キモオタク地方公務員(県庁職員)のブログ

地方公務員の人生満足度アップを目指しています。地方公務員志望者向けの記事は、カテゴリ「公務員になるまで」にまとめています。

カテゴリ: 公務員の日々の仕事

都道府県にしても市区町村にしても、日々運用している制度の多くは法令に基づいています。
国会で成立した法令をベースに、国が具体的な運用方法を決めて、各自治体に対して「運用要綱」「マニュアル」「質疑応答」のような形で周知することで、全国統一的な運用がなされるよう図られています。
(以下、これらをひっくるめて「運用要綱」で統一)

ものによっては数百ページにもわたる運用要綱ですが、ここに制度の全てが書いてあるわけではありません。
住民からの問合せ、上司からの素朴な質問、社会情勢の変化などをきっかけに、頻繁に疑義が生じます。
疑義が生じるたびに、まずは運用要綱を読み直し、過去事例や他自治体での取扱いを調べて、それでも解決しない場合は国に問合せます。

国への問合せは極力避けたいところです。
真剣に取り合ってくれる場合もありますが、大抵は塩対応だからです。
嘲笑混じりで対応されるのが普通で、「その程度は自分で調べりゃわかるでしょ!?」と怒られることもしばしばあります。

塩対応に対して、腹を立てている地方公務員も多数います。
  • 調べりゃわかるとは言うものの、実際どこに書いてあるんだよ
  • すぐ回答できるなら初めから要綱に書いておけよ
このあたりの悪態は日常茶飯事です。

このようなギャップが生じる原因は、地方公務員側の法令知識の欠如にあると思っています。

運用要綱が全てではない

そもそものところ、地方公務員は運用要綱を過信していると思います。

運用要綱はあくまでも法令を補完するものです。
守るべきルールは法令であって、運用要綱は補足説明です。

運用要綱は、条文の解釈に疑義が生じそうな部分をあらかじめ補足するために作成されるものであって、これに全てを盛り込む必要はそもそもありません。
つまり、法令にはっきり書かれている内容の繰り返しであったり、あえて明記しなくてもわかるであろう内容まで、運用要綱に盛り込む必要は無いのです。

問題の原因がここにあります。
運用要綱を作成する本省国家公務員にとっては「法令にはっきり書かれている」「あえて明記しなくてもわかるであろう」内容であっても、地方公務員の法令知識が不足しているために「書かれていない」「明記されないとわからない」と感じられてしまうのです。

法令知識が足りてない

法令知識の欠如には、大別して2種類あります。

一般法

一つは、民法や行政手続法、行政不服審査法のような一般法の知識です。

社会を構成するルールは、だいたいこういった一般法で定められています。
しかし、一般法の内容を熟知している人はごくわずかで、大抵の人は把握しきれていません。
ルールを執行する側である公務員も同様で、特に国家公務員(キャリア)とその他の間には相当な格差があると思われます。

公務員試験の難易度格差からして、そもそも高度な一般法知識を備えた人間でないとキャリア採用には通過できません。

この入庁時の格差は、勤務年数を経るにつれてどんどん拡大して行きます。
国家公務員は、法令や制度を作る仕事を多く担当します。
この仕事には一般法の知識が欠かせません。
つまり、入庁時の高い知識が、実務によりさらに磨かれていくのです。

一方の地方公務員は、試験でもさほど法令知識を求められませんし、実務でも一般法に触れる機会はあまりありません。
採用当初がピークで、勤務年数を経るにつれてどんどん劣化していくでしょう。
ちなみに僕は民法無勉で公務員試験に挑みました。こんな奴でも合格してしまうんです。

一般法で定められている内容は、あえて運用要綱に転記する必要はありません。
運用要綱に書かなければいけないのは、一般法では規定されていない内容や、一般法とは異なる取り扱いだけです。
 
