キモオタク地方公務員(県庁職員)のブログ

地方公務員の人生満足度アップを目指しています。地方公務員志望者向けの記事は、カテゴリ「公務員になるまで」にまとめています。

カテゴリ: 公務員の日々の仕事

大型市役所や県庁志望の方は、今ごろ面接ネタを練っているところと思います。
中には「役所だけではどうしようもない課題を、住民や民間企業と協力しながら解決していきたい」という展開を考えている方もいるかもしれません。
 
とても耳触りの良いストーリーではありますが、実務をやっている身からすると現実味がありません。
面接官としても心を動かされないと思います。

協力してもらえれば解決できそうな課題は実際たくさんありますが、「いや役所の責任でしょ」と一蹴されるのが常であり、そもそも協力しあえる素地があれば、現存する社会課題の多くは今ほど深刻になる前に解決できていたはずです。
いまだに課題のまま残っているものは、過去に協力を仰ごうとして失敗したと考えるほうが自然です。

もし「住民・民間企業との協力による課題解決」要素を使いたいのであれば、国内自治体の成功事例を探しておいたほうがいいと思います。
少なくとも事例が無いと、根拠があまりにも薄弱だからです。

ただし、どんなに優れた成功事例があったとしても、指定管理者ネタだけは絶対に避けたほうが無難です。
全国各地でトラブルが相次いで発生していて、職員を悩ませているからです。

指定管理者の懐具合

指定管理者制度の概要は、インターネットで検索したほうが正確かつわかりやすいでしょう。
ここでは省略して、お金の話を中心に進めていきます。

役所側から見ると、指定管理者制度は
  • コスト削減(特に人件費)になる
  • 役所では提供しづらいサービス(物販や飲食、娯楽イベントなど)を提供でき、施設の魅力向上につながる
というメリットがあります。

一方、指定管理者として施設を預かる民間側(受託者)からすると、
  • 設備は役所が準備してくれるので、初期投資なしで事業が始められる
  • 賃料や固定資産税がかからないので、運営コストが安い
  • 指定管理料という安定収入を得られる
というメリットがあり、一見双方にとってお得な制度のように見えます。

建前はこんな感じなのですが、実際やってみると、上記メリットの恩恵を受けられるとは限りません。
特に受託者側の負担が想定以上に重くなり、受託当初は想定していなかった多額の赤字を抱えることになりがちです。

想定外のコストが嵩む

赤字の原因の一つは、住民や議会からの要望です。
運営を指定管理者(民間)に任せているとしても、施設自体は役所のものです。
そのため、民主主義の原則から逃れることができません。通常の民営施設のように営利優先での運営ができないのです。

完全民営の施設であれば、お客さんから要望があったとしても応じる義務はありません。
「利益につながるかどうか」を判断基準として検討するでしょう。
しかし役所の場合は、民間企業の感覚では一蹴すべきトンデモ案件や、利益には到底結びつかない提案であったとしても、しかるべき相手・人数からの要望であれば応じなければいけません。

指定管理者が運営している施設も、税金を原資に提供されている行政サービスであることには変わりありません。
民主主義の原則に従い、役所本体が提供するサービスと同程度に、住民の意見を尊重しなければいけません。

かっこよく言うと、公設という性質上、採算度外視でロングテールのニーズに応じなければいけないのです。 
  • 農産物直売だけでなく試食も出してほしい →加工・提供スタッフ増員(人件費増)、衛生管理のコスト増
  • 街灯代わりに照明を点けておいてほしい →光熱水費増加
  • ふるさと納税の受付窓口機能も持つべきだ →対応スタッフ増員
  • 避難所機能も持つべきだ →非常食などの備蓄(消耗品費増)
指定管理料を増額したりして役所側で費用増額分をカバーできればいいのですが、全てカバーするのはなかなか難しいです。
こういう要望に応じるたびにランニングコストが嵩んでいって、赤字を積んでいくのです。

役所から支払われる指定管理料ではなく、受託者の独自財源を使っている事業であっても、状況は変わりません。
その事業単体では確かに公費は入っていませんが、事業に使っている施設の財源は税金である以上、「独自事業だから好きにやらせてほしい」とは言えません。

