今更言うまでもなく、地方自治体の人事ローテーションはうまく機能していません。
要配慮者を負担の軽いポストへとうまく配置したり、NGな組合せを避けるだけで精一杯で、それ以外の職員は単なる玉突きの穴埋めでしか配置できていないのが現実でしょう。
戦略的に人材育成している民間企業とは雲泥の差がありますし、同じ官公庁でも、国は一定の「コース」を設けて若いうち選抜&育成を図っています。
他の職場と比べても、地方自治体の人事はおざなりと評されて然るべきだと思います。
この原因は多分ですが、職員数に比して人事部門の人数が少ないせいだと思っています。
人事は典型的な間接部門であり、主権者たる住民からすれば、自分達に何の恩恵ももたらさない「無駄」なセクションです。
ゆえに、「人事部門を充実する」のは至難の業だと思いますし、人員配置の代わりにコストを投じてタレントマネジメントみたいな外部サービスを利用するのも困難でしょう。
地方自治体の人事異動のあり方を抜本的に改善するのは、民主主義体制を敷いている以上、不可能だと思います。
とはいえ、リソースを追加せずとも、現状の異動のあり方を少し変更することで、今よりはまだマシにできるのでは?とも思います。
「部署」または「職務」どちらかだけを変える
地方公務員のポストは、ざっくり「部署」「職務」「職位」の3つの要素から構成されます。
「部署」は配属される部署のこと、「職務」は担当業務の中身(庶務、窓口、許認可、内部調整など)、「職責」は立場(ヒラ、主任、係長など)のことです。
他にも色々な要素がありますが、主だったものはこの3つだと思います。
例えば、自分の仕事を他者に説明するときは、だいたいこの3つを取り上げないでしょうか?新たに異動した部署で自己紹介することになったり、久々に顔を合わせた元上司から「今は何やってるの?」と聞かれたり、合コンで「どんなお仕事してるんですか?」と質問されたり……このあたりのシーンを思い出してみてください。「農業振興の部署で、農地関係の許認可の担当をやってます」みたいに、部署&職務&職位のセットで喋りませんか?
多くの自治体の人事異動では、「部署」「職務」「職位」の3要素が一切連動せずに、バラバラに変更されます。
このうち「職位」は、年齢や昇級昇格、組織定数といったルール、つまり人事異動とは別のルールで決まるので、今回は無視します。
一方、「部署」「職務」は、人事異動の際に決める要素であり、まだ工夫の余地があるはずです。
そこで、「部署」「職務」の両方を同時変更するのは極力避けて、いずれかを固定して、片方だけを変更するような異動形態にすればいいのでは?と思います。
具体例を挙げると、
- 農業系部署の許認可担当 → 福祉系部署のケースワーカー → 観光系部署の庶務担当
みたいに、「部署」「職務」どちらも異動のたびに変更するのではなく、
- 農業系部署の許認可担当 → 福祉系部署の許認可担当 → 福祉系部署のケースワーカー
みたいに、「部署」「職務」のうち片方だけを変更する形のほうがよいのでは?と思うのです。
異動負担の軽減&専門性の醸成
インターネット上の投稿を見ていると、現状の地方公務員の人事異動のあり方に対する問題提起が多数なされていますが、その中身はおおよそ
- 人事異動のたびに全く経験したことのない業務をやらされることになり、かつ即座に習得しなければならず、学習負担が重い
- 数年おきに全く違う仕事をやらされて、キャリアに一貫性が無く、専門性が身につかない
という意見に集約されます。
これらの事象は、「部署」「職務」の両方を同時に変更するのを止めて、片方だけの変更に止めれば、かなり軽減されるはずです。
まず、前者の「異動時の学習負担の軽減」は、これまでは「部署」の学習(=新たに携わることになる分野の基礎知識の勉強)と、「職務」の学習(=具体的な業務処理方法の勉強)という二重苦が課せられていたところ、片方だけになるので、間違いなく軽減されます。
後者の「専門性の欠如」についても、部署ごと・職務ごとの経験年数が長くなることで、今よりは改善されるはずです。
一つのポストだけを長年担当していても専門性は身に付かない
現行の人事異動では、一つの部署で一つの業務しか担当せずに異動するケースが多く、どうしてもその「部署」(分野)への理解が表面的に終わっていると思います。
例えば、観光系部署で5年間にわたりイベント運営を担当していた職員がいるとします。
彼/彼女は、イベント準備の段取りやイベント当日の進行、安全管理あたりについては間違いなく詳しいでしょう。
しかし、だからと言って「観光に詳しい」と評しても良いのでしょうか?
