チラシにしろ動画にしろホームページにしろ、役所が作る広報物はだいたいどこかダサいです。自覚はあります。
役所が作ったパワポ資料を朱書きしてデザイン的な誤りを指摘するツイートなんかも定期的にバズっていますし、役所の中の人間だけでなく、世間一般から「ダサい」と認識されていると考えて間違いないでしょう。

デザインにものすごく気を遣っている自治体も最近は増えてきましたが、そのせいでかえって、普通の自治体がいかにデザインを疎かにしているかが露骨にわかるようになってしまいました。

役所が作る広報物のデザインはどうしてレベルが低いのか。
その理由は明確です。しかしなかなか手をつけられずにいるのが現状です。

「正確さ」という呪縛

役所の広報は、何よりも発信内容の正確さを重視します。
民間企業であれば、発信する情報の種類ごとに、広報の目的も手段も普通は異なると思います。
しかし行政の場合は、どんな内容であってもとにかく正確であること、より正しく言えば誤解されないことを重視します。

誤解が生じる余地の無い一義性網羅性、悪意ある者に攻撃されても「それは屁理屈だ」と堂々と反論できるだけの堅牢性を、役所組織を挙げてひたすら突き詰めます。
ここに時間も労力も全てつぎ込むため、デザインにまで気を回している余裕がありません。

役所が発する情報は、幅広い住民が受け取ります。
一読して理解する人もいれば、利害関係者ゆえに過剰反応する人、何らかのバイアスがあって変な方向に解釈する人などなど……想定しなければいけないケースは多岐に及びます。
もし誤解を与えてしまった場合、後から補足するだけでは済まず、取り返しのつかない事態を引き起こしかねません。

さらに困ったことに、マスコミにしろ住民にしろ、行政が発した情報を意図的に曲解したり揚げ足取りしたがっている人が大勢います。
特に最近はこの傾向が強まっていて、どんな細かい内容でも気を許せません。


具体例:チラシ作成の場合

例えばチラシを作る場合だと、テキストや画像のような個々のパーツの校正にとにかく全力を尽くします。
特にテキストは一言一句まで厳密に精査します。時間の許す限り、極力たくさんの利害関係者にチェックしてもらって、脇の甘い表現や記載漏れが無いかを確認します。

色合いやレイアウトのようなデザイン面は二の次です。デザイナーさんから上がってきた案をそのまま採用するか、職員による手作りで済ませます。
もし外部から「デザインが悪い」と叩かれても有効打にはなり得ないため、役所としては注力する理由が極めて薄いのです。
マーケティングの本なんかだと頻出の「色使いの心理的効果」や「視線誘導」なんかは全く考慮しません。

レイアウトで唯一気にするのは、個々のパーツに強弱・序列を持たせず、いずれの要素も平等に扱うことです。
情報の強弱は、誤解の原因であり、攻め入る隙にほかなりません。


ライブのチラシ

架空のイベントのチラシを試しに作ってみました。
中止なのにお客さんが来てしまうケースを何より避けたくて「雨天中止」を強調したとします。
こういう強調をすると、
  • どうして「現金のみ」を強調しなかったのか。今やキャッシュレスが当たり前の時代であり、よほどの用事がない限り誰も現金なんて持ち歩かない。役所は常識が無い。
  • 朝早くから始まるイベントであり、近くにコンビニもないから、もし現金を持ってこなかったら下ろしにいけない。危機管理能力がない。
このような、「雨天中止」は強調したのに「現金のみ」を強調しなかったという判断に対する苦情が多数寄せられるでしょう。
実際の来場者からの「現金を持っていなくて入れなかった」という苦情ではなく、あくまでもチラシの表記に対する批判です。

逆に「現金のみ」を強調したとしたら、
  • どうして雨天中止だと強調しなかったのか。朝早いイベントであり、間違ってキモオタク公園にきてしまったら、帰る手段がない。
  • ただでさえ自然災害が増えている時代なのだから、雨天の中に不用意に外出させるようなことはあってはならない。「雨天中止」という情報な何よりも大事だ。
というお叱りが四方八方から飛んでくるでしょう。
 
つまり、役所側で情報に強弱をつけると、「強弱をつけたこと」「強弱の判断」に対する批判が発生するのです。
実際の役所業務では、こういう批判の声を誰もが予想して、どちらも赤字&太字で強調するでしょう。
結果、あらゆる情報が同程度に強調された、ゴテゴテしたチラシに仕上がります。

この状況は、民間企業の広報であっても同様でしょう。
受け手によって、重視する情報は異なります。
発信側としては劣後する情報であっても、そちらを重視する人はどこかに存在するものです。

ただし役所の場合、先述のとおり、誤解や批判を何より避けたがります。
特定の情報を強調することにどれだけメリットがあるにしても、誤解・批判を招きかねないというデメリットがわずかでもあるのなら、採用できません。


職員のデザインスキルが低い

このように、役所ではデザイン面について考える機会がほぼ無いため、どれだけ地方公務員としてのキャリアを積もうともデザイン力は磨かれません。
むしろどんどんデザイン面に鈍感になっていきます。
どれだけ職員が努力してデザイン面を改善しようとしても、そもそもの能力が足りていないのです。

さっきのチラシを見てもらえば察してもらえると思います。
Pagesのテンプレをいじっただけですが、これを作るのに小一時間かかりました。
一応僕は広報業務経験者です。チラシやSNSの投稿をたくさん作ってきました。
それでもこの程度です。 

もし独学で勉強してデザインスキルを身につけた職員がいたとしても、その技能が活かされるのはごくわずかな期間だけでしょう。
そもそも広報業務がある部署は限られています。デザイン業務に携わる職員は少ないですし、定期人事異動のために同一の業務をずっと続けることもできません。
一度もデザインに関わらずに定年を迎える職員もいるでしょう。
 
異動を挟んでも継続して広報業務を担当する確率は著しく低いです。
役所内でデザイン自体が重視されていないために、職員のデザインスキルは評価されず、異動時にも考慮されるとは思えません。

ワードプレス等を使って綺麗なサイトを作っている公務員(現職・元職いずれも)の方は本気で尊敬しています。
公務員として働いていたら逆にどんどんデザイン力が落ちていくはずなのに、きちんとしたレイアウトのサイトを構築でいるということは、余暇を費やして猛勉強したか、それか本物の天才です。


万人受けするデザインはとても難しい

最近だとWebサービスのUIも酷評されています。
こちらも広報物と同様、
  • 役所という組織がデザイン面を重視していない
  • 職員のデザインスキルが足りない
という事情のために生じている事態だと思われます。

役所が提供するサービスは、住民全員が利用者になり得ます。
こんなに対象が広いサービスはほかにありません。

加えて、役所という立場上、民間企業であれば「外れ値」として無視してもいいようなレアユーザーに対しても、役所の場合はきちんとわかりやすく、使いやすくなるよう考慮しなければいけません。

しかし実際のところ、万人がわかりやすい・使いやすいデザインは現状の役所の能力では実現不可能であり、どれだけ洗練させたとしても批判は根絶できないと思います。
それでも叩かれないように務めた結果、サービス自体が不便になったというパターンを、役所は繰り返しています。

最初にも書いたとおり、最近ではデザイン面にこだわっている自治体も出てきました。
実情はわかりませんが、単なる情報の羅列以外のものをリリースすれば、絶対に批判が飛んできるものです。
華々しい広報の裏で、職員は日々戦っていることでしょう。

こういうところが批判に屈せずに成果を残してくれれば、他の役所も追随して変わっていくはずだと思いたいところです。