キモオタク地方公務員(県庁職員)のブログ

地方公務員の人生満足度アップを目指しています。地方公務員志望者向けの記事は、カテゴリ「公務員になるまで」にまとめています。

2021年07月

たいていのオタクはタイムリープ作品が大好きです。
鳥の雛の「刷り込み」のごとく、一番最初に触れたタイムリープ作品がオタク観構築に強く影響を及ぼすとも言われています。

自分がタイムリープしたらどうするか?というシミュレーション(妄想)も大好きです。

というわけで、僕が今の記憶を保ったまま大学生3年生の春頃に戻ったとしたら、果たしてどんな就職活動をするだろうか、考えてみました。

まずは民間特化就活

1年目は民間就活に特化します。公務員試験は受けません。

これまで何度もネタにしているとおり、僕は約20社の民間企業にエントリーして全滅しました。
本当はもっと受けるつもりだったのですが、諦めて公務員路線にシフトしました。
戦略的撤退です。

東京本社の一流企業から地元地銀まで満遍なく落ちました。
当時は「キモメンだからだ」とヤケになっていましたが、今となっては落ちて当然だと思います。

まず、当時は民間企業のことをあまりにも知らなさすぎました。

  • 営業職は常にノルマに追われて大変
  • とにかくコミュニケーション能力とリーダーシップが求められている

この程度の認識しかありませんでした。

業界研究・企業研究らしきものも一応やってはいましたが、採用プロセス(面接の回数など)と待遇面ばかり調べていて、財務状況やビジネスモデルは全然見ていませんでした。

こんな体たらくではろくに志望動機が組み立てられるはずがなく、面接官に評価されるわけがありません。

しかも僕の場合はキモメンというディスアドバンテージを背負っているわけなので、しゃべりの中身でしっかり挽回しなければ合格するわけがありません。
 

加えて、志望業界も志望企業もはっきりしていませんでした。

当時は東日本大震災のせいで新卒採用数が絞られていたうえ、大手企業でも試用期間中に新卒者を解雇するケースがたびたび発生していて、新卒採用という意味ではコロナ禍の今よりも酷かったかもしれません。

そのため僕は「ブラック企業以外ならなんでもいい」という高望みしないスタンスで、「やりたい仕事を考えるなんておこがましい」とすら思っていました。
面接中も正直「安定した給与と休日さえもらえるなら何でもやりますよ!!!!!」と叫びたかった。

今から思い返せば、この高望みしないスタンスが失敗だったのでしょう。
心の底から「ブラック労働以外ならなんでもいい」と思っていたために、個社の志望動機に気持ちが乗りませんでした。
そのせいで面接官側からすれば「志望度が低いんだろうな」と思われていたでしょう。

さらに先述したとおり、企業研究が足りていないので話す中身も薄っぺらい。外見も駄目。
どこにも採用されるわけありませんよね……

今の自分であれば、株式投資のおかげで当時よりは民間企業に明るくなりましたし、業界研究・企業研究の方法も身に付きました。

それに何より志望業界が見えてきました。 
過去記事でも触れたことがありますが、僕は「『当たり前』を『当たり前』のまま運用する」仕事に強いやりがいを感じます。

 
民間企業でいえばインフラ業界です。
中でも通信業界は、これからどんどん重要性が増していきますし、改善の余地も大きい分野です。
これからの時代のニューノーマル、新しい「当たり前」を作っていく仕事であり、一生を賭するに値すると思っています。


もう一度新卒就活をやり直したところで、キモメン口下手というディスアドバンテージは相変わらず重くのしかかってくるわけですが、今の知識と熱意を引き継いだ状態であれば、当時よりはまともな志望動機を組み立てられるでしょうし、面接でも喋れるはず……

また民間全滅したら公務員を目指す

大学4年の9月頃まで民間就活一本で突っ走って、どこからも内々定が出なければ、おとなしく留年して公務員試験に切り替えます。

志望順位はこんな感じ。
  1. 国会図書館
  2. 東京都庁
  3. 出身地県庁(現在の勤務先)
  4. 国家一般職(地方整備局、農政局、経済産業局)

今の勤務先が嫌なわけではありませんが、待遇面を考えると国会図書館や都庁のほうが勝ります。
市区町村は受けません。過去の記事でも触れましたが、性格的に続けられなさそうです。



