キモオタク地方公務員(県庁職員)のブログ

地方公務員の人生満足度アップを目指しています。地方公務員志望者向けの記事は、カテゴリ「公務員になるまで」にまとめています。

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「世の中はどんどん変わっていくんだから、役所の事業もスクラップ&ビルドで新陳代謝していくべきだ」
「ただでさえ財政事情が厳しいんだから、無駄な事業は早々に止めるべきだ」

住民だけでなく公務員も頻繁に口にする意見です。

しかし現実はそううまく運びません。
政治的事情などの外圧を受け、事業のスクラップは往々にして頓挫します。
外圧に遭う前に日和ってしまうケースもあるでしょう。
実際に事業を潰した(畳んだ)経験のある職員は、案外少ないのでは?

僕は1度だけですが、それなりの規模(予算でいうと数千万円規模)の事業を畳んだことがあります。
※地元ではけっこう話題になったネタなので、詳細はぼかします。



僕は看取り役


僕が畳んだ事業(以下X事業)は、とある民間団体(以下Y法人)に補助金を流していろいろやってもらい施策目標達成を目指すスタイルの事業でした。
取り繕った言い方をすれば「民間のノウハウとネットワークを活かした」事業であり、乱暴な言い方をすれば「お金と口は出すけど実務は丸投げ」な事業です。

Y法人の中では総勢10人ほどがX事業に携わっていました。
県とのやりとりを主に担当するのは、Y法人の正規職員であるマネージャー(以下M氏)です。
他のスタッフはM氏の部下という位置づけで、みな非正規職員でした。

元々僕はコミュ障で、かつ後述する事情のために意図的にコミュニケーションを控えていたこともあり、Y法人スタッフ達の詳細なプロフィールはわかりません。
ただし皆さん、いきなり異動してきてやってきた僕に対し、すごく親切に接してくれました。
電話越しに談笑の声が聞こえてきたりもして、居心地の良さが伝わってくる環境でした。



それなりに歴史のあったX事業でしたが、僕が担当者として着任する前の年度のうちに、次年度(つまり僕が着任した年度)で終了することが決まっていました。
終了に至るまでの詳細はよくわかりません。
僕の前任者も直接は関わっていなかったようで、どうやら県幹部とY法人幹部による「上どうし」の会談によって、トップダウンで決まったようです。

今年度でX事業が終わることを知っていたのは、現場スタッフの中ではM氏だけでした。
年度の初めに、M氏からは「現場スタッフへは私から伝えるから、県からは絶対言わないで、察されないように気をつけて」と強く念押しされました。
このため、僕をはじめ県職員は、M氏以外のスタッフとの接触を控えました。


担当者である僕の仕事は、今年度事業の進捗をウォッチしつつ、過去資料の整理をしたり、県から貸与した物品を紛失していないかチェックしたり、補助金の使途を改めて確認したり……という事業クローズに向けた諸準備です。
仕事自体は淡々と進みました。

事業の終了=事業部の取り潰し


Xデーは突然やってきました。
 
「資料作成に手間取っているので、20時まで職場で待ってくれないか。できればすぐ確認してほしいから、課長にも残っていてほしい」
M氏から意味深な電話。我々は察しました。

そして20時、再びM氏からの架電。
虫の声が聞こえてきます。オフィスを離れ、どこか野外で電話しているのでしょう。

「○○月▲▲日、スタッフに事業廃止の旨を告知する。当面は混乱すると思うので、私がOKを出すまでは、県職員はY法人オフィスに顔を出さないでほしい。電話は私の携帯に。もしスタッフから県に電話があっても、『Mさんに聞いてくれ』で通してほしい」



この電話から2か月ほど経過して、ようやくM氏から「県職員来訪OK」の連絡がありました。
今年度の事業は既に完了しており、補助金も精算済。
最後に残った作業である「県からの貸与物品回収」のため、Y法人オフィスへ向かいました。

X事業の事務室だった部屋には、段ボールが山積み。
机も椅子もありません。リース物品だったので返却したのでしょう。
タイルカーペットは所々剥がれていました。床下に這わせてあった電話回線を撤去したようです。

スタッフは誰もいませんでした。
M氏によると、全員退職したとのこと。
Y法人の別事業への転属を打診したのですが、どうしても待遇が落ち、しかも遠距離転居を伴うため、全員折り合わず退職してしまったとのこと。

