役所には出世コースとは別に「花形」と呼ばれる部署が存在します。
はっきりした定義はありませんが、おおむね
  • 前向きで生産的
  • 外部からの関心が高い
  • 予算規模が大きい
  • 新規性がある

あたりの条件を満たす部署が「花形」と称されているでしょう。

良い意味で役所っぽくない仕事ができてやりがいがありそうだ……という印象があるためなのか、花形部署はいつも若手職員の羨望の的です。
ただ実際のところ、いくら花形とはいえ役所は役所であり、実際は他と変わらない地味で後ろ向きな仕事ばかりしているものです。 
配属前に抱いていた理想像と、現実の仕事との間のギャップに耐えられず、意気消沈してしまうケースが後を絶ちません。

「花形」と称される部署は自治体によって様々ですが、観光部局はわりとどこでも花形扱いだと思います。 
僕自身、2年間だけですが観光部局に配属され、想像に反してドロドロした仕事ばかりで驚きましたし、配属前イメージとのギャップのせいで生気を失っていく後輩を複数見てきました。

民間事業者と役所の埋めがたい乖離

観光振興には、民間の観光関係事業者との連携が不可欠です。
(むしろ僕は民間が主役で、役所は黒子だと思っています。ここは人によって思想が違うところです)

民間事業者も役所も、直接的な目標は同じです。
なるべくたくさんの観光客に来てもらい、長期滞在してもらう。これに尽きます。
この目標に向かって手を取り合い、様々な事業を展開していきます。

しかし、この直接的目標のさらに先にある究極的目標は、民間事業者と役所とで全然違います。
 

民間事業者の究極的目標はシンプルに「利益」です。
直近の黒字を確保しつつ、中長期的に事業を拡大してさらに稼げる体制を構築していくのが目標です。

一方、役所にはたくさんの究極的目標があります。
地域のイメージアップ、住民のアイデンティティ醸成、移住定住の促進、産業誘致、あとは政治力の向上などなど……色々な思惑を抱えています。
民間事業者に儲けてもらう(=法人事業税や固定資産税を増やす)のも勿論目標の一つなのですが、かなり劣後します。

つまるところ、民間事業者と役所との間で、「観光客を増やす」という短期的な目標は共有できているものの、観光客が増えたその先にある究極的な目標は全然違うのです。

役所の究極的目標と利益はトレードオフ

究極的な目標が異なるせいで、民間事業者と役所は頻繁に対立します。
特に、民間事業者側にわずかでも負担が発生する場合は、お偉いさんを巻き込んだ大論争に発展しがちです。

民間事業者の利益を図式化すると、
  • 利益 = 売上 ー 費用 となります。


さらに売上は 客数 × 客単価 に分解できるので、
  • 利益 = 客数 × 客単価 ー 費用 と表現できます。


役所の観光政策は、基本的に「客数」を増やそうとするものです。
「客単価」や「費用」は、民間事業者各自の固有事情であり、原則として役所は手出しも口出しもしません。

「客数」が増えれば売上が増えて、利益も増えて、役所も民間事業者も嬉しい……はずなのですが、
現実はそう単純ではありません。
「客数」を増やそうとした結果、「単価」や「費用」に皺寄せがいくケースが多々あります。

例えば、
  • 食事代割引キャンペーンを打つ → 宿泊施設の素泊まり客が増えて客単価が下がる
  • イベントを開催する → 人を出すことになり人件費負担が増える

などなど。

先述したとおり、役所側にとって民間事業者の利益はさほど重要ではありません。
そのため、多少は民間事業者の利益を犠牲にしてでも、自らの目標を達成しようとしがちです。
少なくとも官房系(企画部局とか総務部局)は、そう指示してきます。

役所側の思惑と、民間事業者からの反発をうまく調整して、なるべく役所側に有利な妥協案へと落とし込むことが、観光部局の職員の最大のミッションです。
二枚舌を常に駆使しなければいけませんし、時には嘘をついたり、誰かを悪者に仕立て上げたり……かなりダーティーな仕事をさせられます。これがストレスで病んでしまう人もいます。

役所の観光政策が「働き方改革」を妨害する

観光関連産業は、一般に労働集約型で生産性が低いと言われています。
労働者の負担が重いのに収入は低く、そのため離職者が多く常に人手不足です。
産業振興という観点でみると、まずは現状の改善、特に働き方改革が必要です。

しかし、役所の観光政策は、少なからず民間事業者に負担を課すものが多く、結果的に働き方改革を往々にして妨げています。
観光関係事業者が真に求めている施策は、新規の集客キャンペーンやイベントではなく労働環境改善のサポートなのに、役所側はそれを見ないふりして、反対にさらに負担を増やしているわけです。

現状の役所の観光政策は、従業員=地元住民を犠牲にして観光客を喜ばせるもの、と断言しても過言ではありません。
観光部局にいた2年間、僕はずっと「誰のために働いているのだろう」「どうして税金を使って地元住民を痛めつけてまで観光客に奉仕しなきゃいけないのだろう」と軽く自己嫌悪していました。
現場従業員の方々と触れ合うたび、罪悪感で胸が一杯にもなりました。

このあたりの感情をドライに処理できる人でないと、観光部局でやっていくのは難しいと思います。
その意味で僕には適性がありませんでした。


なんとなく楽しそう・明るそうな印象がある花形部署であっても、各部署特有のダークサイドが存在するものです。
観光部局の場合だと、民間事業者との根本的相違従業員への負担強要がダークサイドに相当するでしょう。
どちらも観光産業の特徴に起因するものなので、全国どこでも同じような状況だと思われます。