役所の建物内では庁舎管理規則が適用され、世間一般よりも行動が制限されます。
例えば横浜市の庁舎管理規則を見ると、第11条(行為の禁止)にて「示威またはけん騒にわたる行為をすること。」が挙げられており、誰かを脅したり、デモ行為が禁止されていることがわかります。

しかし、このような規則があるにもかかわらず、庁舎内でどれだけ大声を出そうとも、腕を振り回して暴れ回ろうとも、確実に許される存在がいます。

議員や経済界大物のような少数の権力者ではありません。
もちろん首長や職員でもありません。
この特権的存在は、最近は少しずつ減少してきてはいるものの、今でも日本全土に相当数暮らしています。



それは赤ちゃんです。


赤ちゃんにはとことん優しい

赤ちゃんは「泣くのが仕事」なので、規則を振りかざして注意するわけにはいきません。
そもそも地方公務員は家庭的なタイプが多く、他人の子であっても赤ちゃんが泣いていたら「うるさい」よりも「心配だ」と真っ先に感じるタイプばかりです。
世間には赤ちゃんに冷たい人が少なくないですが、役所内ではかなり温かく迎えられます。

いわば赤ちゃんは、「役所内でどれだけ大声を出しても許される」という特権的立場にいるわけです。

赤ちゃん連れの親御さんが課内に来ているときは、大きな物音を立てないよう気を遣いますし、赤ちゃんが泣き出した場合は、泣き止むまでコピー機使用を止めたり電話を控えたりして、静けさを保つよう配慮します。
赤ちゃんがいると職員の行動が制約されるとも言えるでしょう。

赤ちゃん特権を悪用する大人たち

住民の中には、赤ちゃんの特権的地位を悪用する人もいます。
自分が大声を上げて職員を威圧できない分、赤ちゃんを泣かせてスピーカー代わりに使うのです。

赤ちゃんを泣かせるのは簡単です。
親御さんがちょっと大きな声を出したり、机を叩けば、一発で泣き出します。

赤ちゃんの泣き声は、不思議と心を揺さぶってきます。
信憑性の程はよくわかりませんが、本能的に脳に突き刺さってくる周波数とも言われており、自分に非がなくても不安感・罪悪感を覚えてしまいます。

さらに、「赤ちゃんのためにも早く終わらせなければ」というプレッシャーも感じてしまい、「相手が納得するまで粘り強く説明し続ける」という苦情対応の基本戦術が使いづらくなります。
住民側もこちらの心理状況を把握しているのか、「この子のためにも早くしてくれ」と結論を急かしてきます。
赤ちゃんを泣かせることで、時間的主導権を握ろうとしてくるわけです。

このように職員を揺さぶることで、結果的に、住民側にとって有利な結論を引き出しやすくなるのです。

赤ちゃんが泣いている環境下での苦情対応はめちゃくちゃ疲れます。
1件あたりの対応時間はさほど長くならないものの、精神的負担間が段違いです。後味も悪いです。

デモ活動でも定番の作戦

新型コロナウイルス感染症の拡大前は、屋外のデモ活動でも、赤ちゃん連れの親御さんをよく見かけました。

デモ会場のようなざわついた場所に赤ちゃんを連れていけば、間違いなく泣きます。
赤ちゃんの泣き声は、先述したとおり、人間の本能に訴えかけて注意を惹きます。
ビラ配りをするよりも効果的に通行人をキャッチできるわけです。

しかも、赤ちゃん連れの親御さんがデモ活動をしている絵面は、ものすごく映えます。
通行人の目には「デモ隊が正義」と写りやすくなり、マスコミ受けも良いです。
 


僕の先輩(男性)は、公共工事の施工現場に乗り込んでこようとする赤ちゃん連れ女性を「危ないから」と静止していたところを、彼女の仲間に撮影されてSNSにアップされ、軽くバズってしまいました。
背景や経緯を知らない人が、「スーツ姿の男性」と「赤ちゃんを背負った女性」が対峙している絵面を見れば、間違いなく前者が悪、後者が正義と感じるでしょう。

冷静に考えて、重機が稼働している施工現場に突撃しようと(しかも子連れで)するほうが危険であり、これを静止する職員側が正しいはず……なのですが、イメージの力は恐ろしいです。
この先輩は、以後2週間くらい、管理職と一緒に鎮火活動に追われていました。





赤ちゃんに味方したくなるのは、人間の本能です。
種の保存・反映のため、必要不可欠な本能だと思います。

ただ悲しいことに、役所で働いていると、この本能を悪用している大人とたびたび遭遇します。。
赤ちゃんを武器として使い、自らの意思を押し通そうとしているのです。

僕は異常独身男性なので「親心」がよくわからないのですが、「自分自身の目的達成のため、わざと泣かせる」程度は平気なものなのでしょうか……?