たくなって、本州に戻らざるを得なくなるようです。
日本海側ルート・太平洋側ルートともに、青森に入るまでにかなりの難所があるとも聞きます。5月半ばでまだ中国地方にいるようだと、ペース的にちょっと心配です。

職場の同僚にも何人か自転車日本一周経験者がいて、以上の話は全部彼らからの聞きかじりです。
経験者いわく、日本一周経験はものすごく地方公務員業務に役立っているとのこと。
今回は経験者から聞いた話をベースに、僕の私見を紹介します。

一見何も無い地域で、面白いものを見出す

普通の旅行とは異なり、日本一周の場合は、自分が行きたい場所だけに行くわけではありません。
日本一周という目的が先にあり、大半の場所はただの通過点にすぎないか、「宿泊場所」「食事場所」といった機能面しか気にならず、「散策してみよう」なんて気は全く起きません。
移動途中の風景も、視野にすら入りません。

しかし、漫然とたくさんの地域を通過して行く中で、少しずつ「一見何も無い地域で、面白そうなものを見出す能力」が養われていくそうです。
突然、道端の看板やオブジェが気になり始め、自転車を停めて地域住民と会話したり、商業施設を利用したりと、寄り道が増える。
寄り道が増えるに伴い、思い出も増えていきます。

自治体への愛着

この「一見何も無い地域で、面白そうなものを見出す能力」は、地方公務員として楽しくやりがいを持って働くために、欠かせない能力だと思います。
仕事の成果に直結するわけではありません。あくまでも働く当人の満足度に影響するものです。

地方公務員として働く以上、自分の働く自治体(=地域)に何らかの「独特の価値」があると感じているほうが、絶対に幸せです。
「一見何も無い地域で、面白そうなものを見出す」に長けた人には、他の人には見えない「独特の価値」、自治体の魅力が見えます。
そのぶん地域、つまり自治体への愛着が強まります。
好きなもののために仕事をする方が、どうでもいいもののために仕事をするより、絶対満足度が高いです。

自治体の観光施策に携わっているという立場を一旦棚上げして、正直に申し上げますと、僕自身は名所名跡よりも生活空間を見る方がずっと好きです。
昼はテーマパークよりも地場スーパー。夜はライトアップよりも場末の飲み屋街。
よく「日本一周を楽しめるタイプ」と言われます。リタイアしたらやってみたいですね。

最近ブログを書くときには、ヘッドホンを装備して「ラブライブ! Solo Live! III」を流しています。
μ’s原理主義者ではありませんが、やっぱ圧倒的覇権コンテンツ時代の楽曲は完成度が違いますよね……
ソロミックスだと相対的にインストゥルメンタルが前に出て来るのですが、改めて聞いてみると、打ち込みも計算しつくされた安定感があります。
 
一押しはユメノトビラ(KOTORI Mix)。
5年前の僕に「テレビOA版だよ」って言ったら、疑いなく信じてしまうでしょう。

かれこれ10年ほど隠れオタクとしてコソコソ生きているわけですが、人目を気にしながら趣味を続けるというのは、なかなか骨が折れます。
ただ、この経験が、僕の地方公務員稼業の強みになっているのではないかと、最近は思うようになりました。

地方社会における立ち位置


地方社会において、公務員は確実に強者です。
家柄・収入・学歴・人格など、それぞれの要素だけを取り上げてみると、地方公務員より上は勿論たくさんいます。
ただ、全ての面で総合的に評価すると、地方公務員は確実に上位に来ると思います。

一方、地方社会においてのオタクの地位は、底辺です。
オタク趣味に市民権が認められつつあるという説もありますが、地方社会においては全くそんな兆候はありません。
オタク=きもい、年甲斐なく幼稚。以上です。

加えて、都会と比べてオタクの絶対数も少ないです。そもそも若者が減っているという事情もありますが、歴史あるオールジャンルの地方同人イベントが次々休止に追い込まれているとも聞いており、オタクの絶対数が減っているのは間違いないようです。

以上を踏まえると、オタクの地方公務員は、強者でありマイノリティの底辺。矛盾するはずの要素を兼ね備えた存在です。

マイノリティの気持ちがわかる


地方のオタク、中でも隠れることを選んだオタクは、マジョリティのような顔をしながらも、心の中はマイノリティそのものです。
オタクを馬鹿にする声を、仲間内で聞かされます。それに同調しなければいけない瞬間の苦々しい気持ちは、マイノリティの苦悩の典型でしょう。
他にも、表情を取り繕わなければいけない場面、気持ちを素直に表明できない瞬間が多々あります。

こういった経験、マイノリティとして抑圧された経験は、実際にマイノリティという立場に置かれないと味わえないもので、こういった経験から導かれるマイノリティ特有の感性や思考回路も、実際にマイノリティという立場を経験しないと、なかなか理解できないものです。

抑圧への恐怖と反抗心。
マジョリティへの憧れと侮蔑。
抑圧が緩んだ瞬間、ふいに湧き上がって来る暴れたくなる気持ち。
そして何より、マイノリティである自分というアイデンティティへの複雑な思い。

行政を頼ってくる方は、マイノリティに属する方も多いです。
そういった方に、単に「マジョリティになるための処方箋」を渡すだけでは、解決に至るとは限りません。
そういう問題ではないのです。
マイノリティとしての半生によって紡がれてきた複雑な自己愛をどうするのか。単にマジョリティになるだけでは、半生を否定することになりかねないのですが……同僚には、なかなかわかってもらえません。

勿論、僕の場合はあくまでも趣味レベルでのマイノリティで、程度としては大したことのない悩みです。
深刻な方の気持ちを完全に理解できるとは思っていません。
それでも、マジョリティとの間の橋渡しくらいにはなれるかなと思っています。

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