キモオタク地方公務員(県庁職員)のブログ

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カテゴリ: 公務員の仕事術

僕が地方公務員になってから2年くらい経った頃から、役所内でも「傾聴」という言葉をよく聞くようになりました。

 

傾聴とは、相手のいうことを否定せず、耳も心も傾けて、相手の話を「聴く」会話の技術を指します。意識すべきなのは、相手に共感し、信頼していると示すこと。経済産業省が「職場や地域社会の中で多様な人々とともに仕事するうえで必要な基礎的な能力」として提言している「社会人基礎力」の要素にも、「傾聴力」が含まれています。(引用元




要するに、相手の話をしっかり聞き、受容することなのでしょう。

僕自身、本庁勤務の県庁職員にしては住民対応が多い仕事ばかり回ってきており、日々の仕事でもとにかくまずは傾聴するよう意識してきました。

ただ最近は、地方公務員の傾聴には良し悪しあると考えています。 
誰に対しても公平にサービスを提供しなければいけないという役所の性質上、むやみやたらと傾聴していると、コストが無限に膨らんでいくのです。

さらに傾聴は、受ける側(喋る側)にとっては、快感にほかなりません。
傾聴してもらうこと自体を目的に役所に来られたり、電話かけてくる方は、今や大勢います。

「役所の傾聴」はコスパが良い

傾聴はもともと高級品です。お金を出さないと得られないサービスです。

傾聴だけを単品で提供するサービスであれば、カウンセリング、法律相談のような相談窓口があります。
ホストクラブやキャバクラのような接待を伴う飲食店も、れっきとした傾聴サービスでしょう。
いずれも基本的に有償です。無料では利用できません。

役所の場合、窓口に何時間居座ろうと、何時間電話をしようと、料金はかかりません。
完全無料です。

発言する話題もかなり自由です。
もちろん役所とは全然関係ない話(最近パチンコの調子が良くない等)はさすがに駄目ですが、行政と少しでも関係のある話題であれば、役所側は追い返せません。
使い勝手が良いと言えるでしょう。

つまるところ、ただ傾聴してもらうだけであれば、民間サービスよりも役所の窓口を利用したほうが、圧倒的にコスパが良いのです。


誰かの得=誰かの損、トレードオフ

役所の傾聴サービスのコスパの良さに気づいてどハマりする方は結構います。

特に高齢男性には、若い女性の多い福祉部局をキャバクラ代わりに使う方もいます。
日本酒入りペットボトル片手に窓口に来て、女性職員相手に、取り止めのない話を延々と続けるのです。

新型コロナウイルス感染症騒動が始まってからは更に増えました。
不満や不安が募り積もって傾聴サービスそのものへの需要が高まっているのか、外飲みに出られなくなった等のために民間傾聴サービスが利用できなくなったせいかのか、理由はよくわかりませんが、確実に増えてはいます。

サービスの受け手(傾聴される側)からすればお得であっても、サービスを提供する側、つまり役所側からすれば、私的満足のために職員を長時間拘束されるのは大損にほかなりません。

より正確にいうと、役所が損をするというよりは、「傾聴される一人」以外の全住民が損をします。
本来であれば他のサービスに供されるはずだった職員の時間とマンパワーを、「傾聴される一人」に私的独占されたからです。

もし残業代が生じるのであれば、余計な人件費負担を課されるわけでもあります。
他人のキャバクラ代を割り勘で払わされているようなものです。


政治判断を待つしかない

役所の傾聴サービスの実態を知れば、「税金の無駄遣いだ」と怒る方もいると思います。
「全体の奉仕者たるべき公務員が、その趣旨に反して特定個人に便宜供与している」と糾弾されても、反論できません。

一方、役所による傾聴サービスを必要としている人がいるのも事実です。
最近は「関係の貧困」が問題視されており、対策の一環として「自治体による傾聴」が位置付けられることもあります。
つまり、「関係の貧困」対策というお題目の下、傾聴サービスのさらなる充実を正当化することも可能なのです。

どちらの方向で進むのか、決めるのは役所ではなく政治です。
僕みたいな木っ端職員は、事態の趨勢を見守ることしかできません。

いずれにせよ、現状ですら「傾聴の提供」に膨大なコストがかかっているという事実、そして行政による傾聴サービスをより充実させるには相当なコストの上乗せが必要という事実は、世間全体に広まってほしいと思っています。

現場職員の「創意工夫」や「自発的努力」でなんとかなるレベルではないし、行政リソース配分の問題として真剣に考えなければいけないと思います。

大変ありがたいことに弊ブログにも固定読者様がいらっしゃって、この方々のおかげで新規投稿した記事はどんなものでも大体1週間で200PVは読んでいただけています。
その後も読まれ続けるかどうかは記事次第ですが、とにかく初速ではそれなりに読んでいただけています。

例外は書評記事です。
記事タイトルの頭に【読書メモ】をつけて投稿している、僕が読んだおすすめ本の紹介記事は、50PVに届けばいいほうです。
ニーズに乏しいのでしょうね……

ただし、今回の書評記事はそれなりにPVを集めるのではないかと内心期待しています。
タイトルがあまりに衝撃的だからです。


「クソ野郎」とは?