このとき、役所は一体何をやったのか、ようやく自覚しました。
ひとつのホワイト職場を破壊し、十人弱の雇用を奪ったのです。

M氏がわざわざ人目を忍んで「県職員来訪NG」とアナウンスしてくれた理由がよくわかりました。
スタッフからすれば県のせいで職を失うわけです。
文句を言いたいのは当然でしょうし、口だけでは気が済まないかもしれません。
それに何より、合わせる顔がありません。

スタッフのうち何人かは、顔も名前もはっきり覚えています。
彼ら彼女らに似た風貌の人を見かけると、今でも反射的に身構えてしまいます。


M氏が使った「事業廃止」という表現も印象に残っています。

役所にしてみれば、X事業の終了は良いことです。
(実態はどうであれ)役所の事業が終わるときには、とにかく前向きな理由を用意します。
X事業終了のケースでは「役目を果たし切った」という理由付けがなされました。

しかし一方で、M氏をはじめY法人のスタッフにしてみれば、X事業は終わるわけではありません。
役所というスポンサーがいなくなったので、取り潰されるのです。
役目を果たそうが果たしていなかろうが、どちらも言葉遊びにすぎません。
組織としての売上がなくなり、食い扶持が減る。ただそれだけのことなのです。



「全体の奉仕者」は個人を救うわけではない


X事業の廃止は、マクロで見れば良いことだったと思います。
最初にも触れましたが、X事業の廃止は地元メディアでも取り上げられました。
役所仕事では珍しく「良い意味で」です。
X事業は「マンネリ化が進んで最早時代遅れな事業」と位置付けられ、これを止めて新たな施策を検討するという県の姿勢は、珍しく称賛されました。

しかしミクロでみれば、雇用機会の簒奪にほかなりません。

役所がお金を使えば、それは民間に流れます。
その収入のおかげで生計を立てている人がいるのです。
たとえそれが「無駄だ無駄だ」と叩かれている案件であっても。 
この当たり前の事実を思い知らされました。

さらにはY法人スタッフ達の自尊心も傷つけたと思います。
彼ら彼女らが日々取り組んできたことは、結局「時代遅れ」の一言でまとめられてしまったのです。

僕は民間就職活動に失敗した身であり、失職への恐怖をリアルに経験しています。
そのせいもあり自分自身が失職に加担してしまったという事実が半ばトラウマになり、今でもたまに眠れなくなります。

公務員として働く以上、「全体」「公益」のようなふわふわした存在のために、眼前で困窮している生身の人間を切り捨てざるを得ないケースからは逃れられません。
これがストレスで離職する若手職員もけっこういると聞きますし、入庁後のミスマッチを減らすために弊ブログでも発信していきたい重点事項の一つでもあります。

既存事業をスクラップするときは、くれぐれも気をつけて下さい。
マクロで見れば「良い」スクラップであっても、従事している個々人にとっては雇用の収奪であったり尊厳の破壊かもしれないのです。


漫然と作業的にスクラップしたら、終わった後で自責に襲われて、そのままトラウマになりかねません。僕のように。

「自分はこれから、公益のために個を潰すぞ」という心の準備を忘れないでください。

地方公務員がたどるキャリアは人それぞれです。
僕のように頻繁かつ無秩序に異動する人もいれば、何年も同じ業務を担当し続ける人もいます。

後者のパターンだと、担当業務に飽きてしまうこともあると思います。
役所は基本的に民主主義プロセスによって決められた事項を実施する手足であり、意思決定機関ではありません。
下っ端の職員には尚更、権限も裁量もなく、その役割は作業が中心にならざるを得ません。
ひととおり業務のルールを覚えてルーチンワークをこなせるようになり、ボトムアップでも実行できる程度のマイナーな業務改善を終えてしまえば、あとは同じような日々が続くことになります。

こういう淡々とした日々を送って給料がもらえるという環境は、実際かなり幸せなことだと思います。
しかし人間はわがままなもので、新鮮味や刺激が欲しくなるものです。

そんなときは、役所以外の関係者の目線を調べてみれば、眼前の作業が再び新鮮に映ると思います。

「役所だけの案件」ではない

庁内調整業務を除き、役所が携わる仕事には、役所外にもたくさんの関係者がいます。
むしろ役所は関係者の一角でしかありません。
それぞれの関係者ごとに役割が異なり、実行する作業内容も異なります。
そしてそれ以上に、その仕事に対する目線(認識、スタンス)が異なります。