今の職場には十分満足していますし、もう一度ここに就職するのも大いにアリですが、本音ではもっと「やりがい」と「待遇」を追求したいです。

ただし、現状を捨ててまでチャレンジするほどの勇気はありません。
あくまでも「大学3年生の春頃に戻れたら」という奇跡が起こった場合の仮定の話です。

ここまで書いてふと気づいたのですが、僕の大学時代は1ドル70~80円台という超絶円高ドル安でした。
このころにFXを始めてドル買いポジションをとっておき、2015年に1ドル120円台まで上がったときに売れば、労せずして莫大な儲けが出ます。
これを種銭にして仮想通貨を買い、2017年末のピークで売却してさらに種銭を増やし、2020年春の暴落時に株を買えば……今頃は軽く個人資産2億円を超えます。夢が広がりますね……

東京オリパラ2020、ついに始まってしまいました。

僕は今回のオリパラに対し屈折した感情を抱いています。
うまくいってほしいと思いつつも、国民がのうのうと観戦してるのが許せないというか……
地方公務員であれば、同じようなことを考えている方が結構いるのでは?

スポーツエンターテイメントとしては間違いなく世界最高峰のイベントであり、一旦始まってしまえば、エンタメの魔力によってこんなモヤモヤした感情も吹き飛んでしまうのでしょう。
だからこそ今のうちに思いの丈を書き残しておきます。

国民感情とかいうUMA

オリパラが始まってしまえば、よほど筋金入りのアンチスポーツ勢を除き、「開催してよかった」と思うに決まっています。
これがエンタメの魔力です。

ただ実際のところ、開催前の時点では、国民はどう思っていたのでしょう?
メディアが報じるとおりであれば「開催反対が多数派」らしいのですが、本当にそうだったのか?

国民感情なんてものはそもそも調べようがないのですが、もしメディアが報じるとおりなのだとしたら、あまりにも浮気性すぎてどうなの?と思う。

一方、本当は「開催反対が多数」なんて事実が存在せず、メディアが火に油を注ぐためにでっち上げたのであれば、やり口がダーティで腹立たしい。

いずれにせよ釈然としないのです。

とにかく行政末端職員が被害を受ける

どんなトピックであれ国民感情が荒立つと、役所にクレームが飛んできます。
今回のオリパラも同様です。
僕自身、昨年のうちから、賛成派・反対派の両方からクレームを受けてきました。
マジでどうしようもないのに、ただ感情の捌け口として利用されてきました。
教育委員会の体育教育担当係あたりは苦情処理に年中追われていたと聞きます。

つまるところ、地方公務員が「国民感情の調整弁」のように使われたのが腹立たしいのです。

誰かが意図的に役所叩きへと誘導したのか、自然発生的に役所を叩く流れになったのか、実態はわかりません。
とにかく「事実関係や原因を確認する前に、イラッとしたらまずは身近な役所に対して怒りをぶつける」というムーブが当然のように罷り通り、国民の間に広く浸透してしまったという事実が、本当に厳しいのです。

悪評はずーーーっと残る

エンタメの魔力の効果がどれだけ凄まじくとも、今回のオリパラに対し百点満点評価を下せる人はあまりいないと思います。
終了した後に、加点要素と減点要素の線引きが行われるでしょう。

この境界線をどこで引くのか、これは高度に政治的な問題だと思います。

少なくともアスリート達は確実に加点要素です。
演出を作ったクリエイター達も、加点要素側に入るでしょう。
競技会場などのハード面を整備した方々、ボランティアとして参加したスタッフも加点要素でしょう。

一方、事務方は、僕は減点要素扱いされるのではないかと思います。
事務方自体は、どちらかと言えば国民に負担を求める立場であり、自ら感動的なコンテンツを生成しているわけではないからです。

最終的には
  • 役所用語でいう「サブ」=コンテンツ制作に携わった方々は加点要素
  • 役所用語でいう「ロジ」=開催にあたっての段取りに携わった方々(事務方)は減点要素
言い換えると
  • 無能事務方のグダグダっぷりを挽回する勢いでアスリート達が頑張ってくれた

