『鬼滅の刃』人気がどんどん盛り上がっています。
時代遅れなことに定評のある役所内でも普通に話題に上るようになりました。
 
ただ実際に作品に触れている人はまだまだ少数派のようで、テレビでのコメントやネットニュースの中身がそのまま(あたかも賢明な批評であるかのように)繰り返されているような状態で、なかなかに悶々とさせられます。
 
とはいえ職場でガチ議論する度胸は無いので、ここにこっそり私見を置いておきます。
 

ジャンプ漫画には珍しく「世界を描かない」


週刊少年ジャンプの人気作品は、たいてい「キャラクター」というミクロな要素と、「作品世界」というマクロな要素の両面から読者を魅了します。
『ワンピース』や『NARUTO』あたりが典型です。
スポーツ漫画であれば、描写するスポーツそのものの魅力が「作品世界」です。

一方『鬼滅の刃』は、作品世界をほとんど描写していません。
大正時代で、人食い鬼がいて、鬼を滅するために呼吸法と特殊な剣を振るう鬼殺隊(政府非公認)がいる。この程度です。
読者の意表を突く斬新な設定があるわけでもなく、「この世界に住みたい」と思わせるような魅力溢れる世界でもありません。怖いわ。
 
つまり『鬼滅の刃』は、作品世界で魅せるタイプの作品ではなく、キャラクターの魅力が著しく強い作品なのです。
ここが他のジャンプ漫画とは大きく異なるポイントだと思っています。

「時代考証がしっかりしていればより良い」という意見をよく見かけますが、これはちょっとずれてると思います。
大正時代の雰囲気をもっと描写していれば、人間vs鬼の戦いは、「近代化していく人間vsずっと変わらない鬼」という味付けが可能です。これはこれで面白いと思います。
しかし、『鬼滅の刃』では、あえてこの要素を欠落させているのだと思います。
もし大正という時代をしっかり描きたいのであれば、主人公をわざわざ山奥出身にして近代化から遠ざけたりはしないでしょう。
近代化という要素をあえて落とすことで、あるがままの人間を描写するのです。
鬼を包括する上位カテゴリーとして「妖怪」がいてもおかしくありませんし、鬼殺隊のほかにも鬼狩りをしている組織がいても不自然ではありません。
外国には吸血鬼がいるかもしれません。大正時代であれば国交があるので、西洋のエクソシストと共闘してもいいのです。
日本政府をもっと話に絡ませることも可能です。組織としてはろくに機能していない鬼殺隊や鬼たちとの間に好対照を見いだせるでしょう。
宗教勢力が出てきてもいいし、あとは鬼を使って金儲けしようとする新興財閥とか…… 
作品世界を膨らませるヒントはいくらでもあります。

しかし本作では、あえて主人公近辺の限られた世界のみにスポットライトを浴びせます。
要素を減らすことで、人間個々人の描写に集中するのです。
「少女漫画っぽい」という感想を度々見かけますが、その由来は、この「世界の狭さ」にあるのかもしれません。
 

ひたすら感情をぶつけ合う戦闘シーン


『鬼滅の刃』コミックスの戦闘シーン、読むのにものすごく時間がかかります。
最初はどうしてなのかよくわからなかったのですが、10巻くらいでようやく「戦闘を通して感情のぶつけ合っている、つまり基本的には対話だから」という結論に至りました。
格闘漫画のように肉体どうしのぶつかり合いを描くわけでもなく、『ワールドトリガー』のように知略を描くわけでもなく、『BLEACH』のようにオサレを描くわけでもないのです。
 
もちろんこれらの作品も、戦闘シーンにおいて感情をぶつけ合っています。
しかし、描写における感情発露の割合は、『鬼滅の刃』のほうが圧倒的に大きいです。
ここも他のジャンプ漫画とは一線を画するポイントの一つでしょう。

感情の物語


つまるところ、『鬼滅の刃』は個人の感情を描いた作品なんだと思います。
個人の感情が絶対的な「主」であり、その他の要素(作品世界、戦闘シーンなど)は「主」を描写するための手段、完全な「従」です。

ややアングラな界隈では、『鬼滅の刃』原作をアレンジしたコラ画像が大流行しています。
この現象も、感情を描いているゆえに成立するものだと思います。
登場人物たちの感情がいきいきと伝わってくるために、台詞をいじっても「文脈」が生き残り、コラ画像としての新たなストーリーが生まれるのです。

「◯◯が足りない」という指摘は大概的外れなんだと思います。
あえて要素を削ぎ落とすことで、登場人物の感情に描写を集中させているのです
そしてこの感情描写が秀逸であるために、多くの人の心を掴んだのでしょう。

アニメ版は、声が加わることで感情表現がより一層際立つとともに、漫画では削ぎ落とされている戦闘シーンをもりもり盛られたことで、さらに万人受けする仕上がりになっているのだと思います。
上弦の鬼たちのキャスティングが今からものすごく楽しみです。 
本記事を書くために原作を読み返していたところ、妓夫太郎のセリフが藤原啓治さんの声で脳内再生されて悲しくなってしまいました。もう実現不可能なんですよね……