地方公務員として働いているだけでは、普通は「役所の担当者」という一関係者の目線からしか、仕事を捉えません。
関係者それぞれの考え方を知り、「役所の担当者」以外の視線から仕事を眺めてみれば、きっと新しい発見があるでしょうし、よりよい結果につながるかもしれません。

典型的な「関係者」

仕事によって登場する関係者は様々です。
ここではどんな業務でも関係者として存在しそうなものを挙げていきます。

住民

公務員なら誰しも「住民目線を持て」という訓示を受けたことがあるでしょう。

僕も何度も聞かされてきましたが、自治体内に暮らす全住民を合算したようなマクロな意味での「住民」を想定すべきなのか、一人一人の個々人の感情や損得を重んじるミクロな意味での「住民」を想定すべきなのか、その中間のどこかで落とし所を見つけるべきなのか……いずれの方法を採るのか次第で、獲得すべき「住民目線」は全く異なってきます。

今回の場合は、「受益者」「負担者」「賛同者」「アンチ」「無関心層」のような特徴的なスタンス別に、住民目線を想定すればいいと思っています。

議員

議員の最大のモチベーションは再選です。
どうすれば得票につながるかを考えれば、議員さんの思考も見えてくるでしょう。

議員さんの背後には、財界や地域の有力者が控えています。議員目線を知ることは、こういう影の実力者の利害関心という、別の目線を知ることにも繋がります。

マスコミ

マスコミの目的は視聴者・読者の関心を集めることです。
そのために、事実を組み合わせてストーリー化したり、要素を削ぎ落として単純化することが多いです。

まずは「自分の担当業務をスキャンダルに仕立て上げるにはどうすればいいか」を考えてみたら、いい練習になると思います。

一見地味な業務でも、別の事業と組み合わせたり、過去事業の延長線上に位置付けてみたりしたら、ものすごいインパクトを生むかもしれません。
マスコミはこういう潜在的爆弾を探し求めています。

アカデミック

役所の仕事は学術的な研究対象でもあります。
研究成果をまとめた書籍もたくさんありますし、ciniiで論文を調べても多数ヒットします。

本省も絡む業務であれば、国が設置した有識者会議のような組織でも、学術的観点からの考察がなされているかもしれません。

典型的な役所批判の一つに、具体的な成果指標が無い」というものがあります。

実際のところ、成果指標が無いことは少ないです。対外的に公表していないだけです。
具体的な指標がないとそもそも事業の進捗管理ができません。

公表しない(というよりもできない)理由は様々ですが、現状の役所の立ち位置を考えるに、役所が成果指標を設定すること、特に対外的に公表して住民とも共通して抱けるような指標を設定するのは大変困難だと思っています。

役所が成果指標を決めるなんて傲慢すぎる

まず、そもそも役所が施策の成果指標を決めてもいいのかという疑問があります。

成果指標は、施策の結果、つまるところ自治体の将来像に直結します。
民主主義という仕組みをとっている以上、自治体の将来像を決めるのは、住民なのではないでしょうか?

教科書的な考え方だと
  • 大局的な成果指標は住民が決める
  • 細分化された小目標は実務を担う役所が決める
という区分けになるのでしょうが、どこまでを大局的(住民が決める部分)とするか、という議論の前提を整えるのがまず困難です。

住民の中には、細かい成果指標まで参画していきたい人と、大局的な成果指標すらどうでもいい人がいます。
さらに、何を大局的とみなすかも、人によって大きく異なります。
もし役所主導で「大局的な成果指標」にあたるものを設定しようものなら、前者のタイプの方から猛攻撃を受けるでしょう。

実際、どんな細かい成果指標であっても、役所主導で決めると「いまだに『お上意識』が残っている」「民主主義をないがしろにしている」「お前らは公僕であり為政者ではないだろう」というお叱りが飛んできます。
そのまま住民運動につながることも多々ありますし、訴訟まで発展することもあります。

「首長がリーダーシップを発揮して成果指標を決めるべき」という意見がマスコミ報道なんかで流れることもありますが、一方で役所の現場では、「成果指標は住民が決めるべきであって、役所が勝手に設定するのは許されざる蛮行だ」という意見も強く受けています。

