「世の中はどんどん変わっていくんだから、役所の事業もスクラップ&ビルドで新陳代謝していくべきだ」
「ただでさえ財政事情が厳しいんだから、無駄な事業は早々に止めるべきだ」

住民だけでなく公務員も頻繁に口にする意見です。

しかし現実はそううまく運びません。
政治的事情などの外圧を受け、事業のスクラップは往々にして頓挫します。
外圧に遭う前に日和ってしまうケースもあるでしょう。
実際に事業を潰した(畳んだ)経験のある職員は、案外少ないのでは?

僕は1度だけですが、それなりの規模(予算でいうと数千万円規模)の事業を畳んだことがあります。
※地元ではけっこう話題になったネタなので、詳細はぼかします。



僕は看取り役


僕が畳んだ事業(以下X事業)は、とある民間団体(以下Y法人)に補助金を流していろいろやってもらい施策目標達成を目指すスタイルの事業でした。
取り繕った言い方をすれば「民間のノウハウとネットワークを活かした」事業であり、乱暴な言い方をすれば「お金と口は出すけど実務は丸投げ」な事業です。

Y法人の中では総勢10人ほどがX事業に携わっていました。
県とのやりとりを主に担当するのは、Y法人の正規職員であるマネージャー(以下M氏)です。
他のスタッフはM氏の部下という位置づけで、みな非正規職員でした。

元々僕はコミュ障で、かつ後述する事情のために意図的にコミュニケーションを控えていたこともあり、Y法人スタッフ達の詳細なプロフィールはわかりません。
ただし皆さん、いきなり異動してきてやってきた僕に対し、すごく親切に接してくれました。
電話越しに談笑の声が聞こえてきたりもして、居心地の良さが伝わってくる環境でした。



それなりに歴史のあったX事業でしたが、僕が担当者として着任する前の年度のうちに、次年度(つまり僕が着任した年度)で終了することが決まっていました。
終了に至るまでの詳細はよくわかりません。
僕の前任者も直接は関わっていなかったようで、どうやら県幹部とY法人幹部による「上どうし」の会談によって、トップダウンで決まったようです。

今年度でX事業が終わることを知っていたのは、現場スタッフの中ではM氏だけでした。
年度の初めに、M氏からは「現場スタッフへは私から伝えるから、県からは絶対言わないで、察されないように気をつけて」と強く念押しされました。
このため、僕をはじめ県職員は、M氏以外のスタッフとの接触を控えました。


担当者である僕の仕事は、今年度事業の進捗をウォッチしつつ、過去資料の整理をしたり、県から貸与した物品を紛失していないかチェックしたり、補助金の使途を改めて確認したり……という事業クローズに向けた諸準備です。
仕事自体は淡々と進みました。

事業の終了=事業部の取り潰し


Xデーは突然やってきました。
 
「資料作成に手間取っているので、20時まで職場で待ってくれないか。できればすぐ確認してほしいから、課長にも残っていてほしい」
M氏から意味深な電話。我々は察しました。

そして20時、再びM氏からの架電。
虫の声が聞こえてきます。オフィスを離れ、どこか野外で電話しているのでしょう。

「○○月▲▲日、スタッフに事業廃止の旨を告知する。当面は混乱すると思うので、私がOKを出すまでは、県職員はY法人オフィスに顔を出さないでほしい。電話は私の携帯に。もしスタッフから県に電話があっても、『Mさんに聞いてくれ』で通してほしい」



この電話から2か月ほど経過して、ようやくM氏から「県職員来訪OK」の連絡がありました。
今年度の事業は既に完了しており、補助金も精算済。
最後に残った作業である「県からの貸与物品回収」のため、Y法人オフィスへ向かいました。

X事業の事務室だった部屋には、段ボールが山積み。
机も椅子もありません。リース物品だったので返却したのでしょう。
タイルカーペットは所々剥がれていました。床下に這わせてあった電話回線を撤去したようです。

スタッフは誰もいませんでした。
M氏によると、全員退職したとのこと。
Y法人の別事業への転属を打診したのですが、どうしても待遇が落ち、しかも遠距離転居を伴うため、全員折り合わず退職してしまったとのこと。

このとき、役所は一体何をやったのか、ようやく自覚しました。
ひとつのホワイト職場を破壊し、十人弱の雇用を奪ったのです。

M氏がわざわざ人目を忍んで「県職員来訪NG」とアナウンスしてくれた理由がよくわかりました。
スタッフからすれば県のせいで職を失うわけです。
文句を言いたいのは当然でしょうし、口だけでは気が済まないかもしれません。
それに何より、合わせる顔がありません。

スタッフのうち何人かは、顔も名前もはっきり覚えています。
彼ら彼女らに似た風貌の人を見かけると、今でも反射的に身構えてしまいます。


M氏が使った「事業廃止」という表現も印象に残っています。

役所にしてみれば、X事業の終了は良いことです。
(実態はどうであれ)役所の事業が終わるときには、とにかく前向きな理由を用意します。
X事業終了のケースでは「役目を果たし切った」という理由付けがなされました。

しかし一方で、M氏をはじめY法人のスタッフにしてみれば、X事業は終わるわけではありません。
役所というスポンサーがいなくなったので、取り潰されるのです。
役目を果たそうが果たしていなかろうが、どちらも言葉遊びにすぎません。
組織としての売上がなくなり、食い扶持が減る。ただそれだけのことなのです。



「全体の奉仕者」は個人を救うわけではない


X事業の廃止は、マクロで見れば良いことだったと思います。
最初にも触れましたが、X事業の廃止は地元メディアでも取り上げられました。
役所仕事では珍しく「良い意味で」です。
X事業は「マンネリ化が進んで最早時代遅れな事業」と位置付けられ、これを止めて新たな施策を検討するという県の姿勢は、珍しく称賛されました。

しかしミクロでみれば、雇用機会の簒奪にほかなりません。

役所がお金を使えば、それは民間に流れます。
その収入のおかげで生計を立てている人がいるのです。
たとえそれが「無駄だ無駄だ」と叩かれている案件であっても。 
この当たり前の事実を思い知らされました。

さらにはY法人スタッフ達の自尊心も傷つけたと思います。
彼ら彼女らが日々取り組んできたことは、結局「時代遅れ」の一言でまとめられてしまったのです。

僕は民間就職活動に失敗した身であり、失職への恐怖をリアルに経験しています。
そのせいもあり自分自身が失職に加担してしまったという事実が半ばトラウマになり、今でもたまに眠れなくなります。

公務員として働く以上、「全体」「公益」のようなふわふわした存在のために、眼前で困窮している生身の人間を切り捨てざるを得ないケースからは逃れられません。
これがストレスで離職する若手職員もけっこういると聞きますし、入庁後のミスマッチを減らすために弊ブログでも発信していきたい重点事項の一つでもあります。

既存事業をスクラップするときは、くれぐれも気をつけて下さい。
マクロで見れば「良い」スクラップであっても、従事している個々人にとっては雇用の収奪であったり尊厳の破壊かもしれないのです。


漫然と作業的にスクラップしたら、終わった後で自責に襲われて、そのままトラウマになりかねません。僕のように。

「自分はこれから、公益のために個を潰すぞ」という心の準備を忘れないでください。