あなたは同じチームの嫌なやつに悩まされていないだろうか?
「消えてほしい」くらい厄介で面倒なやつは世界じゅうどこの組織にもいる。
本書では、人間関係の悩みを抱えるチームリーダー、運悪くいじめの“標的”になってしまった被害者、職場や組織の居心地の悪さにウンザリしている人のための解決策を紹介する。
スタンフォード大学のロバート・サットン教授が、嫌がらせ行為のメカニズムを徹底検証。
実データをもとに、最低の人間を遠ざける方法や、身勝手な連中を変える方法、手強いクズどもを追放する方法、やつらがもたらす被害を最小限にとどめる方法を伝授する。




威圧的な態度を振りまいて他人を傷つけたり組織内人間関係を損なう人のことを「クソ野郎」と称して、そういう人から自分の身を守る術を説いたのが本書です。

本書における「クソ野郎」は、第1章できっちり定義されています。



基準その1ーーその人物と話したあと、標的になった側が萎縮し、侮辱されたと感じ、やる気を吸い取られるか、あるいは見くびられたように感じるか。とくに、標的自身が自分のことをダメ人間だと思い込んでしまったかどうか。

基準その2ーーその人物が自分より立場が上の人間にではなく、下の人間に狙いを定めているかどうか。

 ロバート・I・サットン著 片桐恵理子訳
『チーム内の低劣人間をデリートせよ』 パンローリング株式会社 2018年11月3日
p.17より



他者に対する反感・嫌悪感は、たいてい主観的なものです。
ある人からは「こいつは酷い」と思われている人であっても、別の人からすれば「良い人」かもしれません。

ただし、上述した2つの基準を同時に満たすような人は、大抵の方が「クソ野郎」だと感じるでしょう。
本書ではターゲットを限定することで、具体的かつ効果的な対策を打ち出します。

タイトルだけ見れば乱暴な本に思われるかもしれませんが、全方位に攻撃するスタンスではなく、組織の癌になりうる「真のクソ野郎」だけがターゲットなのです。

タイトルにある「低劣人間」という単語は、本文中には出てきません。
「低劣人間」という表現からは「仕事ができない」「能力に乏しい」「スペックが低い」という無能人間を想起するかもしれませんが、あくまで本書でターゲットにしているのは攻撃的態度で人間関係を乱す人です。


「組織内の他人」だけではない

「チーム内」という言葉がタイトルの先頭にくることから、本書の射程は職場の同僚・上司・部下に限定されていると思われるかもしれませんが、実際はもっと幅広く論じらています。

最も多く触れられているのは「職場の上司」ですが、ついで多いのが「顧客」です。
サービスを提供する側とされる側という疑似的な上下関係が生じるからなのでしょうか、レストラン、空港、そして行政関係まで、様々な「クソ顧客」の事例が取り上げられます。

弊ブログで本書を取り上げる理由がまさにここです。
地方公務員は常々クレームに悩まされており、苦情主を「クソ野郎」認定したくなることもしばしばあります。

僕の経験上、役所にしつこく絡んでくる方々の多くは、本書の定義に合致する「クソ野郎」です。
しかし、ちょっとした思い違いのせいで一時的に激昂しただけだったり、むしろ役所側に非があったりするケースもあります。




「クソ野郎」の言いなりになるのは勿論駄目ですが、無辜の住民を悪者に仕立て上げるようなことも絶対あってはいけません。
排除すべき「クソ顧客」とはどんな存在なのかを考える際に、本書は大いに参考になると思います。


また本書では、「『内なるクソ野郎』を押しとどめる方法」という章を設けています。
丸々1章を割いて、自制を促しているのです。
現状の人間関係に一切不満がない方にも、きっと役立つと思います。




地方公務員各位におかれましては、新型コロナウイルス感染症関係の業務で多忙を極めているところと思います。
しかも今は、過去にない勢いで(少なくとも僕が公務員になって以来は最も苛烈に)役所批判・公務員への反感が噴出しているところで、ストレスも相当なものだと推察します。

昨年は僕自身、特別定額給付金の件で(担当課ではないのに)散々ボロクソになじられましたが、あの頃は所詮「カネ」の問題であり、「ゴネ得ワンチャン」を狙うかのごとく軽薄叩き方でした。

ところが今はワクチン接種という命に直結する話題がメインです。
苦情の量も質も今年のほうが一層重たく、精神的に応えると思います。

ただ、公務員として成長したい方にとっては、今はある意味チャンスだと思います。
役所人生に欠かせない「危機察知能力」を磨き上げる教材があちこちに転がっているからです。