こういう整理で落ち着きそうな気がしているのです。

国民にとって、オリパラの事務方=行政です。
この整理はつまるところ、「今回のオリパラによって行政の無能っぷりが露呈した」
という理解にほかなりません。

『失敗の本質』あたりの本と絡めて、「今回のオリパラ運営も、太平洋戦争と同様、未だ兵糧軽視の玉砕戦を〜」みたいなことを論じる方が絶対出てくると思います。予言します。


「行政は無能」という理解は、オリパラの感動とともに、国民の心に深く根付くでしょう。
そしてこれから当面の間、行政不信・公務員蔑視の燃料として燃え続けると思います。
公務員を見下す風潮にお墨付きが与えられたと言っても過言ではないでしょう。

「どれだけ頑張っても戦犯扱い」、これが事務方の宿命なのかと思うとやるせなくなります。

大変ありがたいことに弊ブログにも固定読者様がいらっしゃって、この方々のおかげで新規投稿した記事はどんなものでも大体1週間で200PVは読んでいただけています。
その後も読まれ続けるかどうかは記事次第ですが、とにかく初速ではそれなりに読んでいただけています。

例外は書評記事です。
記事タイトルの頭に【読書メモ】をつけて投稿している、僕が読んだおすすめ本の紹介記事は、50PVに届けばいいほうです。
ニーズに乏しいのでしょうね……

ただし、今回の書評記事はそれなりにPVを集めるのではないかと内心期待しています。
タイトルがあまりに衝撃的だからです。


「クソ野郎」とは?






あなたは同じチームの嫌なやつに悩まされていないだろうか?
「消えてほしい」くらい厄介で面倒なやつは世界じゅうどこの組織にもいる。
本書では、人間関係の悩みを抱えるチームリーダー、運悪くいじめの“標的”になってしまった被害者、職場や組織の居心地の悪さにウンザリしている人のための解決策を紹介する。
スタンフォード大学のロバート・サットン教授が、嫌がらせ行為のメカニズムを徹底検証。
実データをもとに、最低の人間を遠ざける方法や、身勝手な連中を変える方法、手強いクズどもを追放する方法、やつらがもたらす被害を最小限にとどめる方法を伝授する。




威圧的な態度を振りまいて他人を傷つけたり組織内人間関係を損なう人のことを「クソ野郎」と称して、そういう人から自分の身を守る術を説いたのが本書です。

本書における「クソ野郎」は、第1章できっちり定義されています。



基準その1ーーその人物と話したあと、標的になった側が萎縮し、侮辱されたと感じ、やる気を吸い取られるか、あるいは見くびられたように感じるか。とくに、標的自身が自分のことをダメ人間だと思い込んでしまったかどうか。

基準その2ーーその人物が自分より立場が上の人間にではなく、下の人間に狙いを定めているかどうか。

 ロバート・I・サットン著 片桐恵理子訳
『チーム内の低劣人間をデリートせよ』 パンローリング株式会社 2018年11月3日
p.17より



他者に対する反感・嫌悪感は、たいてい主観的なものです。
ある人からは「こいつは酷い」と思われている人であっても、別の人からすれば「良い人」かもしれません。

ただし、上述した2つの基準を同時に満たすような人は、大抵の方が「クソ野郎」だと感じるでしょう。
本書ではターゲットを限定することで、具体的かつ効果的な対策を打ち出します。

タイトルだけ見れば乱暴な本に思われるかもしれませんが、全方位に攻撃するスタンスではなく、組織の癌になりうる「真のクソ野郎」だけがターゲットなのです。

タイトルにある「低劣人間」という単語は、本文中には出てきません。
「低劣人間」という表現からは「仕事ができない」「能力に乏しい」「スペックが低い」という無能人間を想起するかもしれませんが、あくまで本書でターゲットにしているのは攻撃的態度で人間関係を乱す人です。


「組織内の他人」だけではない

「チーム内」という言葉がタイトルの先頭にくることから、本書の射程は職場の同僚・上司・部下に限定されていると思われるかもしれませんが、実際はもっと幅広く論じらています。

最も多く触れられているのは「職場の上司」ですが、ついで多いのが「顧客」です。
サービスを提供する側とされる側という疑似的な上下関係が生じるからなのでしょうか、レストラン、空港、そして行政関係まで、様々な「クソ顧客」の事例が取り上げられます。