本省職員にとっては一般法の全条文が常識です。
条文の文言だけでなく、その条文にまつわる学説や運用事例、判例もまた常識でしょう。

しかし、こういった事柄は、地方公務員にとっては常識ではありません。
たいていの地方自治体は一般法の基本書や判例集なんて贅沢品は持ち合わせておらず、調べることもできません。
「もしかしたら一般法に規定があるのかも」という発想すらない職員もいるでしょう。

法令用語・解釈技法

もう一つは、法令用語や解釈技法の知識です。
 
日常的に使われている用語でも、法令だとより厳密な定義が存在するものがいくつもあります。
「速やかに」「遅滞なく」「直ちに」や、「その他」「その他の」の意味の違いあたりが有名です。
僕の場合、「署名」と「記名」の違いをつい先日初めて知りました。恥ずかしながら。

また法令には、類推解釈や反対解釈など、定番の読み方(解釈技法)があります。

一見あやふやに見える条文であっても、こういった知識と照合して読めば、一義的に意味が定まる場合がよくあります。
法令中にはっきり一義的に書かれている事柄を、あえて運用要綱で繰り返す必要はありません。
そのため、よほど重要な箇所でない限りは省略されがちです。
 
しかし、知識のない人間が読むと、運用要綱の記載漏れだと思われたり、運用側に解釈が委ねられているかのように誤読したりしかねません。


地方自治体vs住民の関係にも影を落とす

運用要綱を作成する本省職員にとって、こういった法令知識は常識です。
常識でわかる事柄に対して、わざわざ解説は不要だと判断するでしょう。
判断するというより、最初から必要だとは感じないと思います。

一方、地方公務員の法令知識には個人差があります。
本省職員並みに知っている職員もいれば、全然知らない職員もいます。
後者の職員にとっては運用要綱が全てです。運用要綱に書かれていなければ何もわからないのです。

そのため頻繁に疑義が生じ、本省に質問することになります。
そして本省職員から「どうして書いてあるのに理解できないのだろう」「いや常識でしょ」と一笑に付されてしまいます。

知識ギャップによるトラブルは、地方自治体と住民の間にも頻繁に生じます。
役所側としては「ちゃんと書いてある」「あえて書かなくてもわかるはず」と思っていた事柄に対して、住民から「説明が無い」「ちゃんと書けよ」とお叱りを受ける事案です。

地方公務員という立場上、住民を叱責したり冷笑するわけにはいきません。
わかるように書けなかった役所側が常に悪者です。
トラブルの未然防止のため、対外的な文章を作成する場合は、常に「知識のギャップ」を意識したいところです。


典型的な役所批判の一つに、具体的な成果指標が無い」というものがあります。

実際のところ、成果指標が無いことは少ないです。対外的に公表していないだけです。
具体的な指標がないとそもそも事業の進捗管理ができません。

公表しない(というよりもできない)理由は様々ですが、現状の役所の立ち位置を考えるに、役所が成果指標を設定すること、特に対外的に公表して住民とも共通して抱けるような指標を設定するのは大変困難だと思っています。

役所が成果指標を決めるなんて傲慢すぎる

まず、そもそも役所が施策の成果指標を決めてもいいのかという疑問があります。

成果指標は、施策の結果、つまるところ自治体の将来像に直結します。
民主主義という仕組みをとっている以上、自治体の将来像を決めるのは、住民なのではないでしょうか?

教科書的な考え方だと
  • 大局的な成果指標は住民が決める
  • 細分化された小目標は実務を担う役所が決める
という区分けになるのでしょうが、どこまでを大局的(住民が決める部分)とするか、という議論の前提を整えるのがまず困難です。

住民の中には、細かい成果指標まで参画していきたい人と、大局的な成果指標すらどうでもいい人がいます。
さらに、何を大局的とみなすかも、人によって大きく異なります。
もし役所主導で「大局的な成果指標」にあたるものを設定しようものなら、前者のタイプの方から猛攻撃を受けるでしょう。