「住民や議会からの要望を優先せざるを得ない」という現実は、受託者の裁量を制限し、意欲を減退させます。
受託者としてやりたいことがあっても、こういった要望に応じるために予算が枯渇してしまって実行できなかったり、真逆の要望を受けたために諦めざるを得なかったり……。
まさに学習性無気力という状態に陥るケースもよく聞きます。

人材確保できないためにオペレーション効率化できない

指定管理で運営されている施設で働いているのは、ほぼ全員が非正規雇用の方々です。
正社員は施設長くらいでしょう。しかも元から受託者の別部署で働いていた方を配置転換しただけで、指定管理のために新たに雇用するケースはごく稀だと思います。

施設の指定管理は、たいてい3年くらいの有期契約です。この期間が終了したら、次どうなるかは全くわかりません。
もし正社員を雇用して、3年後に継続受託できなかったら、余計な人員を抱えることになります。
このため、指定管理のために受託者が正社員を新たに雇用するケースはほぼ無く、アルバイトや契約社員を中心に運営することになります。

アルバイトや契約社員を募集するにしても、「3年後に終わるかもしれない」という点がネックになります。
将来性に欠けるため真面目な人がなかなか集まらず、採用できたとしても腰掛け的なジョブホッパーかリタイア世代ばかり採用せざるを得ないのです。
職場としての魅力に欠けるために離職者も多く、採用活動はずっと続くことになります。

スタッフが定着しないために、日々のシフト調整ですら苦労する羽目になり、長期的な経営計画はもちろんのこと、年間の運営計画すら見通せません。
人の入れ替わりが激しいせいでノウハウが育ちにくく、運営のマニュアル化も難しいです。
このような手探り・場当たりの環境がずっと続くために、オペレーションの改善が進まず、非効率・高コストな運営になりがちです。

そもそも儲からない?

指定管理業務をやっている上場企業は、なかなかありません。
決算に現れるくらいに大きなウェイトを占める企業だと、シダックス株式会社しか見つかりませんでした。

トータルアウトソーシング部門

有価証券報告書によると、同社は全国で指定管理を受託していて豊富なノウハウを持っており、しかもグループ内で流通会社を持っているためにローコストで物品調達ができるとのこと。
さらに社員もたくさんいるので、先述した人材確保の問題もある程度は緩和されるでしょう。

つまり、指定管理ビジネスをやっている企業の中でも、かなり高い利益率を確保できるほうと思われます。
しかし、それでも営業利益率6%前後(しかも本社機能の経費は別途発生)なのです。
そもそもビジネスとしてあまり儲かる分野ではないのでしょう。

担い手がいない

このような事情が深刻化しつつあり、指定管理の担い手がいなくなりつつあります。

現行の受託者は、人手不足や赤字を理由に継続受託を断念することが増えています。
新たに指定管理者を公募しても、応じる事業者が見つからないケースが多発しています。

役所が直営で運営できる施設ならまだしも、道の駅のような物販や飲食機能のある施設だと、直営は不可能です。
実際、指定管理者が見つからないまま閉鎖状態の施設も出てきました。

「指定管理者 断念」あたりのワードで検索すれば、いろんな事例が出てきます。
今後はさらに増えていくと思われます。新型コロナウイルスの影響でさらに収益性が悪化して、会社として生き残るために、指定管理業務をリストラせざるを得なくなるケースが予想されるためです。

指定管理という運営方法が成り立たなくなった場合の対策を検討しているのが田舎役所の現状です。
もし面接で「指定管理制度を活用して〜」みたいなことを発言されたら、少なくともローカルニュースに全然目を通していないんだなと思われるでしょう。 

ジョークのつもりで投稿したこの記事、安定してPVを集めています。



出世に真剣な人に申し訳なくなり、本当に役立ちそうな出世作戦をずっと考えて続けきた結果、ついに一つの答えにたどり着きました。

昇進試験が無い自治体の場合、職員の出世の命運は全て上司からの定性的評価にかかっています。
俗にいう出世コースに乗るためには、課長のような直接の人事評価者だけでなく、さらに上位の部局長のようなキーパーソンからも見初められなければいけません。