弊ブログで本書を取り上げる理由がまさにここです。
地方公務員は常々クレームに悩まされており、苦情主を「クソ野郎」認定したくなることもしばしばあります。

僕の経験上、役所にしつこく絡んでくる方々の多くは、本書の定義に合致する「クソ野郎」です。
しかし、ちょっとした思い違いのせいで一時的に激昂しただけだったり、むしろ役所側に非があったりするケースもあります。




「クソ野郎」の言いなりになるのは勿論駄目ですが、無辜の住民を悪者に仕立て上げるようなことも絶対あってはいけません。
排除すべき「クソ顧客」とはどんな存在なのかを考える際に、本書は大いに参考になると思います。


また本書では、「『内なるクソ野郎』を押しとどめる方法」という章を設けています。
丸々1章を割いて、自制を促しているのです。
現状の人間関係に一切不満がない方にも、きっと役立つと思います。



就職する前は誰しもが「残業は嫌だ」「残業の少ないところに就職したい」と思うものです。
「残業が少ない」という理由で地方公務員を目指している方もいるかもしれません。

ただ実際に働き始めてみると、多少の残業はアリだと宗旨替えする方も結構います。
特に地方公務員の場合は若いうちの給与水準が低いので、残業代欲しさに残業許容派に転じるパターンが多いです。

残業の負担感は人それぞれです。
一般的な基準として「原則45時間/月」とか「80時間/月の過労死ライン」がありますが、人によっては月100時間残業でもこなせますし、月30時間でダウンする人もいます。

「残業をどれだけ負担に感じるか」、いわば残業耐性は、実際に残業してみないとわかりません。
「平均〇〇時間/月の残業」と端的に示されたところで、それが自分にとってどういう意味を持つのか、その残業がどれだけ自分にとって負担なのか、やってみるまでわからないのです。

とはいえ、残業の負担感がどれほどのものなのかは、働き始める前に知っておきたいポイントだと思います。
また、まったりした出先機関に配属された地方公務員にとっても、いずれくる本庁勤務の負担がいかなるものか、気になるところでは?

今回は残業に対する僕の主観的負担感を紹介します。
僕は典型的なロングスリーパー(毎日8時間は寝たい)で、かつ体力も無く、偏頭痛&貧血持ちで、残業耐性はかなり劣るほうだと思います。
「雑魚だとこれくらい苦痛なのか……」という観点で読んでもらえれば。

※残業の負担感は、業務内容よっても大きく変わります。
 本記事では残業時間中も定時内と同じような仕事を続けていると想定します。


月30時間以下 →余裕あり

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遅くとも19時30分までには毎日退庁できる生活です。
この程度なら負担感はありません。定時退庁生活と大差ありません。

生活にも支障はありません。せいぜい夕飯前の自由時間がなくなる程度です。
それほど疲労感が無いので、夕飯〜就寝までの時間にがっつり勉強したりブログ書いたりする余力もあります。

この程度の残業時間だと、時間外勤務手当が支払われない自治体も多いと思われます。
「20時以降まで残業しないと時間外勤務手当の申請ができない」とか、「定時から1時間は必ず休憩時間(=時間外勤務手当が支払われない)に設定する」あたりのローカルルールは、僕自身よく聞きます。

月31時間〜45時間 →自由時間が減るけど心身はまだ余裕

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19時退庁が標準、週一で21時まで残業するような生活です。
本庁だと、閑散期でもこれくらいの残業がデフォです。

疲労感はあまり感じないものの、座っている時間が長くなってくるせいなのか腰と膝に違和感を感じ始めます。
平日の自由時間はかなり少なくなってしまいますが、睡眠を削るまでは至らず、一晩寝れば体力を全回復できます。
翌日まで疲れが残らないので、一年間ずっとこれくらいの残業が続いたとしても大丈夫です。

ただし、小さなお子さんのいる家庭だと、食事やお風呂、寝かしつけのようなお世話関係でかなり時間を取られ、このくらいの残業時間からしんどくなってくると聞きます。
自分の睡眠時間が削られて体力的にしんどいだけでなく、子育てに参加する時間がそもそも確保しづらいです。

月46時間〜60時間 →しんどいけど耐えられる

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毎日20時〜21時退庁という生活です。
僕みたいな閑職勢を除けば、本庁勤務職員はだいたい毎月これくらい残業していると思います。

