動画制作といえば、都道府県よりも市町村の方が一歩前を歩んでいる印象です。
ただ最近のコロナ騒動を受けて、イベント関係が中止になった分の観光振興予算を回したりして、都道府県も動画に注力し始めるのではないかと思います。
実は僕も、仕事で1本だけ動画を作ったことがあります。
庁内向けのプロトタイプなので、世間一般にお披露目するものではありませんが、テロップを入れたり色味を調整したりサムネイルも作ったり……なかなか手間暇をかけました。
動画を自ら作ってみることで、編集の巧拙や作者の工夫・こだわりがちょっとわかるようになったという副産物もありました。
この意味でも有意義な仕事でした。
役所が動画を作る機会はこれからもどんどん増えていくでしょう。
ただ役所にとって、動画制作は茨の道です。
たくさんの苦難が待ち受けていることが容易に予想されます。動画はどうしても網羅性に欠ける
役所はとにかく網羅性を重視します。
世の中には「重箱の隅を突きたがる層」が相当数存在して、内容に少しでも遺漏があると執拗に食らいついてくるからです。
広報物では特にこの傾向が強いです。
「役所が作るチラシはごちゃごちゃして醜い」というお叱りのとおり、役所作の広報物は網羅性を優先するあまりレイアウトが崩壊しがちです。
醜いのはもちろん承知しています。
しかし、レイアウトを犠牲にしてでも網羅的に中身を詰め込まないと、もっとお叱りを受けるのです。
しかし、レイアウトを犠牲にしてでも網羅的に中身を詰め込まないと、もっとお叱りを受けるのです。
そのため動画制作でも網羅性を持たせたいところなのですが、動画という媒体は網羅性とは相性が悪いです。
網羅的に内容を盛り込もうとしたら、ものすごい分量になってしまいます。
実際に僕が動画を作ったときも、上司から色々と不足点を指摘されて、それらを次々に盛り込んでいきました。
その結果めちゃくちゃ長くなり、パソコンのハードディスク容量を超えてしまいました。
僕も上司も目からウロコが落ちました。役所の王道である網羅性至上主義と動画媒体の相性の悪さを痛感しました。
このため、役所が動画を作るときは、網羅性を諦めるしかありません。
となると、「重箱の隅を突きたがる層」の格好の餌にならざるを得ません。
要素をコントロールしきれないせいで隙が生じる
単なるチラシや文書とは異なり、動画には「音」と「動き」という要素があります。
これらもまた「重箱の隅を突きたがる層」の格好の標的になります。
映像制作のプロは、「絵」「音」「動き」ほか動画を構成する要素の全てをコントロールして、制作側の意図を視聴者に伝えようとするでしょう。
しかし、役所の職員にそんな能力はありません。
メッセージ性の薄い、ひどい時にはあり合わせの素材で済ませてしまうでしょう。
「重箱の隅を突きたがる層」は、こういう「甘い」部分を見逃しません。
「ボディがガラ空きだぜ」と言わんばかりに痛烈な指摘を繰り返してきます。
「重箱の隅を突きたがる層」は、最近どんどん増えてきています。
そのため役所側は、当面は網羅性重視の広報体制を改められないでしょう。
網羅性に欠ける媒体である動画は、優先順位がなかなか上がらないでしょうが、それでも世間の潮流には逆らえません。役所の動画利用はどんどん増えていくでしょう。
当面の間は、動画を作るたびにクレームを受けつつノウハウを蓄積していく「雌伏の時」が続きそうです。
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