定性的な高評価、つまり「気に入られる」ためには、ごますりに徹したりゴルフのお供をしたりなんかが具体策としてよく挙げられます。
民間企業であればこれで良いのかもしれませんが、地方公務員の場合は平職員と部局長との距離が遠く、ごまを擦る機会がありません。
ゴルフも下火です。今となってはすっかりダーティな印象が根付いてしまい、公務員同士ですらあまり行かないようです。
これからの出世競争は、キーパーソンが重要視している要素をさりげなく見せつけることで評価を高めていく、正攻法の時代なのでしょう。

役所内のキーパーソン、つまり出世の頂点にたどり着いた職員が高確率で重視するであろう要素。
それは地方財政、特に歳入面の知識です。

部局長クラスがもれなく重視する

部局長クラスになると、たとえ財政課出身でないにしても、もれなく自治体財政の仕組みに精通しています。
財政の仕組みを理解していないと、役所組織全体のバランスを整えたり長期的視点から政策決定をするという、部局長の仕事がこなせないからです。
こういう知識と能力(感覚)が評価されたからこそ、部局長まで出世できたともいえます。
つまり、キーパーソンは、財政知識は出世に不可欠だと認識しているのです。

ここからは推測です。
他職員を評価する際も、「地方財政の知識」はものさしの一つとして機能する可能性が高いと思われます。

「地方財政の知識」以外にも、職員評価のものさしはたくさんあります。
ただしキーパーソンごとにバラバラです。これまで歩んできたキャリアによって全然違うでしょう。
ずっと総務部局にいたのであれば内部調整能力を重視するでしょうし、産業振興や観光に携わっていたのであれば役所外との交渉能力を求めるでしょう。
ほかにも、法令知識、議員との折衝能力、人脈などなど……いろいろ思いつきます。

一方「地方財政の知識」は、どこの役所であれ、大半のキーパーソンが共通して重視する要素だと推測されます。
つまり、あらゆるキーパーソンたちが共通して持っている、数少ない普遍的なものさしであり、これ一つ身につけておくだけで、大抵のキーパーソンにアピールできるのです。

差別化要因にもなる

地方財政の知識は、働いていれば自然と身につくわけではありません。
特に歳入面の知識は、大半の職員にとって縁遠いものです。

地方自治体の歳入は、主に地方税、地方交付税、地方債、国庫支出金があります。
このうち特に地方交付税と地方債は、財政課以外は滅多に触れません。

つまり、地方交付税と地方債もひっくるめて地方自治体の歳入の全体像を知っている職員は、財政課以外にはほとんどいません。
希少性があり、他の職員との差別化に直結するのです

さらにこの知識は、自主的に勉強しないと身につかないものでもあります。
これを備えていることは、勉強熱心であり仕事への意欲に燃えていることの証明にもなるのです。

重要なのは実務的知識

ざっくりまとめるとこんな感じです。
  • 地方財政の知識は、どんな役所でもキーパーソンから重要視されている能力であり、評価ポイントにもなる
  • 中でも歳入面の知識は、意図的に勉強しなければ身につかず、他の職員との差別化要因になる
  • 勉強しなければ身につかないゆえに、勤勉さと仕事への熱意のアピールにもなる

公務員試験の科目にも「財政学」がありますが、僕が今回重視しているのは、もっと実務的な知識です。
僕自身全然わかっていないのですが、同期の財政課職員によると
  • 主要な施策・制度の財源内訳(例:生活保護の国庫負担割合)
  • 国の補助金・交付金のうち、主なものの仕組み(災害復旧、社会資本整備、地方創生関係など)
  • 地方交付税(普通交付税、特別交付税)それぞれの算定項目と、どういう条件を満たせば交付額が増えるのかの勘所
  • 地方債の種別ごとに交付税算入率と交付税措置率、定番の地方債発行戦略
こういうところが基本中の基本とのこと。

学問としての財政学を押さえた上で、こういう実務面の知識も身についていれば、「こいつはできる」と思われるでしょう。


役所の人事評価は完全なブラックボックスです。
仕組みがわからない以上、対策のしようもありません。

今回提案した「地方財政の知識」作戦も、通用する確証はありません。
ただしこの作戦は、いつでもどこでも誰でも、個人レベルで取り組めるものです。
勉強するだけなので失敗もありません。ローコストかつノーリスクです。

今のうちから勉強していけば、秋以降の当初予算の部内ヒアリングという絶好のアピールチャンスに間に合うと思います。
誰か試してみてください。僕はもう手遅れなので……

 

