去年頃から「EBPM」という言葉が流行っています。
内閣府のホームページによると、

EBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング。証拠に基づく政策立案)とは、政策の企画をその場限りのエピソードに頼るのではなく、政策目的を明確化したうえで合理的根拠(エビデンス)に基づくものとすることです。

とのこと。
文面で見ると今更言うまでもなく当たり前のような気がします。

しかし実際のところ、少なくとも地方自治体レベルでは、「合理的根拠に基づく政策」は少ないと思います。
統計データのような合意的・客観的証拠に基づいて政策を組み立てている自治体は、それだけで超先進的といえるでしょう。


政策を決めるのは数字よりも感情

自治体の施策は、「総合的な判断」によって決まることが多いです。
定量的なデータのみならず、有力者や住民の声、世間の風潮、予算制約、首長の政策ポリシーなど、様々な要素をごちゃ混ぜにして結論を導きます。

中でも優先される要素が「人々の声」、つまるところ感情です。

どのような施策であれ、「住民の納得」という感情的了承を得なければ実行できませんし、たとえ定量的に効果が出ようとも、「住民の満足」という感情的成果を達成できなければ、失敗扱いされるからです。

定量的なデータは、決断に至るまでの過程よりも、決断を根拠づけるための材料として使われることが多いです。
意思決定の材料ではなく、意思決定を補強するための補助的な位置付けなのです。

民間企業であれば、「定量的に調査分析→意思決定」という流れをとるところ、役所では「感情に基づいて意思決定→問題ないか定量的に確認」という流れになりがちなのです。

あえて変な表現をすれば、感情ベースで決められた物事を「後付け」で定量的に理由づけているわけです。

「総合的な判断」は叩かれもすれどウケもいい

感情優先の「総合的な判断」は、不透明で少数独裁のよろしくない意思決定方法のように見えるかもしれません。
実際ここ最近、モリカケ桜みたいな事案が明るみになったりして、行政の「総合的な判断」プロセスへの批判が高まっています。
そのためEBPMと声高に表明し、信頼感回復を試みているのでしょう。

しかし、もし定量的根拠に基づいて施策を打ち出したとしたら、これはこれで住民やマスコミから猛烈な批判を浴びるでしょう。
「数字にばかり気を取られて現場を見ていない」とか「施策を利用する側の感情を配慮していない」とか。容易に想像できます。
特に「住民感情への配慮」を求める声は、合理的根拠へのニーズよりも、依然として強いと思います。

何より、定量的根拠がしっかり存在する施策は、あまり意外性がありません。
それゆえに堅実に効果が出るのでしょうが、意外性や新規性が無いと、住民やマスコミからの感情的承認を得られません。
意外性や新規性を帯び、住民やマスコミからウケる施策を作るには、定量的根拠ではなく少数派の感情をベースにするほうがやりやすいです。


加えて、世の中には定量的根拠が存在しない社会問題がたくさん存在します。
これまで調査していないから根拠がない問題もあれば、調査のしようがないために表面化しない問題もあるでしょう。

「定量的根拠が無いから」という理由でこれらの問題を無視することは、行政には許されません。(少なくとも建前上は)
定量的根拠が存在しなくとも、何らかの手を打たなければいけません。

ここでも重要になるのが「感情」です。
定量的根拠は一旦棚上げして、「困っている」という感情に基づいて意思決定することで、データに現れない施策ニーズを拾い上げられます。

地方公務員と統計スキルの何とも言えない関係

民間企業では、統計人材やデータサイエンティストのニーズがどんどん高まっているようです。
こういった方々は「定量的に正しい意思決定をするためのスキル」を持っているわけで、どんな分野でも通用する超汎用的な人材と言えるでしょう。

行政においても「定量的に正しい意思決定」は重要なはず……なのですが、感情に基づく「総合的な判断」プロセスがしっかり染み付いているため、活用の機会はごくごく限られています。
特に困窮者救済要素の強い部署ほど、「困っている」という感情が優先され、定量的な判断が許されない傾向にあるように思います。

たとえ地方公務員が統計学を修めて、頑張ってデータを集めて統計学的に正しく分析したところで、現状では施策には活かせません。
せいぜい議会答弁の一節、しかも野党からの更問い対策に使えるくらいでしょう。

産業振興系の部署のような困窮者救済要素の薄い部署であれば、きちんと定量的データをもとに施策を進めているかもしれませんが、行政全体から見ればかなりの少数派です。


よりよい政策形成のために、統計的知識は間違いなく重要です。
ただし現時点では、実務ではなかなか活用する機会に恵まれないサブウェポンに過ぎません。
しかもサブウェポンの中でも更に使用頻度が低いほうです。

こういう事情があるために、このブログではあまり統計学を推していません。
(僕が数学苦手なのでよくわかっていないのも大きいですが……)
がっつり勉強したとしても、実践する機会が無いために、すぐ忘れてしまいそうです。


マスコミは意気揚々と「行政は統計を軽視している!」と叩いてきますが、もし本格的に統計的根拠ベースで施策を展開したら、今度は「データばかり見て『現実』を見ていない」とか言って叩いてくるに決まっています。
このような世論も、きちんとデータ分析して政策立案してる自治体が今後どんどん成果を上げてくれれば、きっと変わっていくはず。陰ながら応援しています。