地方公務員の仕事には、いわゆる定量的な「ノルマ」はあまりありません。
数値設定されている仕事であっても、未達だったところでペナルティを課されるわけでもなく、せいぜい上司から怒られる程度でおしまいです。

民間企業勤務の方々は、日々ノルマを突きつけられ、達成できなかったら給料減額、下手すれば解雇されます。
そんな状況と比べると、地方公務員に課されている「数値目標達成」へのプレッシャーは相当弱いでしょう。

民間勤務の方々が「公務員は楽だ」と感じているのも、このノルマ不在が一つの原因だと思われます。
僕が出向していた民間団体でも、マイナンバーカード取得率が伸び悩んでいるというニュースに対して「どうせ目標未達でもクビ飛ばないんでしょ?お気楽な身分だよね」と冷笑されていました。

ただ、「数値目標必達」というプレッシャーが無いからといって、地方公務員の仕事が民間よりも必ずしも楽だとは思いません。
地方公務員には「負け筋を見逃してはいけない」という別種のプレッシャーがあります。

基本的に役所は敗北するもの

民主主義の下では、ある施策の成否を決めるのは住民です。
定量的な効果が出ているとか、開始時点に掲げていた数値目標をきちんと達成できたとか……こういった客観的事実はどうてもよく、全ては住民の「お気持ち」次第であり、住民が喜んで満足すれば何でも成功ですし、不満だったら失敗なのです。

価値観が多様化した(どんなマイナーな価値観でも堂々と表明できる)今という時代において、住民全員を満足させるのはもはや不可能です。
どんな施策であっても、必ず誰かから不満の声が上がります。

困ったことにマスコミや政治家は、施策に対する不満しか取り上げません。
大多数が喜んでいる施策であっても、ごく些細な不満の声を探し出して拾い上げ、それを拡張して「役所は失敗した」と喧伝します。

マスコミが連日「この施策は失敗です」と報道するのを見聞きして、住民の多くは認識を改めます。
たとえ自分が恩恵を受けているとしても、それを棚上げして「役所は失敗した」と思うのです。

ほとんどの施策は、このような経過を辿って民主主義的に「失敗」の烙印を押されます。
(以下、失敗施策扱いされることを「敗北」と表現します)

役所がどれだけ頑張ろうが、どれだけ成果を上げようが、関係ありません。
役所は大概敗北します。
そのため、最初から敗北前提に施策を展開することになります。

「負け筋探し」が職員の最重要業務

敗北を前提とする場合、被害を最小限に抑えることが至上命題です。
そのためには、いつ/誰が/どのように叩いてくるか(いわゆる「負け筋」)を網羅的に予測して、それぞれの対処方法を考える必要が出てきます。

こう考えると、定量的目標の未達成も、あくまでも「負け筋」のひとつと位置付けられます。
「いかに達成するか」のみならず、「達成できなかった場合どうするか」も真剣に考えるわけです。

具体的には、
  • 類似した施策で、過去どのような叩かれ方をしているかを徹底的に調べる
  • 国や他自治体、他部署の施策が波及してこないか考える
  • 住民の声やインターネット上の反応を常時伺って、リアルタイムの動向を把握する

こういった方法で「負け筋」を探して、予算・人員・権限の範囲内で対策を練っていきます。
往年の名コピペ「ラグで詰まないか?」を思い出します。


役所的には、たとえ叩かれても想定・対策の範囲内に収まっていれば、それほど問題にはなりません。
しかし、想定外の「負け筋」で叩かれてしまったら、紛れもなく失敗と見なされます。

あらかじめ想定していた「負け筋」であれば叩かれてもすぐに対処できますが、想定外のケースだとそうはいきません。
往々にして時間が足りませんし、対処に必要なモノやデータがもう手に入らないケースも多いからです。
結果的に対処が遅れたり不十分だったりして、さらなる批判を招きます。

最終的にうまく収められたとしても、関係者はものすごく怒られます。
さらには人事評価も下がるでしょう。
「負け筋潰し」はリスク管理の一環であり、地方公務員にとって必要不可欠の能力です。
想定外の事態を引き起こしてしまうと、この能力が不足していると見なされてしまうわけです。


民間企業でも同じように、いろいろなケースを想定してリスク管理をしているでしょう。
ただ民間企業であればコストパフォーマンスを考慮して、利益に影響してこない微小なリスクであれば捨象するでしょうが、役所ではどんなわずかなリスクでも真剣に検討します。
役所はとにかく「想定外」を許さないというスタンスです。

終わりないプレッシャー

「網羅的に負け筋を探さなければいけない」ということは、言い換えると「想定外の負け筋は許されない」というプレッシャーを課されることでもあります。
民間企業における「定量的ノルマ」には及ばないのかもしれませんが、これはこれで結構しんどいプレッシャーだと思うのです。
 
定量的なノルマには終わりがあります。目標値を超える実績を出せばいいです。
しかし、「負け筋潰し」には終わりがありません。
「事実は小説よりも奇なり」ということわざの通り、現実は何が起こるか分かりません。
全ての事象が「負け筋」になり得ます。
地方公務員は、一生ずっとこのプレッシャーの下で生きるしかないのです。


真面目で優秀な職員、つまり「負け筋」をたくさん見つけられる職員ほど、不安をたくさん抱えたまま仕事をすることになりますし、日々「もっと他にも負け筋があるのでは?」と疑心暗鬼に襲われることになります。

日々ノルマ追われる人生と、無限の不安に苛まれる人生。
お互いを蔑み合うのではなく、「みんな違ってみんなしんどい」という友愛の念を持ちたいものです。