チラシにしろ動画にしろホームページにしろ、役所が作る広報物はだいたいどこかダサいです。自覚はあります。
役所が作ったパワポ資料を朱書きしてデザイン的な誤りを指摘するツイートなんかも定期的にバズっていますし、役所の中の人間だけでなく、世間一般から「ダサい」と認識されていると考えて間違いないでしょう。

デザインにものすごく気を遣っている自治体も最近は増えてきましたが、そのせいでかえって、普通の自治体がいかにデザインを疎かにしているかが露骨にわかるようになってしまいました。

役所が作る広報物のデザインはどうしてレベルが低いのか。
その理由は明確です。しかしなかなか手をつけられずにいるのが現状です。

「正確さ」という呪縛

役所の広報は、何よりも発信内容の正確さを重視します。
民間企業であれば、発信する情報の種類ごとに、広報の目的も手段も普通は異なると思います。
しかし行政の場合は、どんな内容であってもとにかく正確であること、より正しく言えば誤解されないことを重視します。

誤解が生じる余地の無い一義性網羅性、悪意ある者に攻撃されても「それは屁理屈だ」と堂々と反論できるだけの堅牢性を、役所組織を挙げてひたすら突き詰めます。
ここに時間も労力も全てつぎ込むため、デザインにまで気を回している余裕がありません。

役所が発する情報は、幅広い住民が受け取ります。
一読して理解する人もいれば、利害関係者ゆえに過剰反応する人、何らかのバイアスがあって変な方向に解釈する人などなど……想定しなければいけないケースは多岐に及びます。
もし誤解を与えてしまった場合、後から補足するだけでは済まず、取り返しのつかない事態を引き起こしかねません。

さらに困ったことに、マスコミにしろ住民にしろ、行政が発した情報を意図的に曲解したり揚げ足取りしたがっている人が大勢います。
特に最近はこの傾向が強まっていて、どんな細かい内容でも気を許せません。


具体例:チラシ作成の場合

例えばチラシを作る場合だと、テキストや画像のような個々のパーツの校正にとにかく全力を尽くします。
特にテキストは一言一句まで厳密に精査します。時間の許す限り、極力たくさんの利害関係者にチェックしてもらって、脇の甘い表現や記載漏れが無いかを確認します。

色合いやレイアウトのようなデザイン面は二の次です。デザイナーさんから上がってきた案をそのまま採用するか、職員による手作りで済ませます。
もし外部から「デザインが悪い」と叩かれても有効打にはなり得ないため、役所としては注力する理由が極めて薄いのです。
マーケティングの本なんかだと頻出の「色使いの心理的効果」や「視線誘導」なんかは全く考慮しません。

レイアウトで唯一気にするのは、個々のパーツに強弱・序列を持たせず、いずれの要素も平等に扱うことです。
情報の強弱は、誤解の原因であり、攻め入る隙にほかなりません。


ライブのチラシ

架空のイベントのチラシを試しに作ってみました。
中止なのにお客さんが来てしまうケースを何より避けたくて「雨天中止」を強調したとします。
こういう強調をすると、
  • どうして「現金のみ」を強調しなかったのか。今やキャッシュレスが当たり前の時代であり、よほどの用事がない限り誰も現金なんて持ち歩かない。役所は常識が無い。
  • 朝早くから始まるイベントであり、近くにコンビニもないから、もし現金を持ってこなかったら下ろしにいけない。危機管理能力がない。
このような、「雨天中止」は強調したのに「現金のみ」を強調しなかったという判断に対する苦情が多数寄せられるでしょう。
実際の来場者からの「現金を持っていなくて入れなかった」という苦情ではなく、あくまでもチラシの表記に対する批判です。

逆に「現金のみ」を強調したとしたら、
  • どうして雨天中止だと強調しなかったのか。朝早いイベントであり、間違ってキモオタク公園にきてしまったら、帰る手段がない。
  • ただでさえ自然災害が増えている時代なのだから、雨天の中に不用意に外出させるようなことはあってはならない。「雨天中止」という情報な何よりも大事だ。
というお叱りが四方八方から飛んでくるでしょう。
 