つまるところ、「成果指標の決め方」を決めるプロセス、本題に入るための準備段階で大いに揉めるのです。

成果指標のせいで分断が広がる

もし具体的な成果指標を設定したとしても、それが住民に広く受け入れられることはあり得ません。
成果指標が具体的であればあるほど、住民としては、自分に利益があるのか、反対に害があるのか、はっきり理解できます。

はっきりと示されるほど、感情的な反応を招きやすいものです。
利益を受けられる人は賛同し、一方で負担や害を被る人は反発します。
特にマイナス影響のある方の反応が激しく、役所には批判が殺到しますし、マスコミもネタにしやすいのでガンガン煽ります。
「官製格差」と言ってみたり、施策の背後に癒着関係があると推測してみたり……

こうして施策はスタート前から躓き、後に残るのは役所への不信感だけです。
本来得をするはずだった人も、周囲からの強烈な監視のために施策に乗りづらくなります。
こうして施策は失敗に終わります。

さらには、得する側と損する側で、住民間に分断が生じます。
目標が具体的であればあるほど、得する人と損する人が、客観的にも明らかになります。
こうなると妬みが生じ、住民間のトラブルに発展してきます。

こうしたトラブルが予見されるために、たとえ成果指標を決めていたとしても、積極的な提示は躊躇してしまいます。

検証させてもらえない

成果指標を策定して、なんとか施策を終えたとしても、さらなる関門が存在します。
本当に成果指標を達成したのかどうかの検証・効果測定が難しいのです。

成果指標を達成したのか否かの検証をやったところで、住民には直接の利得はありません。
「役所にしっかり説明責任を果たさせた」という達成感があるだけで、懐も温まらないし、お腹も膨れません。実利が無いのです。
そのため、役所が検証に予算や人員を投じようとすると、大概「無駄だ」という批判に遭います。

「イベントの来場者数」のような単純な成果指標なら特段の予算も労力も不要であり検証可能ですが、調査や分析が必要な指標の場合は、兵糧不足で検証ができません。
このような前提、つまり具体的な成果指標を設定しても検証できない可能性が高いという制約条件があることも、役所が具体的成果目標の設定に後ろ向きな理由だと思われます。



役所主導で具体的な成果目標を設定すること自体は、不可能ではありません。
ただし、実際にやってしまうと、「独裁」「民主主義の崩壊」などの批判が相次ぎます。
さらには住民間のトラブルも招きます。

成果目標の設定に対して、従来はとにかく住民参加を求める声が強かったところですが、最近は「住民に決定責任を丸投げするな、役所が責任を持って決めろ」という声も多数聞こえてきます。

結局のところどんな方法を取ってもトラブルに発展するので、覚悟を決めて色々試してみる時期なんでしょうか……

何気に出世関係の記事が常時人気の弊ブログ。
地方公務員ブログを読むような現役職員って、「人生のコスパが悪いから出世したくない」とか「出世よりも『やりたい仕事』を優先したい」という考えの方のほうが多い印象ですが……なんだかんだで出世にも関心があるのでしょうか?

入庁からそれなりに月日が経過して、同期入庁職員からは財政課も人事課も輩出されてしまいました。
とりあえず、僕たちの出世レースはひと段落したところだと思われます。

「鉄は熱いうちに打て」ということで、ここで一旦、筆者が見た20代の出世レースを振り返ってみようと思います。

出世レースの実態は自治体ごとにバラバラだと思いますが、後で紹介する公務員人事の研究本の内容ともけっこう被っていたので、わりと汎用性のある内容になっているかもしれません。

ただし、そもそも半分妄想で組み立てる記事なので、アラサー職員がドヤ顔で後輩に語っている与太話くらいの感覚で読んでください。

出世イメージ

一次選抜:採用時~5年目頃まで

まずは5年間くらいかけて、見込みのある職員をピックアップしていきます。
ここでピックアップされるかどうかで、今後のキャリアが大きく変わります。

地方公務員の場合、採用時には「総合職」「一般職」の区別はありませんが、事実上この期間で、時間をかけてゆっくりと「総合職」を選抜しているようなものです。

予算担当のような中枢業務を任されたり、1回目の人事異動で花形部署に異動したりすれば、ピックアップされたものと思って良いでしょう。

二次選抜:6~8年目頃まで

引き続き、一次選抜でピックアップされた職員の中から、財政課や人事課という役所組織の中枢を担う人材、ひいては将来の部局長候補を選抜していきます。

この期間は、直接の人事評価者(課長など)だけでなく、より上位の部局長からもウォッチされていると思われます。
部局長候補にふさわしいかどうかは、経験者でないと判別がつかないからです。