実際、どんな細かい成果指標であっても、役所主導で決めると「いまだに『お上意識』が残っている」「民主主義をないがしろにしている」「お前らは公僕であり為政者ではないだろう」というお叱りが飛んできます。
そのまま住民運動につながることも多々ありますし、訴訟まで発展することもあります。

「首長がリーダーシップを発揮して成果指標を決めるべき」という意見がマスコミ報道なんかで流れることもありますが、一方で役所の現場では、「成果指標は住民が決めるべきであって、役所が勝手に設定するのは許されざる蛮行だ」という意見も強く受けています。

つまるところ、「成果指標の決め方」を決めるプロセス、本題に入るための準備段階で大いに揉めるのです。

成果指標のせいで分断が広がる

もし具体的な成果指標を設定したとしても、それが住民に広く受け入れられることはあり得ません。
成果指標が具体的であればあるほど、住民としては、自分に利益があるのか、反対に害があるのか、はっきり理解できます。

はっきりと示されるほど、感情的な反応を招きやすいものです。
利益を受けられる人は賛同し、一方で負担や害を被る人は反発します。
特にマイナス影響のある方の反応が激しく、役所には批判が殺到しますし、マスコミもネタにしやすいのでガンガン煽ります。
「官製格差」と言ってみたり、施策の背後に癒着関係があると推測してみたり……

こうして施策はスタート前から躓き、後に残るのは役所への不信感だけです。
本来得をするはずだった人も、周囲からの強烈な監視のために施策に乗りづらくなります。
こうして施策は失敗に終わります。

さらには、得する側と損する側で、住民間に分断が生じます。
目標が具体的であればあるほど、得する人と損する人が、客観的にも明らかになります。
こうなると妬みが生じ、住民間のトラブルに発展してきます。

こうしたトラブルが予見されるために、たとえ成果指標を決めていたとしても、積極的な提示は躊躇してしまいます。

検証させてもらえない

成果指標を策定して、なんとか施策を終えたとしても、さらなる関門が存在します。
本当に成果指標を達成したのかどうかの検証・効果測定が難しいのです。

成果指標を達成したのか否かの検証をやったところで、住民には直接の利得はありません。
「役所にしっかり説明責任を果たさせた」という達成感があるだけで、懐も温まらないし、お腹も膨れません。実利が無いのです。
そのため、役所が検証に予算や人員を投じようとすると、大概「無駄だ」という批判に遭います。

「イベントの来場者数」のような単純な成果指標なら特段の予算も労力も不要であり検証可能ですが、調査や分析が必要な指標の場合は、兵糧不足で検証ができません。
このような前提、つまり具体的な成果指標を設定しても検証できない可能性が高いという制約条件があることも、役所が具体的成果目標の設定に後ろ向きな理由だと思われます。



役所主導で具体的な成果目標を設定すること自体は、不可能ではありません。
ただし、実際にやってしまうと、「独裁」「民主主義の崩壊」などの批判が相次ぎます。
さらには住民間のトラブルも招きます。

成果目標の設定に対して、従来はとにかく住民参加を求める声が強かったところですが、最近は「住民に決定責任を丸投げするな、役所が責任を持って決めろ」という声も多数聞こえてきます。

結局のところどんな方法を取ってもトラブルに発展するので、覚悟を決めて色々試してみる時期なんでしょうか……

大型市役所や県庁志望の方は、今ごろ面接ネタを練っているところと思います。
中には「役所だけではどうしようもない課題を、住民や民間企業と協力しながら解決していきたい」という展開を考えている方もいるかもしれません。
 
とても耳触りの良いストーリーではありますが、実務をやっている身からすると現実味がありません。
面接官としても心を動かされないと思います。

協力してもらえれば解決できそうな課題は実際たくさんありますが、「いや役所の責任でしょ」と一蹴されるのが常であり、そもそも協力しあえる素地があれば、現存する社会課題の多くは今ほど深刻になる前に解決できていたはずです。
いまだに課題のまま残っているものは、過去に協力を仰ごうとして失敗したと考えるほうが自然です。

