新型コロナウイルス感染症騒動が始まって以来、僕が務める県庁では「コールセンター業務の外注」が相次いでいます。

窓口業務の多い市区町村では、業務の外注は日常風景かもしれません。
ただ県庁勤務の僕にとって、これまで職員がやっていた業務を民間事業者に委託するという事態は、なかなか新鮮です。

自治体の業務外注(民間委託)には賛否両論あるところですが、僕は賛成派です。
中でも住民対応窓口業務はどんどん外注すればいいと思っています。

「職員の負担が減る」「安上がりになる」という理由ではありません。
役所の窓口業務特有の環境を民間企業に経験してもらうことで、社会全体のイノベーションにつながるかもしれないからです。

「万人に同じサービスを提供する」難しさを経験してもらう


過去の記事でも少し触れましたが、行政サービスの利用者層はものすごく幅広いです。
いろんな層の人間が、戸籍関係書類の取得のような同一のサービスを求めて、日々役所を訪れます。


通常のビジネスだと、こんなに広い客層に対して同一のサービスを提供しなければいけないという経験は、なかなか得られないと思います。
この貴重な経験を民間企業に提供することで、新たなテクノロジーやサービスが生まれるかもしれません。
 

戸籍関係書類の取得をイメージすれば、きっとわかりやすいと思います。

手続きのためには申請書を書いてもらわなければいけませんが、この「申請書を書く」という行為は、利用者次第で難易度が異なります。

案内なしですらすら書ける方もいますし、一言一句説明しないと書けない方もいます。
握力が弱っていて字が書けない方や、そもそも文字が読めない方もいます。

つまり、利用者のレベル差がものすごく激しいのです。
 

この課題に対し、役所であれば、分厚いマニュアルを作って人海戦術を採るというハイコストな作戦を採ります。
しかし民間企業の場合は、同じ手は使えません。儲けが出ないからです。
そのため、何らかの新たな方法を編み出して、「利用者のレベル格差」という課題に対処するでしょう。
ITに強い企業であれば、新しいテクノロジーを開発するかもしれません。

このようにして新しいノウハウやテクノロジーが生み出されれば、きっと役所窓口だけでなく別の場所でも応用されていき、ひいては社会全体が便利になるでしょう。
行政サービスの外注は、イノベーションのヒントを提供するのです。

これまで切り捨ててきた層に向き合ってもらう

民間企業と役所の大きな違いの一つが、顧客を選べるか否かだと思います。
もちろん、民間企業は顧客を選べる立場で、役所は選べません。

民間企業は、誰も彼もにアプローチするのではなく、ちゃんと利益の源泉になりうる層だけにアプローチすることで儲けを確保しています。これがビジネスです。
逆にいえば、利益の源泉にならなさそうな層に対しては、大して情報を持っていないと思われます。

行政サービスを受託する場合、民間企業でも、これまで顧客として見てきた層のみならず、社会全体のあらゆる層の方々に対応しなければいけません。
これもまた貴重な経験です。
従来は顧客として見てこなかった層の情報を、ローリスクで得られるのです。


ここからは暴言なのでフォントを小さくします。

要するに、これまで民間企業が相手にしてこなかった
  • 資力的に民間サービスを利用できない低所得者
  • お金は無いけど時間は有り余っていて、役所くらいしか相手にしてくれない高齢者
  • 即刻出禁にするレベルのハードクレーマー
  • 表立って関係を持ったら罰せられかねない反社会的存在
こういった方々と対面することができます。

多くの民間企業は、こういった層の方々を「収益源として見込めない」と端から切り捨てています。
しかし、実際に接触して研究を深めていき、新たなサービスやテクノロジーを生み出せば、収益源にできるかもしれません。


民間企業が自社事業としてこういった層にアプローチするのは、多大なリスクが伴います。
しかし、行政サービスの受託であれば、一定の収入は保証されており、リスクはかなり軽減されるでしょう。 

行政サービスの外注は、民間企業を、これまで民間企業から見放されてきた層に半ば強制的に引き合わせるきっかけになります。
この出会いがイノベーションの端緒となるかもしれないと僕は思っています。


つまるところ、これまで役所に押し付けてきた「面倒ごと」を民間企業にも経験してもらうことで、何らかの社会的改善が図れるのでは?と期待しているのです。