つまり、役所側で情報に強弱をつけると、「強弱をつけたこと」「強弱の判断」に対する批判が発生するのです。
実際の役所業務では、こういう批判の声を誰もが予想して、どちらも赤字&太字で強調するでしょう。
結果、あらゆる情報が同程度に強調された、ゴテゴテしたチラシに仕上がります。

この状況は、民間企業の広報であっても同様でしょう。
受け手によって、重視する情報は異なります。
発信側としては劣後する情報であっても、そちらを重視する人はどこかに存在するものです。

ただし役所の場合、先述のとおり、誤解や批判を何より避けたがります。
特定の情報を強調することにどれだけメリットがあるにしても、誤解・批判を招きかねないというデメリットがわずかでもあるのなら、採用できません。


職員のデザインスキルが低い

このように、役所ではデザイン面について考える機会がほぼ無いため、どれだけ地方公務員としてのキャリアを積もうともデザイン力は磨かれません。
むしろどんどんデザイン面に鈍感になっていきます。
どれだけ職員が努力してデザイン面を改善しようとしても、そもそもの能力が足りていないのです。

さっきのチラシを見てもらえば察してもらえると思います。
Pagesのテンプレをいじっただけですが、これを作るのに小一時間かかりました。
一応僕は広報業務経験者です。チラシやSNSの投稿をたくさん作ってきました。
それでもこの程度です。 

もし独学で勉強してデザインスキルを身につけた職員がいたとしても、その技能が活かされるのはごくわずかな期間だけでしょう。
そもそも広報業務がある部署は限られています。デザイン業務に携わる職員は少ないですし、定期人事異動のために同一の業務をずっと続けることもできません。
一度もデザインに関わらずに定年を迎える職員もいるでしょう。
 
異動を挟んでも継続して広報業務を担当する確率は著しく低いです。
役所内でデザイン自体が重視されていないために、職員のデザインスキルは評価されず、異動時にも考慮されるとは思えません。

ワードプレス等を使って綺麗なサイトを作っている公務員(現職・元職いずれも)の方は本気で尊敬しています。
公務員として働いていたら逆にどんどんデザイン力が落ちていくはずなのに、きちんとしたレイアウトのサイトを構築でいるということは、余暇を費やして猛勉強したか、それか本物の天才です。


万人受けするデザインはとても難しい

最近だとWebサービスのUIも酷評されています。
こちらも広報物と同様、
  • 役所という組織がデザイン面を重視していない
  • 職員のデザインスキルが足りない
という事情のために生じている事態だと思われます。

役所が提供するサービスは、住民全員が利用者になり得ます。
こんなに対象が広いサービスはほかにありません。

加えて、役所という立場上、民間企業であれば「外れ値」として無視してもいいようなレアユーザーに対しても、役所の場合はきちんとわかりやすく、使いやすくなるよう考慮しなければいけません。

しかし実際のところ、万人がわかりやすい・使いやすいデザインは現状の役所の能力では実現不可能であり、どれだけ洗練させたとしても批判は根絶できないと思います。
それでも叩かれないように務めた結果、サービス自体が不便になったというパターンを、役所は繰り返しています。

最初にも書いたとおり、最近ではデザイン面にこだわっている自治体も出てきました。
実情はわかりませんが、単なる情報の羅列以外のものをリリースすれば、絶対に批判が飛んできるものです。
華々しい広報の裏で、職員は日々戦っていることでしょう。

こういうところが批判に屈せずに成果を残してくれれば、他の役所も追随して変わっていくはずだと思いたいところです。

役所が提供するオンラインサービスがことごとく叩かれています。
雇用調整助成金のオンライン申請システムだったり、コロナ感染者追跡アプリだったり……そして何より特別定額給付金のオンライン申請。
僕自身、ここ数ヶ月で大量にお叱りの声をいただきました。どれも県庁は直接関係ないし、怒鳴られてもどうしようもなんですけどね……

マスコミも、僕が直接対応した住民の方々も、オンラインサービスの不出来さを叱責するついでに、役所仕事の非効率さも一緒に詰ってきます。
ハンコ文化だとか、テレワークできてないとか、電話に頼りすぎとか、ペーパーレスを進めるべきとか、職員のパソコンスキルが低いとか……
「とにかく役所は電子化が進んでいない」と言う結論で締めくくるのが定番のパターンです。