財政課や人事課職員を選出した時点で、二次選抜は終了です。
選抜された職員は圧倒的出世コースを邁進します。
将来の部局長候補として、役所組織全体をバランスよく回すための帝王学を身につけるため、財政課や人事課を中心に経験を積んでいくことになるでしょう。

選抜されたなった場合の行き先

ここで選抜されなかった職員はそこそこ出世コースに入り、忙しいポストや難しい仕事を任されるポジションになります。
俗にいう「忙しい部署ばかり回される職員」は、この層とほぼ一致すると思われます。

この層に期待される将来的な役割は、本庁の課長です。
事業の遂行能力だけでなく、部下のマネジメント力も求められます。
そのため、見込まれた職員は早々に部下あり係長に任ぜられ、職員個人としてだけではなく、チームとして成果を出せるかも測られます。

もちろん、全員が本庁課長まで上り詰めるわけではありません。
いかに早く部下を持つか、そして管理職に昇進するか、 熾烈な競争が続きます。

しかも今後は、この競争が激化すると思われます。
採用数が抑制されていた今の30代後半〜40代と比べて、今の若手職員は人数が多いです。 
とはいえ、職員の人数増に応じて管理職ポストを増やすという選択肢は考えられません。
管理職が増えるほど人件費が増えるからです。

そのため、現在と同数の管理職ポストを、より多くの候補者の間で奪い合うことになるでしょう。

そもそもピックアップされなかった場合

一次選抜でピックアップされなかった職員には、二次選抜以降は関係ありません。
毎年同じようなことを繰り返しているような平和な仕事を転々とすることになるでしょう。
 
ただし、一次選抜期間中に産休・育休で休んでいた職員は、途中から「そこそこ出世コース」に上がることもあり得ると思います。
特に最近は女性の管理職登用が盛んに叫ばれているところでもあり、候補者がいれば積極的に登用したいところでしょう。

一方、産休のような特殊事情が無く、単に一次選抜のピックアップに漏れた職員は、出世とは縁遠い職員人生を歩み続けることになると思われます。 
前述のとおり、これからは管理職ポスト争いが熾烈化します。
候補者の割にポストが少ないのです。
そのため、これ以上候補者を増やすようなことは起こらない、つまりコースの垣根を超えた登用は起こりづらいと考えるのが自然でしょう。

真相は如何に……?

僕はこれまでずっと本庁勤務で、頻繁に人事異動を繰り返しています。
そのため多数の部局を経験しており、「各年次のエース級職員は誰なのか」「部署ごとの出世ポストがどこなのか」を無駄に知っています。
出世競争にまつわる裏話(信憑性のほどは不明)も多数耳にしてきました。

こうやって得た経験をベースに、公務員人事の研究成果をまとめた以下の2冊を参考にしつつまとめあげたのが、本記事になります。

現代日本の公務員人事ーー政治・行政改革は人事システムをどう変えたか [ 大谷 基道 ]
現代日本の公務員人事ーー政治・行政改革は人事システムをどう変えたか [ 大谷 基道 ]

学歴・試験・平等 自治体人事行政の3モデル [ 林 嶺那 ]
学歴・試験・平等 自治体人事行政の3モデル [ 林 嶺那 ]





実際のところ人事の仕組みなんて全くわからないわけですが、本気で出世したいなら採用直後から全力を尽くしたほうがいいという経験則だけは確実と思われます。 

ジョークのつもりで投稿したこの記事、安定してPVを集めています。



出世に真剣な人に申し訳なくなり、本当に役立ちそうな出世作戦をずっと考えて続けきた結果、ついに一つの答えにたどり着きました。

昇進試験が無い自治体の場合、職員の出世の命運は全て上司からの定性的評価にかかっています。
俗にいう出世コースに乗るためには、課長のような直接の人事評価者だけでなく、さらに上位の部局長のようなキーパーソンからも見初められなければいけません。