もし「住民・民間企業との協力による課題解決」要素を使いたいのであれば、国内自治体の成功事例を探しておいたほうがいいと思います。
少なくとも事例が無いと、根拠があまりにも薄弱だからです。

ただし、どんなに優れた成功事例があったとしても、指定管理者ネタだけは絶対に避けたほうが無難です。
全国各地でトラブルが相次いで発生していて、職員を悩ませているからです。

指定管理者の懐具合

指定管理者制度の概要は、インターネットで検索したほうが正確かつわかりやすいでしょう。
ここでは省略して、お金の話を中心に進めていきます。

役所側から見ると、指定管理者制度は
  • コスト削減(特に人件費)になる
  • 役所では提供しづらいサービス(物販や飲食、娯楽イベントなど)を提供でき、施設の魅力向上につながる
というメリットがあります。

一方、指定管理者として施設を預かる民間側(受託者)からすると、
  • 設備は役所が準備してくれるので、初期投資なしで事業が始められる
  • 賃料や固定資産税がかからないので、運営コストが安い
  • 指定管理料という安定収入を得られる
というメリットがあり、一見双方にとってお得な制度のように見えます。

建前はこんな感じなのですが、実際やってみると、上記メリットの恩恵を受けられるとは限りません。
特に受託者側の負担が想定以上に重くなり、受託当初は想定していなかった多額の赤字を抱えることになりがちです。

想定外のコストが嵩む

赤字の原因の一つは、住民や議会からの要望です。
運営を指定管理者(民間)に任せているとしても、施設自体は役所のものです。
そのため、民主主義の原則から逃れることができません。通常の民営施設のように営利優先での運営ができないのです。

完全民営の施設であれば、お客さんから要望があったとしても応じる義務はありません。
「利益につながるかどうか」を判断基準として検討するでしょう。
しかし役所の場合は、民間企業の感覚では一蹴すべきトンデモ案件や、利益には到底結びつかない提案であったとしても、しかるべき相手・人数からの要望であれば応じなければいけません。

指定管理者が運営している施設も、税金を原資に提供されている行政サービスであることには変わりありません。
民主主義の原則に従い、役所本体が提供するサービスと同程度に、住民の意見を尊重しなければいけません。

かっこよく言うと、公設という性質上、採算度外視でロングテールのニーズに応じなければいけないのです。 
  • 農産物直売だけでなく試食も出してほしい →加工・提供スタッフ増員(人件費増)、衛生管理のコスト増
  • 街灯代わりに照明を点けておいてほしい →光熱水費増加
  • ふるさと納税の受付窓口機能も持つべきだ →対応スタッフ増員
  • 避難所機能も持つべきだ →非常食などの備蓄(消耗品費増)
指定管理料を増額したりして役所側で費用増額分をカバーできればいいのですが、全てカバーするのはなかなか難しいです。
こういう要望に応じるたびにランニングコストが嵩んでいって、赤字を積んでいくのです。

役所から支払われる指定管理料ではなく、受託者の独自財源を使っている事業であっても、状況は変わりません。
その事業単体では確かに公費は入っていませんが、事業に使っている施設の財源は税金である以上、「独自事業だから好きにやらせてほしい」とは言えません。

「住民や議会からの要望を優先せざるを得ない」という現実は、受託者の裁量を制限し、意欲を減退させます。
受託者としてやりたいことがあっても、こういった要望に応じるために予算が枯渇してしまって実行できなかったり、真逆の要望を受けたために諦めざるを得なかったり……。
まさに学習性無気力という状態に陥るケースもよく聞きます。

人材確保できないためにオペレーション効率化できない

指定管理で運営されている施設で働いているのは、ほぼ全員が非正規雇用の方々です。
正社員は施設長くらいでしょう。しかも元から受託者の別部署で働いていた方を配置転換しただけで、指定管理のために新たに雇用するケースはごく稀だと思います。