イベント運営だけを担当していては、観光に関するその他の論点については、さほど詳しくなれないでしょう。
観光に関する他の施策のことを知らず、施策体系の中に「イベント開催」がどのように位置付けられるかもよくわかっていないとすれば、「イベントに詳しい」とすら言えなくなってきます。
このように、現行の人事異動では、自分の携わる分野に、限られた視点からしか携わることができず、結果的に分野への理解が浅いまま終わっていると思います。
ここで、イベント担当を2年くらいにとどめておいて、別の業務(例えばマスコミへの売り込みなど)を2年間担当させたほうが、トータルの在籍期間は1年短くなっても、観光分野に関してはより詳しくなれると思います。
「職務」についても同様です。
農業系部署で5年間庶務担当をしている職員がいるとします。
彼/彼女は、ハード事業の積算や国庫支出金の処理に関しては非常に詳しくなっていると思います。会計検査院の相手も余裕でしょう。
ただ、だからと言って庶務全般に精通できるわけではありません。
ソフト事業の積算や、施設設備の運営費管理のような、他部署の庶務担当であれば当たり前にこなしている日常業務は、さほどうまく処理できないと思います。
つまるところ、「専門性の欠如」の原因の一つは、一つの部署で一つの職務しか担当できずに転々と異動させられることであり、一つの部署でいくつかの職務を経験する(あるいは一つの職務を複数の部署で経験する)ことで、今よりは専門性が身につくのではないか?と思うのです。
複数の「専門性」を備えるのが正規職員ならではの役目
何か一つの「部署」や「職務」の専門性を極めるのは、もはや地方公務員の役割ではないのだと思います。
これまでも、「部署」(分野)の専門性が欲しい場合、外部有識者にヒアリングしたりアドバイザーとして起用したり、業務を丸ごと委託して、専門性を確保してきました。
加えて、ここ数年でコンサルがどんどん行政分野に進出してきていて、「職務」の専門性すら外注できるようになりました。
これまで役所特有だった「職務」、例えば会計処理や予算編成、条例制定のような業務すら民間委託できるようになってきています。
限られた分野・職務の専門性が欲しいだけなのであれば、民間委託すれば済みます。
正規職員を任用するよりも手早く、かつ安上がりでしょう。
これから地方公務員に求められるのは、専門性の掛け合わせなのだろうと思います。
行政に関する分野・職務に関して複数の専門性を備えている人間は、今のところ正規の地方公務員しか存在しません。
俗に言う「縦割りの弊害の解消」「分野横断的な問題の解決」には、複数の専門性を兼ね備えた人間が必要であり、これこそが地方公務員に求められる役割だと思います。
60点くらいの専門性をいくつか身に付けて、それらを掛け算することでオリジナリティを発揮していく。
入庁してから係長として部下を持つまでの間に、だいたい6ポストくらいを経験して、この過程で4〜5個くらいの専門性を身に付けられたらいいんじゃないかと思っています。
僕の世代(30代半ば)を見ていると、活躍している職員がまさに、これまでの異動遍歴の中で複数の「専門性」を身に付けて、それらを掛け合わることでオンリーワンの存在として存在感を発揮しています。
僕みたいに1〜2年スパンで異動を繰り返し、何の専門性も身につかないまま年次だけ重ねてきた職員にとって、彼ら彼女らは眩しすぎます。