定性的な高評価、つまり「気に入られる」ためには、ごますりに徹したりゴルフのお供をしたりなんかが具体策としてよく挙げられます。
民間企業であればこれで良いのかもしれませんが、地方公務員の場合は平職員と部局長との距離が遠く、ごまを擦る機会がありません。
ゴルフも下火です。今となってはすっかりダーティな印象が根付いてしまい、公務員同士ですらあまり行かないようです。
これからの出世競争は、キーパーソンが重要視している要素をさりげなく見せつけることで評価を高めていく、正攻法の時代なのでしょう。

役所内のキーパーソン、つまり出世の頂点にたどり着いた職員が高確率で重視するであろう要素。
それは地方財政、特に歳入面の知識です。

部局長クラスがもれなく重視する

部局長クラスになると、たとえ財政課出身でないにしても、もれなく自治体財政の仕組みに精通しています。
財政の仕組みを理解していないと、役所組織全体のバランスを整えたり長期的視点から政策決定をするという、部局長の仕事がこなせないからです。
こういう知識と能力(感覚)が評価されたからこそ、部局長まで出世できたともいえます。
つまり、キーパーソンは、財政知識は出世に不可欠だと認識しているのです。

ここからは推測です。
他職員を評価する際も、「地方財政の知識」はものさしの一つとして機能する可能性が高いと思われます。

「地方財政の知識」以外にも、職員評価のものさしはたくさんあります。
ただしキーパーソンごとにバラバラです。これまで歩んできたキャリアによって全然違うでしょう。
ずっと総務部局にいたのであれば内部調整能力を重視するでしょうし、産業振興や観光に携わっていたのであれば役所外との交渉能力を求めるでしょう。
ほかにも、法令知識、議員との折衝能力、人脈などなど……いろいろ思いつきます。

一方「地方財政の知識」は、どこの役所であれ、大半のキーパーソンが共通して重視する要素だと推測されます。
つまり、あらゆるキーパーソンたちが共通して持っている、数少ない普遍的なものさしであり、これ一つ身につけておくだけで、大抵のキーパーソンにアピールできるのです。

差別化要因にもなる

地方財政の知識は、働いていれば自然と身につくわけではありません。
特に歳入面の知識は、大半の職員にとって縁遠いものです。

地方自治体の歳入は、主に地方税、地方交付税、地方債、国庫支出金があります。
このうち特に地方交付税と地方債は、財政課以外は滅多に触れません。

つまり、地方交付税と地方債もひっくるめて地方自治体の歳入の全体像を知っている職員は、財政課以外にはほとんどいません。
希少性があり、他の職員との差別化に直結するのです

さらにこの知識は、自主的に勉強しないと身につかないものでもあります。
これを備えていることは、勉強熱心であり仕事への意欲に燃えていることの証明にもなるのです。

重要なのは実務的知識

ざっくりまとめるとこんな感じです。
  • 地方財政の知識は、どんな役所でもキーパーソンから重要視されている能力であり、評価ポイントにもなる
  • 中でも歳入面の知識は、意図的に勉強しなければ身につかず、他の職員との差別化要因になる
  • 勉強しなければ身につかないゆえに、勤勉さと仕事への熱意のアピールにもなる

公務員試験の科目にも「財政学」がありますが、僕が今回重視しているのは、もっと実務的な知識です。
僕自身全然わかっていないのですが、同期の財政課職員によると
  • 主要な施策・制度の財源内訳(例:生活保護の国庫負担割合)
  • 国の補助金・交付金のうち、主なものの仕組み(災害復旧、社会資本整備、地方創生関係など)
  • 地方交付税(普通交付税、特別交付税)それぞれの算定項目と、どういう条件を満たせば交付額が増えるのかの勘所
  • 地方債の種別ごとに交付税算入率と交付税措置率、定番の地方債発行戦略
こういうところが基本中の基本とのこと。

学問としての財政学を押さえた上で、こういう実務面の知識も身についていれば、「こいつはできる」と思われるでしょう。


役所の人事評価は完全なブラックボックスです。
仕組みがわからない以上、対策のしようもありません。

今回提案した「地方財政の知識」作戦も、通用する確証はありません。
ただしこの作戦は、いつでもどこでも誰でも、個人レベルで取り組めるものです。
勉強するだけなので失敗もありません。ローコストかつノーリスクです。

今のうちから勉強していけば、秋以降の当初予算の部内ヒアリングという絶好のアピールチャンスに間に合うと思います。
誰か試してみてください。僕はもう手遅れなので……

 

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