「『やりたい仕事』を明確化・具体化すべき」というアドバイスは、就職活動(特に新卒)の鉄板です。
地方公務員の場合も同様で、
- ただ「地方公務員になりたい」だけでは不十分
- 採用後にどんな分野でどのような仕事をしたいのか、具体的に考えるべき
- 具体的に考えるための情報収集が欠かせない
というアドバイスが、一般的になされています。
「具体的にどんな仕事がしたいか」という質問は面接でも定番で、誰もが考えなければいけないポイントです。
ただ僕は、このポイントはあくまでも面接対策として必要なだけで、「地方公務員を目指すか、それとも民間就職するか」を決断する段階では、無意味だと思います。
民間就職ではなく地方公務員になる理由は、「具体的に〜〜したい」ではなく、「地方公務員になりたい」であるほうが、健全だと思うのです。
むしろ、採用前に「やりたい仕事」を具体化・明確化してしまうほど、採用後のミスマッチがひどくなり早期離職を引き起こすのでは……とすら思っています。
まず考えるべきは地方公務員という職業そのものの特異性であり、これに魅力を感じるか否かを徹底的に吟味したほうがいいと思います。
「やりたいこと」が実現できるわけない
日本は民主主義国家であり、行政は民主主義的決定事項を執行(実行)する立場にあります。「何をするか」「どのようにするか」を決めるのは主権者たる国民であり、行政ではありません。
この原理原則はもちろん地方自治体にも適用されます。
役所(=地方公務員)の仕事のラインナップは住民が決めるわけで、地方公務員が決めるわけではありません。
役所の仕事の多くは法令に基づいていますが、法令はまさに民主主義的決定の結果であり、法令に基づく仕事は「住民が決めた仕事」の代表例です。
法令に基づかない仕事(例えば観光振興とか広報あたり)は、一見すると役所の裁量で動かしているように思われるかもしれません。
しかし実際は、議会や業界団体や地域住民の意見に従って進められており、役所の意向で動かせるわけではありませんし、担当職員の考えを挟む余地はほぼありません。
つまるところ、役所は職員個々人の「やりたい仕事」を実現できる環境ではありません。
「やりたい仕事」が実在しても担当できるとは限らない
もちろん、役所の仕事ラインナップの中に、自分の「やりたい仕事」が含まれている場合もあり得ます。しかし今度は、「ジェネラリスト志向」とかいう人事異動の仕組みが立ち塞がります。
異動希望はほぼ通りませんし、通ったとしても数年でまた異動させられます。
「やりたい仕事」を担当できるかどうか未知数であるうえ、担当できるとしてもせいぜい数年なのです。
僕は今年でちょうど入庁10年目になりますが、同期入庁職員の中でこれまで「やりたい仕事」に配属されたことがあるのは、だいたい3割くらいです。
人事異動の無理ゲーっぷりを定量的に知りたければ、こちらの記事をどうぞ。
人事異動の無理ゲーっぷりを定量的に知りたければ、こちらの記事をどうぞ。
地方公務員の仕事は刻一刻と変わっていく
そもそも、役所が手がける仕事のラインナップ自体、どんどん変わっていくものです。わずか数年後ですら、現時点では想像もしないような仕事を一般事務職員が担っているかもしれません。
新型コロナウイルス感染症の流行前後の激変っぷりが、まさに好例です。
コロナ前の自治体はインバウンドブームでした。
「訪日外国人観光客をいかに呼び込むか」が重要課題であり、ハード・ソフトともに新規事業がバンバン展開されていました。
「これからの地方公務員は英語で日常会話できるのが当然」なんて主張もなされていました。
もし当時にタイムスリップして、「2020年に新型感染症が世界中で流行して、一般事務職員が夜な夜な居酒屋を回って会食マナーを指導したり、ホテルに駐在して患者に弁当を配るよ」なんて言おうものなら、確実に頭がおかしいと思われるでしょう。
しかしこれが現実……
「地方公務員の特異性」に魅力を感じますか?
