「わかりやすい文章を書かねばならない」という規範は、今やほぼ全地方公務員が共通して意識していると思います。
専門用語を言い換えたり、主語述語の対応を明確化したり、一文を短くしたり……等々、具体的なテクニックもしっかり共有されています。

ただ役所には、あえて小難しい単語を多用して堅苦しい文章を書く仕事もあります。
首長の挨拶文や寄稿文のゴーストライティング用務あたりが典型です。


 
議会答弁でも、具体的な施策ではなく「首長の政治理念」みたいな抽象的なことを答弁する際は、あえて難解な単語を盛り込みます。
あえて堅苦しく飾り立てることで、文章の格調を高め、ひいては語り手を権威づけるのが目的です。

つまるところ、地方公務員は、平易な言葉遣いでわかりやすい文章を書くスキルのみならず、難解な単語を操るスキルも併せ持つ必要があるのです。

僕の備忘録も兼ねて、役所実務で頻出する必須難読単語を紹介していきます。
各単語の意味は「デジタル大辞林」から引用しました。

重要度A 初任者研修レベル

暫時(ざんじ)/漸次(ぜんじ)


ざん‐じ【暫時】
少しの間。しばらく。副詞的にも用いる。「暫時の暇いとまをいただきたい」「暫時休憩する」
ぜん‐じ【漸次】
[副]しだいに。だんだん。「老齢人口が漸次増加する」
ついどちらも「ざんじ」と読みたくなってしまいますが、「漸次」は「ぜんじ」です。
どちらも両方とも時間に関する表現で、だいたいの文脈で「暫時」でも「漸次」でも文章が成立してしまうせいで、一言間違えるだけで面倒な誤解を引き起こします。

たとえば
・暫時、アニメ視聴を止めます。
・漸次、アニメ視聴を止めます。
どちらも文章として意味が通りますが、意味が全然違ってくるんですよね。

畢竟(ひっきょう)


ひっ‐きょう〔‐キヤウ〕【×畢×竟/必×竟】
[名]《〈梵〉atyantaの訳。「畢」も「竟」も終わる意》仏語。究極、至極、最終などの意。
[副]さまざまな経過を経ても最終的な結論としては。つまるところ。結局。「―人は死を免れえない」
「つまり」を格好良く言い換えるため、文章の締めで使います。
「ひっきょう」と読む熟語が他には存在せず誤解されにくいので、書き言葉のみならず話し言葉としても使います。

膾炙(かいしゃ)


かい‐しゃ〔クワイ‐〕【×膾×炙】
[名](スル)《「膾」はなます、「炙」はあぶり肉の意で、いずれも味がよく、多くの人の口に喜ばれるところから》世の人々の評判になって知れ渡ること。「人口に膾炙する」
個人的「字面から読み方がイメージしにくい単語」ナンバーワン。
「人口に膾炙」という言い回しがほとんどです。
言い換えようとすると冗長になりがち(似た熟語が無い)なので、つい使ってしまいます。

弥縫(びほう)


び‐ほう【▽弥縫】
[名](スル)失敗や欠点を一時的にとりつくろうこと。
「彼の生活はもう…―することも出来ない程あまりに四離滅裂だったのだ」〈梶井・瀬山の話〉
議会答弁で「弥縫策にとどまらず、抜本的な見直しを図ってまいりたい」みたいな言い回しをよく使います。
これも言い換えが難しい(「その場しのぎ」みたいな気の抜けた表現になりがち)ので、難読ながらも使ってしまいます。

平仄(ひょうそく)


ひょう‐そく ヒャウ‥【平仄】
?名?
① 平声(ひょうしょう)と仄声(そくせい)。また、平字と仄字。また、漢詩において、音律上の調和を目的とした句中における平字と仄字の排列の規定。転じて、漢詩のこと。
※詩律兆(1758)一「夫詩之学多端、然基下於依二平側一以中青白上、則在二初学一、此之為二急務一」
② (漢詩を作る時一定のきまりに合わせ平字仄字を配することから) つじつま。筋道。