僕の場合、50時間を超えたあたりで急にしんどくなってきます。
睡眠時間をきちんとキープしたところで、疲労が溜まっているのか、一晩寝ても完全回復には至りません。
偏頭痛を起こす頻度も増えて、少なくとも週一ペースで頭痛薬のお世話になります。

週前半と週後半では明らかに業務効率が違います。
生産的な仕事は水曜日までしかできません。木曜日と金曜日は頭が回らず、単純作業をこなすので精一杯です。


観光関係部局に在籍していた頃、ちょうど毎月50時間残業ペースで仕事していたのですが、クリエイティブ要素のある仕事(広報用文章やビラデザインの作成など)は必ず水曜日までに仕上げることにしていました。 
木金にクリエイティブな作業をしようとしても頭が働きません。



主観的にしんどくなってくるとはいえ、土日を挟めばちゃんと回復できます。
一年間ずっとこの生活が続いても耐えられます。嫌ですけど……

月60時間〜87時間 →せいぜい3ヶ月が限界

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毎日21時〜22時退庁、かつ月2回ペースで休日出勤する生活です。
87時間という半端な時間は、僕が経験した最長残業時間です。これ以上は未知の領域です。

ここまでくると睡眠を削らざるを得なくなり、明らかに体調が悪くなってきます。
  • 朝起きれなくなります
  • 食欲が落ちます(特に朝昼)、かつ味の濃いものでないと箸が進みません
  • 肩こり、腰痛、膝の痛みが顕著です
特に食欲の落ち方が激しく、「栄養補給するための栄養が足りない」かのような悪循環に陥ります。

仕事の効率も明らかに低下し、自分でもよくわからない行動が増えます。
参照しようとしているフォルダとは全然違うものを開いたり、せっかく作成した資料データを保存する前に閉じてしまったり、単純な誤字脱字を繰り返したり……

ただし、なぜか働いている間は元気なんですよね。
職場を離れた途端に心身の疲労を自覚して、急に体が重くなります。
脳内麻薬が出ているのかもしれません。

一日の疲労感のピークは、翌朝の起床時です。
金曜日の朝なんかはなかなか起き上がれません。
眠気の有無とは関係なく、とにかく起き上がるのがしんどいのです。

これがエスカレートすると、「体が動かない」に達するのかと思われます。


せっかくの休日もほとんどエンジョイできません。
とにかく疲労感がひどく、寝転がってインターネットを眺めるくらいしかできません。


僕の場合、月60時間超の残業が連続したのは、せいぜい3ヶ月間です。
正確にいえば65時間・87時間・70時間で推移しました。

この時は、人間関係が過去最高に良好な職場で、かつ僕は気楽な立場(単純作業だけやっていればいい)であり、長時間残業とはいえかなり負担は軽かったです。
それでも明らかに体調が悪くなりました。
もし財政課や企画課のような高負荷の残業内容であったら、耐えられなかったかもしれません。

残業時間よりも「人間関係」のほうが重要か?

残業の負担感は、個人の残業耐性だけでなく環境要因にも大きく作用されます。
和気藹々とした職場であれば負担感は軽減されますし、ギスギスパワハラ環境であれば短時間であっても苦痛です。

個人的には、月45時間以下であれば、さほど恐れなくともいいと思っています。
問題は労働時間よりも労働環境、特に人間関係です。
「パワハラ環境で残業ゼロ」と「人間関係良好な環境で月60時間残業」であれば、即座に後者を選びます。


個人的に今年一番のホットニュースである「ぐんまちゃんアニメ化」の続報が出ました。





役所はとにかく他自治体の事例を気にする組織です。
斬新な取組みであればあるほど。

広報や観光の担当者の中には、この事例について上司から「分析しろ」「資料を作れ」と指示されている方もいるかもしれません。

インターネットで調べれば
  • 地元出身の声優さんをメインキャストに据えている
  • 自治体が「製作・著作」としてクレジットされるアニメは珍しい
くらいの事実ならすぐわかると思いますが、僕みたいなオタクを除き、どれくらいすごいことなのかという感覚的な部分はピンとこないかもしれません。

