「公務員は苦情対応が大変」という意見をよく見かけますが、今の時代、働いているなら誰しもが苦情対応に頭を抱えていると思います。
公務員だけが特段大変だとは思いません。
とはいえ役所ならではの苦情の特徴があり、そのせいでスムーズに処理できなかったり、苦情主・対応側ともに余計なストレスを感じていることも事実だと思います。
顧客数=潜在的苦情主がものすごく多い
役所の顧客(行政サービスの利用者)は、少なくとも域内の全住民です。観光や移住、広報など域外住民をターゲットにした施策もあり、実際はさらに増えます。
民間サービスでこれほど多くの顧客を抱えているものは、そうそうありません。 配達業やインフラ関係くらいでしょうか?
顧客が多いほど苦情の量は当然増えます。
ただし役所の場合、幸か不幸か、大半の顧客は普段は行政サービスに対して無関心です。
そのため、平常時は、顧客数の割には苦情が少ないほうだと思います。
しかし、顧客は皆、潜在的には苦情主です。
何かあれば全員が苦情主になりえます。
つまり役所は、膨大な数の潜在的苦情主を抱えており、有事の際にはものすごい数の苦情を受けうるのです。
苦情主のステータスがバラバラ→苦情内容もバラバラ
役所の顧客には、ステータスのばらつきが非常に大きいという特徴もあります。何しろ域内の全住民が顧客です。
年齢、所属、職業、社会的地位……あらゆる要素において、上も下もきりがありません。
同一のトピックであっても、ステータスが異なれば、抱く意見は異なります。
苦情も同様です。
とあるひとつの行政サービスに対する苦情であっても、苦情主のステータスによって中身は大きく異なります。
つまり役所は、抱えている顧客の幅が広いために、受ける苦情の中身も幅広いのです。
例えば街路樹の消毒。
- 近隣住民は「消毒しなければ毛虫が湧いてくる、すぐ消毒してくれ」と要望します
- エコ団体の方々は「毛虫がいないと生態系が乱れる」と声を張り上げます
- 観光客は「消毒業者が邪魔だから中止しろ」とSNSで表明します
- 消毒業者の業界団体は「夜間作業は労災の温床、危険だから禁止してくれ」と陳情します
いずれの苦情にしても無下にはできません。誰もが重要な顧客だからです。
応じるかどうかは別にして、一旦は聞き入れる必要があります。
苦情主のステータスや苦情内容の幅が広いと、対応のマニュアル化が難しくなります。
そもそもどんな事案がありうるのか想定しきれないのです。
そのため事前の備えが不完全にならざるを得ず、アドリブ的な対応がどうしても必要になります。
苦情を言われても応じられないケースが大半
僕の経験上、住民からの苦情に完璧に応じきったことは一度もありません。一部対応するだけに止まった案件がちらほら、大半は諦めてもらっています。
もちろん面倒だから拒絶しているわけではありません。
内容的に応じられないため、泣く泣くお断りしているのです。
対応できない苦情の中でも特に多いのは、法令や全国的制度への苦情です。
いずれも自治体にルールの変更権限は無く、自治体はあくまでも運用するだけの立場です。
いくら苦言を呈されても変えられません。
別の言い方をすれば、地方自治体や地方公務員は本来自分には責任の無いはずの事案で悪者扱いされがちとも言えるでしょう。
「自分は何も悪く無いのにどうして罵倒されてるんだろう……」という戸惑いを、自治体職員であれば誰もが経験していると思います。
行政は本質的に執行機関であり、物事を決める立場ではありません。
特に地方自治体は、住民が想定するより裁量の幅が狭いものです。
執行過程での不手際に対する苦情であれば当然役所が責任をもって対応しますが、法令や制度そのものや、ある事業のやる/やらないの判断など、役所ではなく議会(ひいては住民)が決めたことに対してまで苦情を言われても応じきれません。
むしろ、苦情主一人を尊重して法令・議決を勝手に覆すような行いは、その住民による独裁にほかなりません。あってはならないことです。
Go toキャンペーンの運用変更や、困窮世帯に30万円給付→国民全員に10万円給付への変更など、政府が民意に追従したように見える事案が最近いくつかありました。(実態はどうか知りません)
これらを成功体験と捉えて「住民が強く訴え続ければ役所を変えられる!!」「役所が折れるまで叩き続けよう!!!」と意気込んでいる方が増えているように思います。
自治体の独自事業なら変わる可能性はありますが、生活保護のような法令に基づいて全国一律で運用している事業は、自治体をどれだけ叩こうが変わりようがありません。
これから当面、こういう「自治体ではどうしようもない苦情」をぶつけてくる方が増えるような気がして、ちょっと憂鬱です。
断ってばかりだけどメンタルは保ちますか?