※この単語だけ「精選版 日本国語大辞典」から引用です。
文章中の言葉遣いを統一するという意味合いで、企画課や財政課あたりがよく「平仄を合わせろ」と指示してきます。
国からのメールや通知文でもよく見かけます。(「申請書中の文言の平仄をよく確認すること」みたいな注意喚起)
一般的な用法というよりは、役所用語の一種かもしれません。


重要度B 1年目のうちに習得したい

瀟洒(しょうしゃ)


しょう‐しゃ〔セウ‐〕【×瀟×洒/×瀟×灑】
[形動][文][ナリ]すっきりとあか抜けしているさま。俗っぽくなくしゃれているさま。「―な身なり」「―な洋館」
「おしゃれ」を格好良く表現する際に用います。
レトロ系の建築物を賞賛する際の定番表現です。
今のところはジェンダー色がついておらず、人物を評する際にも使いやすいです。
僕と同年代のオタクなら「完全で瀟洒なメイド」でお馴染みなのですが、もっと若い世代には縁遠い単語かもしれません。
本当に便利な形容表現なので、覚えておいて損はありません。

敷衍(ふえん)


ふ‐えん【敷×衍/布×衍/敷延】
[名](スル)《「衍」はのべる意》
1 おし広げること。
「それを種にして、空想で―した愚痴」〈宇野浩二・蔵の中〉
2 意味・趣旨をおし広げて説明すること。例などをあげて、くわしく説明すること。「教育問題を社会全般に―して論じる」
自身の経験や持論を別分野に拡張していく際に使います。
「敷衍」の次に続くパートが文章の核心部分にあたることが多く、書き手も読み手(聞き手)も注目する単語です。
これも書き言葉のみならず話し言葉でも使います。

胡乱(うろん)


う‐ろん【×胡▽乱】
[名・形動]《唐音》
1 正体の怪しく疑わしいこと。また、そのさま。「胡乱な者がうろついている」
2 確かでないこと。真実かどうか疑わしいこと。また、そのさま。
「誤を正したり、―な所は字書を引いて見たりして」〈風葉・恋ざめ〉
3 乱雑であること。また、そのさま。
「かき本は字が―ですぢない字どもをかきをけども」〈史記抄・高祖本紀〉
「胡乱な目」という言い回しが多いです。
かつて新しいことを始めた際には「胡乱な目」で見られたものだが、しっかり成果を出すことで信頼を勝ち得た……みたいな、サクセスストーリーの前段部分で用いられます。
漢字で書くと難読ですが、音だと不思議と通じます。

雑駁(ざっぱく)


ざっ‐ぱく【雑×駁】
[名・形動]雑然として統一がないこと。また、そのさま。「雑駁な知識」
これも国からのメールでよく使われます。
書類を提出して「雑駁な表現は改めてください」と指摘されたら、要するに「出直してこい」という意味合いです。
一般的な用語ではありませんが、字面的にも音的にも意味が伝わりやすく、ついつい使ってしまうのでしょう。

重要度C 知ってると格好いい

駐箚(ちゅうさつ)


ちゅう‐さつ【駐×箚】
[名](スル)外交官などが任務のためにしばらく外国に滞在すること。駐在。
国からの通知文や、法令の逐条解説にときどき出てきます。
人事給与系の仕事ではよく見かける単語らしいのですが、僕は過去数回しかお目にかかったことがありません。
知らないとまず読めないし意味もわからない単語です。

警衛(けいえい)


警衛要則
第二条 警衛は、天皇及び皇族の御身辺の安全を確保するとともに、歓送迎者の雑踏等による事故を防止することを本旨とする。
第三条 警衛は、都道府県警察が実施する。


辞書的には「警戒警備すること、またはその役を担う人」という意味で掲載されていますが、役所でいう警衛は「自治体が行う皇室関係の警戒警備」という特殊な意味合いを帯びます。
皇室関係の行事に関わることがあれば、必ず知っておきたい単語です。
法令上の定義がある以上、「皇族の警護」みたいな表現をしてしまうと、完全に間違いになってしまいます。


ほかにも気づいたら随時追加していきます。