地方公務員の面接における「やりたい仕事は何ですか?」という質問、僕は本当にナンセンスだと思います。採用された途端に、まるで「千と千尋の神隠し」冒頭のごとく
「贅沢な名だね、今からお前の名前は『主事』だ。いいかい主事だよ。わかったら返事をするんだ『主事』!」
と言わんばかりに没個性化を強いるのに、面接段階では個性を主張させようとする。何なんですかね。
多分、この質問が「ちゃんと下調べしているか」を測るのに好都合だからなのでしょうが、受験生的には「具体的に考えるのが大事なんだ!」「熱意が重要なんだ!」と勘違いしてしまいかねません。
そもそも採用側が虚飾だらけの情報しか公表していないのに、「やりたい仕事」を明確化・具体化しろと受験生に強いるほうがおかしい気すらしてきます。
「やりたい仕事」を具体的に考えるのは、面接対策の直前期だけで十分です。
「やりたい仕事」は、面接を通過するための方便・手段に過ぎず、真剣に考えたところで何の役にも立ちません。
特に「地方公務員になるか、国家公務員になるか、民間就職するか」という根本的進路選択には、まず役立ちません。むしろ害悪です。
代わりにじっくり考え抜くべきなのは、
- 地方公務員という職業は、国家公務員・民間勤務とどう異なるのか(=地方公務員の特異性)
- 地方公務員の特異性に対し、魅力を感じるか
この2点だと思います。
地方公務員の特異性は、すでに多くの人が論じており、書籍でもインターネット上でもいろいろな説が提唱されています。
先にも触れたとおり、役所が「何を」「どのようにするか」を決めるのは住民であり役所に自己決定権は無いという性質……俗にいう「他律性」も、地方公務員の特異性の一つです。
「原則クビにならない」「病気休暇を取得しやすい」等の勤務条件も特異性の一つでしょう。
このような地方公務員の特異性を見つけるためには、地方公務員のみならず国家公務員や民間企業のことも詳しく調べて、比較することが欠かせません。
他職種と地方公務員を冷静に比較していくと、地方公務員のメリットが実はあんまりないことにきっと気がつくと思います。
それでも「地方公務員になりたい」と思えるのであれば、それこそ真のモチベーションです。
薄っぺらな「やりたい仕事」とは段違いに深みのある、本音の「志望動機」です。
コメント
コメント一覧 (13)
「過去又は現在に地縁があって、自らが世話になった地域のために働きたい」
という理由があればそれで十分という気がします。
逆に、地縁も所縁も無いという場合、
「なぜ貴方は我が自治体に希望を?」、
と聞かれた際に、答える明確な理由を考えておく必要があると思います。
「九州出身の人なのになぜ貴方はどうしてウチのような何々県を志望するのか?」
みたいな。
新卒時は、地元で就職しようと思ったものの特にやりたいこともなく、地元で市外転勤無し完全週休二日制なんて田舎だし市役所しかなくね?(地元民間企業は大きい所は転勤があり中小はほぼ土曜出勤あり)という理由で役所を目指しました。
正に「○○したい」ではなく「地方公務員になりたい」が始まりです。(市役所が選挙やイベント等実際は休日出勤ありまくりというのは後から気づきましたが……。)
お世話になった先輩職員に辞めると伝えた時は、大体「やりたいことでもできた?」と聞かれたので、やりたいことができないというのは、一部のスーパー公務員を除きかなりの職員が思っていることでしょう。
地元有力者や議員等の意向を踏まえた「上」の指示に対して、それなりの安定を担保に淡々と従える(時には条例や要綱等をウルトラCのような解釈の仕方をしてでもやれる)人でないと、地方公務員(市町村役場)を続けて行くのは、いつか精神的に厳しくなるだろうと思います。
記事とズレる内容ですが、質問があります。
私はいわゆる高偏差値大出身の地方公務員なのですが、本音の志望動機は県外転勤がないことでした。
転勤なしを叶えつつ程々に年収を求めた結果地方公務員しかないなと感じたのですが、その他の選択肢について筆者様のお考えをお聞かせいただきたく存じます。
個人的には地銀()
地銀(大きいと転勤あり&激務そう)、地場中小(安定面で不安)で資格職くらいしかないなあと思っており、県職員として骨を埋める覚悟です。
本当にその通りだと思います。
「この地域に貢献したい、分野はなんでもいい」という心意気こそ、自分を偽らずに済み、組織との摩擦も避けられるという意味で、職員本人も組織も幸せになる(現状では)唯一解だとすら最近は思うくらいです。
前向きな役所脱出、おめでとうございます!
手遅れになる前に「やりたいこと」に気付けるのは、一種の幸福だと思います。(僕くらいの年齢になると、もう遅くて一生ジレンマを抱え続ける羽目になりがち……)
やりたいことができなくても「まあいいか」で割り切れるくらいでないと、向き不向き以前に、確かに続けられないかもしれませんね……
千と千尋のくだり、投稿直前に思いついて追記した部分なので、反応いただけて嬉しいです(笑)
県外転勤無しかつ役所並みの待遇となると、商工会議所みたいな公共的団体の職員くらいでしょうか……あとは私立学校の教職員とか?
「全国転勤なし(三大都市圏くらいは許容)」くらいまで条件緩和できれば、大手地場メーカーとかインフラ企業あたりの、役所より高待遇も射程に入りそうです。
子育て中なら、勤務形態も配慮してもらえる。
子育て経験を仕事に活かせる場も多い。
男性には経験上あまりおすすめできませんね。
激務部署にはどうしても男性の方が配属される傾向があり、心身を壊すリスクが高い。
また、子供を持つと子育てはどうしても女性中心なので、男性が激務だと協力できず家庭内不和の原因になる。
さらに、激務の割には一部しか出世はできません。早めに心身を壊して、出世競争から降りれば別ですが。
ただ、女性を相対的に優遇?するのは、少子化の現状を考えれば、一定の合理性があると個人的には思えます。
社会にとって男性の価値は相対的に低いので。
(途中送信されたコメント、ご要望とおり削除しておきました)
女性にとってかなりお得な仕事であるのは間違いないです(特に田舎部)。「男性は損、女性は得」という環境をそのまま据え置いていてもいいものか?という疑問は残りますが、今現在の「体力と根性で組織回すぞ」意識が改善される気もしませんし、当面はお得なままなのだと思います。
僕は反対に「特定分野だけで縛られたら飽きるのでは?」と思うタイプなので、ここは好みですよね……
いずれにせよ、私は一度別組織で働いていたからこそ、県庁の良さが見えているのだと思います。
僕もその境地に至りたいです……どれだけ入念な下調べをしようとも結局わからないことだらけですし、特に「自分に向いているかどうか」は実際やってみないと分かり得ないので、民間と役所の人材流動性がもっと高まることが一番幸せなのかもしれません。