実際のところ、役所が提供するオンラインサービスはだいたいお粗末だし、役所内部の設備も業務プロセスも前時代的なままで非効率なのは間違いありません。叩かれても仕方ありません。

しかし、前者(住民向けのサービス)と、後者(役所内部)の問題を、ひとまとめにして叩くのは危険だと思っています。
この二つは大元の原因が異なります。
 
両者をひとまとめにして叩くだけでは根本的な問題解決にはなりませんし、間違った方向にすら進みかねないと思っています。
特に前者を叩きすぎると、役所の本来の役割である「市場の失敗の補完」を見失いかねません。

オンラインサービス拡充よりもデジタル弱者救済の方が優先

過去の記事で、世の中のデジタル化についていけてない方々(以下「デジタル弱者」)の支援が今後の役所の課題になると書きました。


デジタル化が進むにつれて、従来のアナログなサービスがどんどん削減されています。
アナログからデジタルへの移行についてこられていないデジタル弱者にとっては、ここ十数年で生活が不便になってきました。

アナログサービスの削減により困っている人が発生しているという現状は、市場の失敗の一例です。
市場の失敗の補完は、役所の基幹業務です。
つまり、デジタル弱者の救済は、役所の本業なのです。

インターネット上に現れてこないだけで実はものすごく多い

デジタル弱者はものすごく多いです。今回のコロナウイルス感染症騒動で痛感しました。
僕自身が対応した住民の方々からも、
  • 持続化給付金にしろ自治体独自の給付にしろ、インターネットが使えないとろくに補助制度のルールすら調べられないのは差別だ、全員平等に郵送せよ!
  • 特別定額給付金を真に必要としている貧困者はインターネットが使えないんだから、オンライン申請者を先に始めるのは本末転倒だ!
という声をたくさんいただきました。
人数でいえば、役所のアナログ具合を糾弾する方よりも多かったです。
しかもアナログ批判の声よりも真剣味があり、本当に困窮している様が伝わってきました。

さらに言えば、怒りのレベルも高かったです。
アナログサービス削減に対する憤懣、社会全体への鬱憤が普段から溜まっているのでしょう。
インターネットでしか情報配信しない姿勢に対して、何回も「殺人鬼」呼ばわりされました。

デジタル弱者が地方政治の王道派

デジタル弱者の大半は高齢者で、中には政治力のある方もいます。
地元の名士で膨大な票数を動かせたり、議員OBだったり……

6月議会の議事録を見てみれば一目瞭然でしょう。
田舎の自治体だと、デジタル化推進よりもデジタル弱者救済を求める質疑のほうが多いはずです。

現役世代にもデジタル弱者はたくさんいます。
最近流行りの「GIGAスクール構想」関係で、家にネット回線がある家庭の割合がたびたび報道されていますが、どこの自治体も7割前後止まりです。
誰もがインターネットにアクセスできる時代は未だ到来していません。


まとめると、
  • デジタル弱者の救済(=市場の失敗の補完)は役所の本来の役割
  • デジタル弱者は数が多くて真に困っており、救済施策のニーズがある
  • デジタル弱者は政治力を持っている

以上3つの理由から、地方政治ではデジタル弱者側が優先されがちです。

現状、地方財政にゆとりは無く、オンラインサービス拡充とデジタル弱者救済を両立させるのは困難です。
政治力による駆け引きの結果、オンラインサービス充実は劣後して、デジタル弱者のほうに予算と労力を振り向けています。

もし役所が現状の世論に与してオンラインサービスを拡充するのであれば、デジタル弱者の救済策も同時にもっと強化しなければいけません。
そうしないと、役所は福祉という本来の役割を放棄して、格差拡大に加担するという本末転倒になってしまうのです。

どんなデジタル弱者でも使えるやさしいオンラインサービスを整備することが理想なのですが……利用者(住民)のデジタルリテラシー格差があまりにもすさまじく、正直想像できません。

世論が認めてくれたらいくらでも設備投資できる(はず)

一方、役所内のデジタル化が進んでいなくて業務が非効率なのは、設備投資をする予算が無い(認められない)からです。
ボトルネックは世論です。

職場環境に設備投資しようとすると「職場環境への投資は職員のためにしかならない。住民に還元されない。だから認められない」というロジックが席巻しているために、設備投資したくてもできないのです。