施設の指定管理は、たいてい3年くらいの有期契約です。この期間が終了したら、次どうなるかは全くわかりません。
もし正社員を雇用して、3年後に継続受託できなかったら、余計な人員を抱えることになります。
このため、指定管理のために受託者が正社員を新たに雇用するケースはほぼ無く、アルバイトや契約社員を中心に運営することになります。

アルバイトや契約社員を募集するにしても、「3年後に終わるかもしれない」という点がネックになります。
将来性に欠けるため真面目な人がなかなか集まらず、採用できたとしても腰掛け的なジョブホッパーかリタイア世代ばかり採用せざるを得ないのです。
職場としての魅力に欠けるために離職者も多く、採用活動はずっと続くことになります。

スタッフが定着しないために、日々のシフト調整ですら苦労する羽目になり、長期的な経営計画はもちろんのこと、年間の運営計画すら見通せません。
人の入れ替わりが激しいせいでノウハウが育ちにくく、運営のマニュアル化も難しいです。
このような手探り・場当たりの環境がずっと続くために、オペレーションの改善が進まず、非効率・高コストな運営になりがちです。

そもそも儲からない?

指定管理業務をやっている上場企業は、なかなかありません。
決算に現れるくらいに大きなウェイトを占める企業だと、シダックス株式会社しか見つかりませんでした。

トータルアウトソーシング部門

有価証券報告書によると、同社は全国で指定管理を受託していて豊富なノウハウを持っており、しかもグループ内で流通会社を持っているためにローコストで物品調達ができるとのこと。
さらに社員もたくさんいるので、先述した人材確保の問題もある程度は緩和されるでしょう。

つまり、指定管理ビジネスをやっている企業の中でも、かなり高い利益率を確保できるほうと思われます。
しかし、それでも営業利益率6%前後(しかも本社機能の経費は別途発生)なのです。
そもそもビジネスとしてあまり儲かる分野ではないのでしょう。

担い手がいない

このような事情が深刻化しつつあり、指定管理の担い手がいなくなりつつあります。

現行の受託者は、人手不足や赤字を理由に継続受託を断念することが増えています。
新たに指定管理者を公募しても、応じる事業者が見つからないケースが多発しています。

役所が直営で運営できる施設ならまだしも、道の駅のような物販や飲食機能のある施設だと、直営は不可能です。
実際、指定管理者が見つからないまま閉鎖状態の施設も出てきました。

「指定管理者 断念」あたりのワードで検索すれば、いろんな事例が出てきます。
今後はさらに増えていくと思われます。新型コロナウイルスの影響でさらに収益性が悪化して、会社として生き残るために、指定管理業務をリストラせざるを得なくなるケースが予想されるためです。

指定管理という運営方法が成り立たなくなった場合の対策を検討しているのが田舎役所の現状です。
もし面接で「指定管理制度を活用して〜」みたいなことを発言されたら、少なくともローカルニュースに全然目を通していないんだなと思われるでしょう。 

ジョークのつもりで投稿したこの記事、安定してPVを集めています。



出世に真剣な人に申し訳なくなり、本当に役立ちそうな出世作戦をずっと考えて続けきた結果、ついに一つの答えにたどり着きました。

昇進試験が無い自治体の場合、職員の出世の命運は全て上司からの定性的評価にかかっています。
俗にいう出世コースに乗るためには、課長のような直接の人事評価者だけでなく、さらに上位の部局長のようなキーパーソンからも見初められなければいけません。

定性的な高評価、つまり「気に入られる」ためには、ごますりに徹したりゴルフのお供をしたりなんかが具体策としてよく挙げられます。
民間企業であればこれで良いのかもしれませんが、地方公務員の場合は平職員と部局長との距離が遠く、ごまを擦る機会がありません。
ゴルフも下火です。今となってはすっかりダーティな印象が根付いてしまい、公務員同士ですらあまり行かないようです。
これからの出世競争は、キーパーソンが重要視している要素をさりげなく見せつけることで評価を高めていく、正攻法の時代なのでしょう。

