「地方公務員=安定している」というイメージはいつも強いです。
こういう文脈で登場する「安定」が何を指すのかは定かではありませんが、おおよそ
  • 職を失うリスクが小さい
  • 給与などの待遇が保証されている
  • 業務内容があまり変わらない
  • 将来のキャリアプランが予想できる
こういった要素を含むと思われます。

「地方公務員=安定」論に対しては懐疑論者も多く、「地方公務員はAIに仕事を奪われて失職する」「現状並みの待遇はもう維持できない」という説は特に強いです。
元地方公務員の方には「役所は泥舟、だから脱出した」という方もいます。

未来のことは誰にもわかりません。
わかるのは過去と現在だけであり、未来は推測するしかありません。

過去と現在においては、地方公務員は確実に「安定した職業」と言えると思います。
少なくとも、先に示した具体的要素の全部を満たしていました。

地方公務員の安定性の理由は「制度」と「雰囲気」に大別できると、僕は考えています。
そして、「制度」「雰囲気」のいずれかに大きな変化が起きたら、「地方公務員の安定性」も揺らいでくると考えています。


法制面の安定性:解雇できない&各種休暇制度

地方公務員は、地方公務員法に定める場合を除き、解雇できません。
具体的な解雇事由は省略しますが、ざっくりいうと犯罪を犯した場合と定年以外の理由では解雇されません。
(職員数を減らしたい場合は、解雇ではなく採用者を減らすことで対処します)

 

地方公務員法

(分限及び懲戒の基準)
第二十七条 すべて職員の分限及び懲戒については、公正でなければならない。
2 職員は、この法律で定める事由による場合でなければ、その意に反して、降任され、若しくは免職されず、この法律又は条例で定める事由による場合でなければ、その意に反して、休職されず、又、条例で定める事由による場合でなければ、その意に反して降給されることがない。
3 職員は、この法律で定める事由による場合でなければ、懲戒処分を受けることがない。


 
そのため、いったん地方公務員になってしまえば、よほど悪いことをしない限り職が保証されると言えるでしょう。
業績が落ちたら整理解雇されるかもしれない民間企業と比べると、かなりの安定感です。

加えて地方公務員には、各種の休業制度が設けられています。
代表的なものは産前産後休業(産休)、育児休業、病気休業です。
これらのおかげで、一時的に働けなくなっても地方公務員としての身分が保証され、離職せずに済みます。

同種の休業制度は、大手の民間企業でも設けられていますが、中小企業ではまだ無いところもあります。自営業だともちろんありません。
地方公務員と民間(自営業含む)という比較軸であれば、明らかに地方公務員のほうが充実していると言えます。

雰囲気面の安定性:一度折れても残留できる風土

制度的に身分が保証されているとはいえども、運用方法によってはいくらでも骨抜きにできます。

さらに、組織構成員が「身分保証制度に頼るのはダメなことだ」と認識しており、誰も制度を使わない(使えない)雰囲気であれば、どれだけ制度的に身分が保証されていようとも、実質的には身分保証が無いのと同義です。



「年間20日間」という有給休暇をイメージすればわかりやすいでしょう。
制度的には20日間休めるはずなのですが、実際に年間20日間しっかり休む地方公務員はごく稀です。

これは、職員の大半が「休暇をとると周囲に迷惑をかけるから必要最小限に止めるべし」という認識を持っており、「有休消化は非常識だ」という雰囲気が蔓延しているためです。

まさに雰囲気のせいで制度が骨抜きになっています。




正直、身分保証に関する制度面では、地方公務員より大手民間企業のほうがずっと充実しているはずです。
しかし民間企業には、「制度をフル活用して組織に残る」ことを悪とみなす雰囲気が、多かれ少なかれ存在すると思われます。

コンサルタント業界には「UP or OUT」(昇進か退社か)という言葉があります。
保守的だと言われるメーカーでも最近は「45歳定年」という思想が登場しました。
これらは極端だとは思いますが、どんな民間企業であっても、少なからず「戦力にならない人は出ていってくれ」という雰囲気が存在すると思われます。

一方、役所には、こういう雰囲気がありません。
慢性病を患って十全に働けない人であっても、暖かく迎え入れらます。
無能であっても、後ろめたさを感じることなく、のうのうと定年まで在籍できます。

戦力になれないことを責める雰囲気が無いために、安心して各種休業制度を利用できますし、気に病んで自主退職したりすることも無いのです。

「雰囲気」は危うい

制度と雰囲気は密接にリンクしており、明確に切り分けられるものではありません。
ただし、それぞれの変化要因は、明らかに異なります。

制度は、民主主義的なプロセスによって社会全体が決めることです。
これからもっと制度が充実して地方公務員の安定性が高まる……という期待はかなり薄いですが、民主主義的プロセスは何事も時間がかかるので、すぐに劇的変化が訪れるとも思えません。

一方、雰囲気は、組織内有力者の影響が大きいです。
たとえば首長が「UP or OUTを徹底してポストを空け、将来性のある若手をもっと採用します」みたいなことを発案して、閑職ルートに入った職員を明らかに冷遇したり、職員間の対立を煽って閑職への風当たりを強くして自主退職を促す……ようなことを始めれば、すぐに雰囲気は変わってしまうでしょう。

最近は「生産性向上」という旗印のもと、「民間を見習って地方公務員どうしをもっと競争させるべき」という風潮が強まっている気がしています。

特にこれからは地方公務員の定年延長が始まり、特段対応しなければどんどん職員構成が高齢化していきます。
従来通りに若手職員を採用し続けるのは、職員総数を増やすことになり、世論的に困難でしょう。
かといって若手の採用を絞るのも、組織内の年齢構成が歪になるので、あまり良い方法ではありません。

定年延長と若手採用を両立するのであれば、既存の職員を辞めさせて定数の空きを確保するしかありません。

先述のとおり、地方公務員を辞めさせるのは、制度的には困難です。
ゆえに、これまでの雰囲気を一新して、自主退職を促す方向になる可能性も大いにあり得ると思います。

従来の「働けない人」をも受容する雰囲気、僕が思う「地方公務員の安定性」を支えてきた屋台骨は、今まさに危機を迎えているのかもしれません。