コロナウイルス感染症騒動をきっかけに、業務継続計画(BCP)を真剣に考え直している自治体も多いと思います。 
今であれば、「第二波に備えた業務体制の整備」 みたいな名目で、設備投資予算が通るはず。
個人的には千載一遇のチャンスだと思っています。 



役所内のデジタル化の遅れは、世間が叩けばきっと是正されます。
来年度当初予算に堂々と計上できるよう、来年の2月くらいまで叩き続けて欲しいくらいです。

一方、住民向けのオンラインサービス整備の遅れは、ただ叩くだけでは解決しません。
デジタル弱者の救済という優先課題の存在を忘れないでほしいです。

もし面接でオンラインサービスのことを聞かれたら、デジタル弱者救済のことにも触れてみるといいかもしれません。

動画制作といえば、都道府県よりも市町村の方が一歩前を歩んでいる印象です。
ただ最近のコロナ騒動を受けて、イベント関係が中止になった分の観光振興予算を回したりして、都道府県も動画に注力し始めるのではないかと思います。

実は僕も、仕事で1本だけ動画を作ったことがあります。
庁内向けのプロトタイプなので、世間一般にお披露目するものではありませんが、テロップを入れたり色味を調整したりサムネイルも作ったり……なかなか手間暇をかけました。
 
動画を自ら作ってみることで、編集の巧拙や作者の工夫・こだわりがちょっとわかるようになったという副産物もありました。
この意味でも有意義な仕事でした。

役所が動画を作る機会はこれからもどんどん増えていくでしょう。
ただ役所にとって、動画制作は茨の道です。
たくさんの苦難が待ち受けていることが容易に予想されます。

動画はどうしても網羅性に欠ける

役所はとにかく網羅性を重視します。
世の中には「重箱の隅を突きたがる層」が相当数存在して、内容に少しでも遺漏があると執拗に食らいついてくるからです。

広報物では特にこの傾向が強いです。
「役所が作るチラシはごちゃごちゃして醜い」というお叱りのとおり、役所作の広報物は網羅性を優先するあまりレイアウトが崩壊しがちです。
醜いのはもちろん承知しています。
しかし、レイアウトを犠牲にしてでも網羅的に中身を詰め込まないと、もっとお叱りを受けるのです。

そのため動画制作でも網羅性を持たせたいところなのですが、動画という媒体は網羅性とは相性が悪いです。
網羅的に内容を盛り込もうとしたら、ものすごい分量になってしまいます。

実際に僕が動画を作ったときも、上司から色々と不足点を指摘されて、それらを次々に盛り込んでいきました。
その結果めちゃくちゃ長くなり、パソコンのハードディスク容量を超えてしまいました。
僕も上司も目からウロコが落ちました。役所の王道である網羅性至上主義と動画媒体の相性の悪さを痛感しました。

このため、役所が動画を作るときは、網羅性を諦めるしかありません。
となると、「重箱の隅を突きたがる層」の格好の餌にならざるを得ません。

要素をコントロールしきれないせいで隙が生じる

単なるチラシや文書とは異なり、動画には「音」と「動き」という要素があります。
これらもまた「重箱の隅を突きたがる層」の格好の標的になります。

映像制作のプロは、「絵」「音」「動き」ほか動画を構成する要素の全てをコントロールして、制作側の意図を視聴者に伝えようとするでしょう。

しかし、役所の職員にそんな能力はありません。
メッセージ性の薄い、ひどい時にはあり合わせの素材で済ませてしまうでしょう。

「重箱の隅を突きたがる層」は、こういう「甘い」部分を見逃しません。
「ボディがガラ空きだぜ」と言わんばかりに痛烈な指摘を繰り返してきます。


「重箱の隅を突きたがる層」は、最近どんどん増えてきています。
そのため役所側は、当面は網羅性重視の広報体制を改められないでしょう。

網羅性に欠ける媒体である動画は、優先順位がなかなか上がらないでしょうが、それでも世間の潮流には逆らえません。役所の動画利用はどんどん増えていくでしょう。
当面の間は、動画を作るたびにクレームを受けつつノウハウを蓄積していく「雌伏の時」が続きそうです。

このページのトップヘ