地方自治体に寄せられる苦情の多くは、先述したような法令・全国的制度への苦情であり、自治体ではどうあがいても応じられない案件です。そのため、地方公務員の苦情対応業務の大半は、苦情を聞いたうえでの説得です。
- 「その苦情には応じられない」というメッセージを、いかに明確かつ穏便に伝えるか。
- 相手のステータスを敏感に察して、ふさわしい言葉と仕草・態度を選べるか。
これが地方公務員の苦情対応の基本だと思います。
こういう苦情対応のスタンスは、ある意味楽です。
「いかに引き下がってもらうか」だけに集中すればよく、弁償の方法のようなアフターフォローを考える必要が無いからです。
一方、このスタンスが苦痛で仕方ないという方もいるでしょう。
苦情に応じないということは、別の見方をすれば、困っている人を見捨てることでもあります。
公務員を志す方は多かれ少なかれ「人助け」に関心があるはずで、眼前の嘆願者を見放すことに罪悪感を覚えるでしょう。
それでも割り切るしかありません。これが公務員という立場です。
苦情対応の場面では、多数=公益(秩序)のために、眼前の一人を見放さざるをえないケースが多数あります。
心の中で割り切って公益を優先できるかどうかは、公務員適正のひとつだと思います。
どんな仕事に就こうとも苦情対応からは逃れられません。
「苦情対応が嫌だから公務員は止めておく」という判断に意味は無いと思います。
それよりも「断ってばかりだけど罪悪感に耐えられるか」という観点で考えたほうが有益でしょう。
コメント
コメント一覧 (8)
普通の「ご意見言いたいマン」なら傾聴してるだけで電話終わりますが、精神科に通ってるようなご病気の方から週数回電話かかってきます。そのような人は自分が納得するまで何十分、時には何時間も話続けるので大変ですね
こちらからは電話を切れないので相手が話疲れるのを待つだけです。赤ちゃんが泣き止むのをあやしてる感じと似てますかね
僕も何度か応対したことがありますが、話の筋が読めなくていつ終わるのかわからないのと、突然スイッチが入ってトーンが激変するせいで、ひどく疲弊しました。
どうか飲み込まれないよう、ご無事をお祈りします。
そして初めまして。去年から本ブログを拝読しています。
来年度から行政職員として働く予定の者なのですが、どんな意見であっても相手が電話を切るまでは聞くしかないのでしょうか。もし直接意見をぶつけられている場合も、こちら側からはどうにもできないのかな……と疑問がわきました。
自治体にもよるのでしょうが、僕の勤務先だと、よほど突飛な話題でない限り、役所側から電話切ることは滅多にない(やらない)です。
僕の経験だと、「近いうちに米国と戦争になるから武器を調達すべき」という電話がかかってきたときは、さすがにちょっとだけ聞いて切りました。
ただ、勤務先自治体に対する意見であれば、どんな極論でも聞いています。無碍にすると大ごとになるかもしれないので……
労働局系列はもろに個人相手の仕事なので、市役所並みにいろんな苦情があると聞きます。
それ以外の出先機関だと法人相手の仕事がメインになって、感情をぶつけてるような苦情よりも実利目当てでゴネてくるほうが多いでしょう。
(「早く許可しろ」とか「うちの会社が補助金要件に該当しないのはおかしい」みたいなイメージです)
クレームの量は利用者数と比例するものなので、労働局系列>>>その他、だと思います。
それでも市役所・町村役場よりはずっと少ないでしょうが……
以上、あくまで又聞き情報なので、あまり信用しないほうが無難かもしれません。
クレームや苦情については、国家においては本省が圧倒的です。代表電話からしょっちゅう回ってきます。地方局もそれなりにあると思いますが、「大臣出せ」「幹部出せ」的な、どこともつかない脅迫型クレームは霞が関に比べればまだマシな方かと思います。
しかし、本省で対処しきれなかったり、中身が地域要因によるものであれば、地方に回すことは多々あります。本省として受けきれず、地方局の担当部局(窓口)をお知らせして、地方に転送・丸投げします。(私もさんざん投げました。地方局の皆さん申し訳ない!)
ゴネ系クレーマーと何度も直接対峙してきた経験から思うに、こういうタイプは「勝てそうな相手」にしか勝負を挑んできません。
「課長を出せ」という人は、自治体の課長くらいなら勝てる(勝つだけの武器を持っている)と踏んでいます。
本省幹部を出すよう要求してくる心理はよくわかりませんが、もし実際に本省幹部と理詰めバトルして勝てる人材が在野にいるとはあまり思えません。
僕は研修生ですら話したくありません。勝ち目がない(笑)