資料を作ってヒアリングしても、「どんな効果が見込まれるのか?」「うちの自治体でも真似できるのか?」「成功するのか?」と詰められたら、回答に窮するでしょう。

7月11日時点で公表されている情報をもとに、「僕だったらこう説明するだろうな」というヒアリング用のカンペを作ってみました。

メインキャストがガチ

メインキャストの3名(高橋花林さん、内田彩さん、小倉唯さん)はめちゃくちゃ有名です。
断言できます。
高橋果林さんはキャリアが短いものの、当たり役(ぼののとかぐろっぴとか)を続々と射止めており、知名度は相当高いです。

声優業には「アニメ畑」「吹き替え畑」「ナレーター畑」のような活動領域がありますが、メインキャストの3名は皆さんアニメ畑です。
かつ、単に声をあてるのみならず、歌手活動も活発に行っており、マルチタレントと言っても良いでしょう。 

内田彩さん小倉唯さんはソロライブツアーなんかも複数回やっています。
さらに内田彩さんは、μ’sの一人として紅白歌合戦にも出場しています。

代表作やディスコグラフィのような指標で示すことも可能ですが、このブログの主要読者層は関心がない情報だと思うので省略します。
とにかく名実ともに「豪華キャスト」であることに間違いありません。

お三方とも声は可愛い系(しかも正統派美少女というよりはちょっと変な声路線、特徴が強い)なので、マスコットキャラクターを演じるのにもぴったりだと思います。
かつ絶妙にファン層が被っていないのも高ポイントです。

一朝一夕で成った企画ではない(推測)

群馬県庁と地元出身声優さんとの繋がりは、今回のアニメ化のずっと前から連綿と続いていたものと思われます。
少なくとも内田彩さんのTwitterアカウントには、かなり前から「ぐんま特使」であることが書かれています。

一昨年、東京・銀座にあるアンテナショップ「ぐんまちゃん家」を訪問したのですが、内田彩さんソロ名義のCDを取り扱っていて、とても驚きました。
アンテナショップという極めて競争率の高い売場でスペースを確保できるほど、一昨年の時点で深いつながりを構築していたのでしょう。

自治体がメディアタイアップするときにありがちな、広告代理店にお金を積んでゴリ押するパターンには到底見えません。成るべくして成ったという感じがします。

「物語性」への挑戦

今回のアニメ化の最大のインパクトは、「自治体のマスコットキャラクターに物語性を付与」したことだと思っています。

アニメ化されるということは、キャラクター達が織りなすストーリーが綴られるということであり、エピソードの積み重ねにより、キャラクター達の設定・奥行きが増していきます。
これが「物語性」です。

「物語性」は、もちろん制作側が主導権を握って作っていくものですが、受け手側によってもかなり左右されます。
制作側が狙ったとおりに受け手側が解釈してくれるとは限りません。
ファンの誤読がバズって炎上騒ぎに発展するケースもあります。

さらに「物語性」は、好き嫌いが分かれる要素でもあります。
大多数が高く評価していても、ごく一部からは強烈に嫌われていたり……逆もまた然りです。

つまるところ「物語性の付与」は、どれだけ頑張っても成功するとは限らないし、何より「全員が喜ぶ」ことはほぼあり得ないのです。


これまでの自治体キャラクターの運用は、粗探しや政治利用を回避すべく、とにかく設定を少なく物語性を排除していました。
極論、ロゴマークと大差ありません。

長期間運用することが前提である自治体マスコットキャラクターにとって、「物語性の付与」はかなりリスクの高い行為です。
これまで積み上げてきたキャラクターイメージが崩壊するかもしれませんし、悪意をもって物語性を解釈し難癖をつけてくる人も現れるでしょう。


自治体キャラクター運用の新境地なるか?

リアルでのパフォーマンスでは、結局くまモンに勝てません。
僕も何度か生で見たことがありますが、明らかに別格です。
動きのキレがいいというレベルを通り越して、観衆の心を揺さぶってきます。

しかも最近は新型コロナウイルス感染症のせいでリアルイベントが中止になり、キャラクターが活躍できる機会も減っています。

このまま従来通りの運用を続けていても、ジリ貧であることは間違いありません。
だからこそ群馬県はチャレンジしたのでしょう。

アニメという媒体を使うのであれば、ここまでは最善に近い展開だと思います。
あとは本編がどうなるか次第です。



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