役所内のキーパーソン、つまり出世の頂点にたどり着いた職員が高確率で重視するであろう要素。
それは地方財政、特に歳入面の知識です。

部局長クラスがもれなく重視する

部局長クラスになると、たとえ財政課出身でないにしても、もれなく自治体財政の仕組みに精通しています。
財政の仕組みを理解していないと、役所組織全体のバランスを整えたり長期的視点から政策決定をするという、部局長の仕事がこなせないからです。
こういう知識と能力(感覚)が評価されたからこそ、部局長まで出世できたともいえます。
つまり、キーパーソンは、財政知識は出世に不可欠だと認識しているのです。

ここからは推測です。
他職員を評価する際も、「地方財政の知識」はものさしの一つとして機能する可能性が高いと思われます。

「地方財政の知識」以外にも、職員評価のものさしはたくさんあります。
ただしキーパーソンごとにバラバラです。これまで歩んできたキャリアによって全然違うでしょう。
ずっと総務部局にいたのであれば内部調整能力を重視するでしょうし、産業振興や観光に携わっていたのであれば役所外との交渉能力を求めるでしょう。
ほかにも、法令知識、議員との折衝能力、人脈などなど……いろいろ思いつきます。

一方「地方財政の知識」は、どこの役所であれ、大半のキーパーソンが共通して重視する要素だと推測されます。
つまり、あらゆるキーパーソンたちが共通して持っている、数少ない普遍的なものさしであり、これ一つ身につけておくだけで、大抵のキーパーソンにアピールできるのです。

差別化要因にもなる

地方財政の知識は、働いていれば自然と身につくわけではありません。
特に歳入面の知識は、大半の職員にとって縁遠いものです。

地方自治体の歳入は、主に地方税、地方交付税、地方債、国庫支出金があります。
このうち特に地方交付税と地方債は、財政課以外は滅多に触れません。

つまり、地方交付税と地方債もひっくるめて地方自治体の歳入の全体像を知っている職員は、財政課以外にはほとんどいません。
希少性があり、他の職員との差別化に直結するのです

さらにこの知識は、自主的に勉強しないと身につかないものでもあります。
これを備えていることは、勉強熱心であり仕事への意欲に燃えていることの証明にもなるのです。

重要なのは実務的知識

ざっくりまとめるとこんな感じです。
  • 地方財政の知識は、どんな役所でもキーパーソンから重要視されている能力であり、評価ポイントにもなる
  • 中でも歳入面の知識は、意図的に勉強しなければ身につかず、他の職員との差別化要因になる
  • 勉強しなければ身につかないゆえに、勤勉さと仕事への熱意のアピールにもなる

公務員試験の科目にも「財政学」がありますが、僕が今回重視しているのは、もっと実務的な知識です。
僕自身全然わかっていないのですが、同期の財政課職員によると
  • 主要な施策・制度の財源内訳(例:生活保護の国庫負担割合)
  • 国の補助金・交付金のうち、主なものの仕組み(災害復旧、社会資本整備、地方創生関係など)
  • 地方交付税(普通交付税、特別交付税)それぞれの算定項目と、どういう条件を満たせば交付額が増えるのかの勘所
  • 地方債の種別ごとに交付税算入率と交付税措置率、定番の地方債発行戦略
こういうところが基本中の基本とのこと。

学問としての財政学を押さえた上で、こういう実務面の知識も身についていれば、「こいつはできる」と思われるでしょう。


役所の人事評価は完全なブラックボックスです。
仕組みがわからない以上、対策のしようもありません。

今回提案した「地方財政の知識」作戦も、通用する確証はありません。
ただしこの作戦は、いつでもどこでも誰でも、個人レベルで取り組めるものです。
勉強するだけなので失敗もありません。ローコストかつノーリスクです。

