地方公務員という職業への評価は、外野と当事者で全然違います。

最近印象に残っているのは、3月下旬にXでバズっていた「Fランク大学卒にとって一番コスパ良い職業は地方公務員」という投稿です。

この投稿に対して、アンチ地方公務員の方々が賛同&公務員批判を展開する(Fラン卒をどうして税金で養わなきゃいけないんだ等)一方で、地方公務員を名乗るアカウントが反論のリプライを飛ばす……という光景が見られました。


ただ中には、外部と当事者で一致している評価もあります。
その一つが、「どれだけ頑張っても成長できない職業」という説です。


役所外部の方々は、
「そもそも地方公務員は仕事していない、ただ座っているだけ」
「思考停止状態で単純作業しかやっていない」
という理由を挙げて、地方公務員の成長を否定してきます。

そして地方公務員当事者も、
「業務に占める無駄な作業が多い」
「分野・職種をまたいで人事異動するせいで専門性が育たない」
といった現状をもとに、地方公務員としていくら頑張っても成長しないと嘆いています。

一方で僕は、地方公務員として経験年数を重ね、職位が上がるにつれて、確実に伸びていく能力があると確信しています。
それは「聞く力」、つまり幅広い層の話を正しく聞き取って理解する能力です。

この能力こそ、地方公務員固有の強みであり、社会的にも有用なスキルだと思っています。

顧客を選べない故の技能

役所が提供するサービスは、万人を対象としています。顧客の幅は、どんな業界よりも広いです。
そのため、地方公務員として働いていると、多様な人々とコミュニケーションをとることになります。
年齢や職業はもちろん、能力、経済状況、思想、健康状態や賞罰歴など、あらゆる面で異なる背景を持つ方々と接する機会があります。

もちろん部署によっては、施策の対象が限定されていて、特定の属性の人としか接しない場合もあります。 例えば、福祉系の部署であれば、高齢者や病気・障害のある方との接触が圧倒的に多く、学生や企業経営者のような活動的な層とはあまり接しないでしょう。


しかし、地方公務員は分野をまたいで人事異動を繰り返し、職業人生の中でさまざまな部局を経験していきます。
産業振興部局で経営者と日々意見交換していた職員が、次の部署ではケースワーカーとして生活保護受給世帯を訪問する……こうした変化は珍しくありません。
所属する部局が変われば、関わる人々の属性も変わります。 つまり地方公務員は、人事異動を繰り返すことで、社会の多様な層の人々と対面し、幅広い「聞く力」を培っていくのです。

「聞かざるを得ない」から成長する

地方公務員のコミュニケーションは、基本的には「受け身」という特徴があります。

民主主義という統治形態をとっている以上、公共サービスに対して誰もが意見を表明することができ、行政側もそれらの意見を尊重する義務があります。これが原則です。

実際に、役所には日々多様な意見が寄せられており、地方公務員はこれらの意見をまず正確に理解することが求められます。 きちんと理解したうえで、適切な返答を検討したり、採用の可否を判断したりすることになります。


広報のような能動的なコミュニケーションを担当する職種もありますが、全員がそうした業務を担当しているわけではありません。
一方で「受け身のコミュニケーション」は、どの部署でも発生する、地方公務員という職業に共通の特性です。
言い換えれば、「相手の意見・主張を聞き取って正確に理解する」という能力は、どんな部署で働くにしても必要となる地方公務員の必須スキルなのです。

さらに、あらゆる部署で日常的に使われるがゆえに、地方公務員として日々を過ごすだけでこの能力は着実に鍛えられていきます。
理論や技法を体系的に教えられるわけではありませんが、実践する機会が豊富で、かつ真剣に取り組まざるをえない状況が多いため、自然と身についていくのです。


行政機関には、各種カウンセラーや社会福祉士のような、クライアントの声を聞く訓練を受けた専門職の方もいます。
これらの専門職の「聞く力」は、一般の地方公務員とは比べものになりません。
ただし、これら専門職の方々の「聞く力」は、特定の属性の人に特化しているという特徴があります。

一方、老若男女問わず、健康な人から支援を必要とする人まで、あらゆる人に対してある程度対応できる地方公務員の「聞く力」は、他の職業ではなかなか育成されない貴重なスキルではないでしょうか。

市場価値は低くても「市場以外」のところでは役立つはず

地方公務員のキャリアパスについて、人事当局は「ジェネラリスト育成型」と説明していますが、当の地方公務員からは評判が芳しくありません。

「別分野の部局に異動したせいで仕事の進め方や必要な知識が全然違っていて辛い」というのは地方公務員の共通の悩みですし、冒頭にも挙げたとおり「部局をまたいで異動するせいでキャリアがリセットされる」ことも、地方公務員という職業のデメリットとして広く認識されています。

2~3年働いただけでその分野に精通し、人脈をしっかり築いて、次の部署の仕事に活かしていく……という、人事当局が理想とする「ジェネラリスト」になる職員もごく稀にいますが、大半の職員は「リセット」に悩まされているのが現実です。
僕自身も、なぜか1年スパンで異動することが多く、十分な知識や経験を積むことができないまま十数年働いてきました。

しかしそれでも、「聞く力」だけは確実に身についていると実感しています。
そして、この「聞く力」が、日々の業務に大いに役立っています。


ここ数年、地方公務員の広報スキルがやたらと注目されていて、書籍やセミナーも多数リリースされていますが、私は広報スキルよりも「聞く力」のほうがより本質的で重要だと考えています。
おそらく「聞く力」はノウハウ化しづらく、マネタイズに向いていないため、あまり注目されないのでしょう。

さらに、民間企業では十分に評価されにくいスキルかもしれません。もしこれが一般的なビジネススキルとして広く認知されるのであれば、地方公務員はもっと転職市場で高く評価されるはずです。