2014年に文庫版が出版されベストセラーになった『ファスト&スロー』。



今回は、地方公務員の仕事という観点から『ファスト&スロー』を振り返り、日々の仕事に活かせそうな観点を考えてみたいと思います。

人間がいかに錯覚に陥りやすく不合理な選択をしがちであるのかを説明した超有名な本書。
内容を解説しているブログは既に多数あり(ライフハック系のブログならどこでもやってる?)、何番煎じになるのか数えきれないほどですが、お付き合いいただければ。


速い思考(システム1)と遅い思考(システム2)

公務員ネタに入る前に、本書の内容を軽く紹介します。

◆人間の思考には2つのパターンがあります。
◆ひとつが、様々な要素を考慮しながらじっくりと、批評的に考える「遅い思考(システム2)」です。
◆こちらを使うと疲れるし時間がかかるので、普段は「速い思考(システム1)」が優勢です。
◆システム1には色々な特徴があり、システム1にばかり頼っていると、不合理な決断をしてしまいかねません。

〇システム1の特徴(僕のメモより)

・印象、感覚、傾向を形成する。システム2に承認されれば、これらは確信、態度、意志となる。
・自動的かつ高速に機能する。努力はほとんど伴わない。主体的にコントロールする感覚はない。
・特定のパターンが感知(探索)されたときに注意するよう、システム2によってプログラム可能である。
・適切な訓練を積めば、専門技能を磨き、それに基づく反応や直感を形成できる。
・連想記憶で活性化された観念の整合的なパターンを形成する。
・認知が容易なとき、真実だと錯覚し、心地よく感じ、警戒を解く。
・因果関係や意思の存在を推定したり発明したりする。
・両義性を無視したり疑いを排除したりする。
・信じたことを裏付けようとするバイアスがある(確証バイアス)
・感情的な印象ですべてを評価しようとする(ハロー効果)
・手元の情報だけを重視し、手元にないものを無視する(「自分の見たものがすべて」WYSIATI)
・いくつかの項目について日常モニタリングを行う
・セットとプロトタイプでカテゴリーを代表する。平均はできるが合計はできない
・異なる単位のレベル合わせができる
・意図する以上の情報処理を自動的に行う(メンタル・ショットガン)
・難しい質問を簡単な質問に置き換えることがある(ヒューリスティック質問)
・状態よりも変化に敏感である。(プロスペクト理論)
・低い確率に過大な重みをつける
・感応度の逓減を示す(心理物理学)
・利得より損失に強く反応する(損失回避)
・関連する意思決定問題を狭くフレームし、個別に扱う

この「システム1とシステム2」に加え、「エコンとヒューマン」「経験する自己と記憶する自己」という、3種類の人間観の対比・対立構造が、本書の趣旨です。

「いかにシステム2を働かせ続けるか」が地方公務員業務のカギ

地方公務員として働くにあたり重要なのは、システム1を押さえつけるとともに、システム2をサボらせずに稼働させ続けることです。

地方公務員の仕事は、拙速より巧遅を求められます。

当初の締切を若干過ぎてしまっても、手落ちがあるよりは確実にマシという判断が下されます。

さらに、仕事の進め方でも、準備の初期段階から抜け目なくチェックを重ねていく方法が好まれます。一方、少しずつ進めながら徐々に軌道修正していくという方法は忌避されます。

「手落ちを予防する」「抜け目なくチェックする」といった知的作業は、システム2の役割です。

前述のとおり、システム2を使うには余計なエネルギーを要します。
そのため、こういった作業に取り掛かろうとすると、真っ先にシステム1による拙速な判断が頭をよぎります。

ここでシステム1を抑え、システム2をしっかり働かせ続けなければいけません。

まずはシステム1で対処しようとする判断は、生物として大変合理的です。
わざわざシステム2を働かせるのは、エネルギーの浪費にほかなりません。
地方公務員の仕事を遂行するには、意志の力をもって、本能に逆らわければいけません。

僕の場合、どうしてももれなくチェックが必要なときは、あえて物事を進めるペースを落とすようにしています。
焦っているときにシステム2を機能させるのは、至極困難です。まずは落ち着くことが不可欠だと思います。

他者のシステム2を呼び起こす

自分だけでなく、仕事の相手方に対しても、システム2を働かせてもらう必要があります。

相手がシステム1でなんとなく理解した気になっているだけでは、時間が経てば気が変わることも十分あり得ます。
そのため、重要な情報共有の場面では、相手のシステム2を呼び起こし、システム2の批判的・複合的思考機能を経たうえで合意をとりつけなければいけません。

セールストークの極意を説いている本では、「システム2を機能させる前に決済させましょう!」と説かれています。正反対の発想ですね。

行政の非効率性がよくわかる?

『ファスト&スロー』を読んだ方であれば、「構成員全員が常にシステム2を働かせ続けるよう要求される組織」がどれだけ非効率か、よくわかってもらえると思います。

行政(少なくとも県庁レベルまで)は、こんな発想の組織です。
さらに言えば、出世する方は例外なくシステム2を常時光らせていられる人間です。

よく「行政は無駄が多い」と言われて非難されていますが、どうして無駄が多くなるのか、『ファスト&スロー』を読めば実感をもってお分かりいただけるでしょう。

文庫版で上下巻に分かれていて、それぞれ分厚く見えますが、とても読みやすいです。
夏休みに一気に読んでしまうのもおすすめです。