今のうちから勉強していけば、秋以降の当初予算の部内ヒアリングという絶好のアピールチャンスに間に合うと思います。
誰か試してみてください。僕はもう手遅れなので……

 

チラシにしろ動画にしろホームページにしろ、役所が作る広報物はだいたいどこかダサいです。自覚はあります。
役所が作ったパワポ資料を朱書きしてデザイン的な誤りを指摘するツイートなんかも定期的にバズっていますし、役所の中の人間だけでなく、世間一般から「ダサい」と認識されていると考えて間違いないでしょう。

デザインにものすごく気を遣っている自治体も最近は増えてきましたが、そのせいでかえって、普通の自治体がいかにデザインを疎かにしているかが露骨にわかるようになってしまいました。

役所が作る広報物のデザインはどうしてレベルが低いのか。
その理由は明確です。しかしなかなか手をつけられずにいるのが現状です。

「正確さ」という呪縛

役所の広報は、何よりも発信内容の正確さを重視します。
民間企業であれば、発信する情報の種類ごとに、広報の目的も手段も普通は異なると思います。
しかし行政の場合は、どんな内容であってもとにかく正確であること、より正しく言えば誤解されないことを重視します。

誤解が生じる余地の無い一義性網羅性、悪意ある者に攻撃されても「それは屁理屈だ」と堂々と反論できるだけの堅牢性を、役所組織を挙げてひたすら突き詰めます。
ここに時間も労力も全てつぎ込むため、デザインにまで気を回している余裕がありません。

役所が発する情報は、幅広い住民が受け取ります。
一読して理解する人もいれば、利害関係者ゆえに過剰反応する人、何らかのバイアスがあって変な方向に解釈する人などなど……想定しなければいけないケースは多岐に及びます。
もし誤解を与えてしまった場合、後から補足するだけでは済まず、取り返しのつかない事態を引き起こしかねません。

さらに困ったことに、マスコミにしろ住民にしろ、行政が発した情報を意図的に曲解したり揚げ足取りしたがっている人が大勢います。
特に最近はこの傾向が強まっていて、どんな細かい内容でも気を許せません。


具体例:チラシ作成の場合

例えばチラシを作る場合だと、テキストや画像のような個々のパーツの校正にとにかく全力を尽くします。
特にテキストは一言一句まで厳密に精査します。時間の許す限り、極力たくさんの利害関係者にチェックしてもらって、脇の甘い表現や記載漏れが無いかを確認します。

色合いやレイアウトのようなデザイン面は二の次です。デザイナーさんから上がってきた案をそのまま採用するか、職員による手作りで済ませます。
もし外部から「デザインが悪い」と叩かれても有効打にはなり得ないため、役所としては注力する理由が極めて薄いのです。
マーケティングの本なんかだと頻出の「色使いの心理的効果」や「視線誘導」なんかは全く考慮しません。

レイアウトで唯一気にするのは、個々のパーツに強弱・序列を持たせず、いずれの要素も平等に扱うことです。
情報の強弱は、誤解の原因であり、攻め入る隙にほかなりません。


ライブのチラシ

架空のイベントのチラシを試しに作ってみました。
中止なのにお客さんが来てしまうケースを何より避けたくて「雨天中止」を強調したとします。
こういう強調をすると、
  • どうして「現金のみ」を強調しなかったのか。今やキャッシュレスが当たり前の時代であり、よほどの用事がない限り誰も現金なんて持ち歩かない。役所は常識が無い。
  • 朝早くから始まるイベントであり、近くにコンビニもないから、もし現金を持ってこなかったら下ろしにいけない。危機管理能力がない。
このような、「雨天中止」は強調したのに「現金のみ」を強調しなかったという判断に対する苦情が多数寄せられるでしょう。
実際の来場者からの「現金を持っていなくて入れなかった」という苦情ではなく、あくまでもチラシの表記に対する批判です。

