「地方公務員は『稼ぐ力』が無いから駄目人間だ」という批判とは、リアルでもインターネット上でも頻繁に遭遇します。
住民からの苦情では「税金泥棒」と同じようなニュアンスで使われますし、何より地方公務員自身が自戒を込めてよくこのように評しています。

実際、地方公務員の稼ぐ力はかなり貧弱でしょう。
少なくとも、どれだけ役所で頑張って働いたとしても「稼ぐ力」は身につきません。
もし「稼げる地方公務員」がいたとしたら、役所に就職する前から素養があったか、業務外に自主的に訓練したのでしょう。

ただ僕は、地方公務員には、必ずしも「稼ぐ力」が必要だとは思いません。
途中で退職して転職するのであれば別ですが、地方公務員として職業人生を全うするのであれば、「稼ぐ力」よりも優先して伸ばすべき能力がたくさんあるような気がしてならないのです。

そもそも営利活動に従事していないから必要ない

「稼ぐ力」とは利益を獲得するための能力群であり、握力のように単体で測定できるようなものではなく、「学力」や「モテ度」のようにいろいろな構成要素から成る複合的な評価軸です。

事業を営んだり、民間企業に従事する場合のように、利益を追求する場面で活躍するスキルセットです。

改めて言うほどのことではありませんが、役所はそもそも、営利を追求するための組織ではありません
貧者救済のような営利活動とは無関係な事業もあれば、環境法令による規制のように営利活動を妨害する事業すらあります。


役所の仕事の中には、観光施設の運営のような営利活動っぽい事業も確かにあります。
ただ、こういった事業の従事者はごく限られていますし、民間のように完全営利目的で運営できるわけではありません。
「採算は取れないけど、行政だからやる」みたいな業務がたくさんあります。 

役所で働く地方公務員のほどんどは、営利活動に従事しているわけではありません。
そのため「稼ぐ力」を発揮する機会もありませんし、能力としても求められないのです。

「稼ぐ力」よりも重要な要素がたくさんある

「稼ぐ力」という能力群にはいろいろな要素が含まれているとはいえ、人間の能力を全て網羅しているわけではありません。
公務員としての役割を果たすには、「稼ぐ力」には含まれない、別群の要素のほうが重要でしょう。

特に役所は「誰からも攻撃される」という特異な存在であり、何よりまずは防御を固めないとまともに活動できません。
そのため地方公務員には、あらゆる角度から攻撃リスクを検討して未然防止する「予見力」、攻撃されたらすぐに対策して被害を最小限に抑える「火消し力」といった防御に関する能力が欠かせません。
こういった要素は「稼ぐ力」には含まれていないのではないかと思います。

方向性の違い

「稼ぐ力」に含まれている要素であっても、地方公務員稼業においては求められる方向性が異なるケースも多々あると思われます。

例えば「文章力」。
稼ぐための文章力といえばセールスライティング、つまり多くの人を引きつけて納得・共感させてアクションを起こさせることが重要と言われます。

一方、地方公務員に必要な文章力は、漏れがなく一義的であることです。
読み手に誤解を与えないこと、悪意ある恣意的解釈を許さないことが重要です。

地方公務員が書く文章は、「稼ぐ」という観点から見れば零点です。
同時に、セールスライティングの名文も、役所の文章としては全然使えません。
 
同じ「文章」であっても、求められる要素が全然異なります。
求められる要素が異なるゆえに、求められる能力も異なってくるのです。

稼げないからといって劣等感に囚われる必要は無い

役所は資本主義社会の単なる一参加者ではなく、資本主義に歯止めをかけるという独自の役割を担っています。
その独自の役割を機能させるのが地方公務員の使命です。

現在の資本主義社会において、「稼ぐ力」が重要なパラメーターであることは間違いありません。
ただし地方公務員は、資本主義社会におけるプレイヤーではありますが、民間の方とは異なる役割が与えられています。
そして、役割が異なれば必要な能力も異なる、つまり地方公務員には「稼ぐ力」が備わっていなくとも問題はないはずです。


資本主義というメジャーな価値観に抗えるほど行政は強くなく、「地方公務員は『稼ぐ力』が無いから駄目人間」という批判は今後も止まないでしょう。

地方公務員としての基本的素養を身につけたうえで、さらに「稼ぐ力」を上乗せするのであれば問題ない(むしろ望ましい)と思います。
しかし、「稼ぐ力」コンプレックスにとらわれるあまり、(世間一般の認識のように)地方公務員という職業自体を卑下するようになると、その先には不幸が待っています。
自己否定からの自己肯定感ロストのコンボです。

「稼げなくとも重要な役割を担っているはず」と理解するのが、精神衛生上も無難かと思います。