逆に「現金のみ」を強調したとしたら、
  • どうして雨天中止だと強調しなかったのか。朝早いイベントであり、間違ってキモオタク公園にきてしまったら、帰る手段がない。
  • ただでさえ自然災害が増えている時代なのだから、雨天の中に不用意に外出させるようなことはあってはならない。「雨天中止」という情報な何よりも大事だ。
というお叱りが四方八方から飛んでくるでしょう。
 
つまり、役所側で情報に強弱をつけると、「強弱をつけたこと」「強弱の判断」に対する批判が発生するのです。
実際の役所業務では、こういう批判の声を誰もが予想して、どちらも赤字&太字で強調するでしょう。
結果、あらゆる情報が同程度に強調された、ゴテゴテしたチラシに仕上がります。

この状況は、民間企業の広報であっても同様でしょう。
受け手によって、重視する情報は異なります。
発信側としては劣後する情報であっても、そちらを重視する人はどこかに存在するものです。

ただし役所の場合、先述のとおり、誤解や批判を何より避けたがります。
特定の情報を強調することにどれだけメリットがあるにしても、誤解・批判を招きかねないというデメリットがわずかでもあるのなら、採用できません。


職員のデザインスキルが低い

このように、役所ではデザイン面について考える機会がほぼ無いため、どれだけ地方公務員としてのキャリアを積もうともデザイン力は磨かれません。
むしろどんどんデザイン面に鈍感になっていきます。
どれだけ職員が努力してデザイン面を改善しようとしても、そもそもの能力が足りていないのです。

さっきのチラシを見てもらえば察してもらえると思います。
Pagesのテンプレをいじっただけですが、これを作るのに小一時間かかりました。
一応僕は広報業務経験者です。チラシやSNSの投稿をたくさん作ってきました。
それでもこの程度です。 

もし独学で勉強してデザインスキルを身につけた職員がいたとしても、その技能が活かされるのはごくわずかな期間だけでしょう。
そもそも広報業務がある部署は限られています。デザイン業務に携わる職員は少ないですし、定期人事異動のために同一の業務をずっと続けることもできません。
一度もデザインに関わらずに定年を迎える職員もいるでしょう。
 
異動を挟んでも継続して広報業務を担当する確率は著しく低いです。
役所内でデザイン自体が重視されていないために、職員のデザインスキルは評価されず、異動時にも考慮されるとは思えません。

ワードプレス等を使って綺麗なサイトを作っている公務員(現職・元職いずれも)の方は本気で尊敬しています。
公務員として働いていたら逆にどんどんデザイン力が落ちていくはずなのに、きちんとしたレイアウトのサイトを構築でいるということは、余暇を費やして猛勉強したか、それか本物の天才です。


万人受けするデザインはとても難しい

最近だとWebサービスのUIも酷評されています。
こちらも広報物と同様、
  • 役所という組織がデザイン面を重視していない
  • 職員のデザインスキルが足りない
という事情のために生じている事態だと思われます。

役所が提供するサービスは、住民全員が利用者になり得ます。
こんなに対象が広いサービスはほかにありません。

加えて、役所という立場上、民間企業であれば「外れ値」として無視してもいいようなレアユーザーに対しても、役所の場合はきちんとわかりやすく、使いやすくなるよう考慮しなければいけません。

しかし実際のところ、万人がわかりやすい・使いやすいデザインは現状の役所の能力では実現不可能であり、どれだけ洗練させたとしても批判は根絶できないと思います。
それでも叩かれないように務めた結果、サービス自体が不便になったというパターンを、役所は繰り返しています。

最初にも書いたとおり、最近ではデザイン面にこだわっている自治体も出てきました。
実情はわかりませんが、単なる情報の羅列以外のものをリリースすれば、絶対に批判が飛んできるものです。
華々しい広報の裏で、職員は日々戦っていることでしょう。

こういうところが批判に屈せずに成果を残してくれれば、他の役所も追随して変わっていくはずだと思いたいところです。

このページのトップヘ