危機管理の最初の一歩たる「危機察知」

ここでいう危機察知能力とは、なんとなく「このまま進めると危ないな」という直感を得る能力です。

「危機」というと災害を想像するかもしれませんが、役所の仕事はどんなものでも「危機」がつきものです。

最も身近なものは住民からの苦情です。
窓口でごねるくらいならなんとかなりますが、最近は一個人のクレームがインターネット上で油を注がれて大事(おおごと)に発展していくケースも多く、これからは一層注意が必要だと思います。

ほかには、 
  • メディアによるネガティブ報道
  • 民間団体との対立
  • 権力者からの横槍

あたりが典型でしょう。



危機察知能力は、出世する/しないにかかわらず、どんな部署に勤めていようとも、職員全員に求められる能力だと思います。

危機察知を含めた「危機管理」全般は、基本的には管理職の仕事です。
特に「危機に対してどう対処するか」は管理職が判断すべき事柄でしょう。

しかし、危機察知に関しては、業務の最前線に立っている平職員目線でないと察知できないものや、管理職世代だと気づかない若年層特有のものも多数あります。
管理職に任せているだけでは不十分であり、若手平職員の知見で補う必要があるのです。


今だけ?ケーススタディやり放題

新型コロナウイルス感染症のせいで、今はそこら中に危機事案が溢れかえっています。
行政への不信感と反発が長期間蔓延し、公務員vs非公務員の「断絶」すら生じつつある現状は、危機管理敗北の結果とも言えるでしょう。

つまり今は、反省すべき事案が大量に転がっています。
しかも全国あらゆる場所で均一に生じているために、自分に身近な事例が容易に入手できるのです。

出世したいなら絶対必須

先にも少し触れましたが、「危機管理」は管理職の重要な役割です。
出世するためには、危機管理能力が欠かせません。

危機管理能力には色々な側面があり、今回取り上げている「危機察知」もその一つです。
「危機察知」は危機的状況に陥ることを未然防止するためのスキルであり、平時から役立つものです。

危機的事態は、何より「起こさない」のがベストです。
そのため、数ある危機管理能力の中でも、未然防止に資する「危機察知」はかなり重要な位置付けだと思われます。
つまり、出世するために必要な「危機管理能力」の中でも、「危機察知」は特に必要なのです。

危機察知能力の磨き方

ここからは僕が実践している方法を紹介します。
あくまで陰湿なオタクによる自己流に過ぎません。
もしかしたら、すでに体系化された定番手法が存在するかもしれません。



この方法は、精神に相当な負担がかかります。
心身に余裕の無いときは厳禁です。
 


1.事例探し

まず、SNSで、勤務自治体に対する批判的発言をしているアカウントを探します。
首長の名前で検索すれば大量にヒットするでしょう。

できればフェイスブックがおすすめです。
実名かつ投稿文字数に制限が無いせいか、ツイッターと比べて文章が整っていて、分析しやすいです。

2.感情特定

次に、そのアカウントの発言を遡っていって、批判的発言の原動力となっている感情を探っていきます。
だいたいは「怒り」「呆れ」「悲しみ」のいずれかだと思います。

感情由来ではなく「打算」という可能性も大いにあります。

3.感情の原因特定

感情が特定できたら、その感情を抱いた原因を深掘りしていきます。

  1. とある情報を知った
  2. とある情報を知らない
  3. とある情報を誤解した
  4. 実害を被った
  5. 根本的思想(反権力など)
  6. 私怨
  7. 誰かの受け売り


このあたりが典型でしょう。

このうち1〜3は特に注目に値します。
情報の伝え方を工夫していれば、未然防止できたかもしれないからです。
どういう点が不味かったのか、詳しく分析していくと良いでしょう。

4.プロフィールの特定

ここからはアカウントの持ち主に注目していきます。
過去の発言を遡ったり、アカウント名で検索してみたりして、持ち主の属性を特定していきます。

  • 年齢
  • 性別
  • 職業
  • 居住地
  • 経歴
  • 所得水準
  • 家族構成
  • 人間関係
  • 思想・信条
  • 好き嫌い
このあたりの情報を、わかる範囲で探っていきます。

感情を特定する前にプロフィールを探ることもできますが、プロフィールを先に知ってしまうと変な先入観を持ってしまうかもしれません。
そのため、僕は先に感情を探ることにしています。

1〜4までの過程を通して、住民の反発という危機がどうやって発生したのかをトレースすることで、いくつかのパターンが見えてきます。
パターンを多く知れば知るほど、危機察知能力の基礎ができ上がっていくはずです。

5.リストの作成

プロフィールを探ってみた結果、アカウントの持ち主が
  • 法人・団体の代表者
  • 個人事業主
  • メディア関係者(個人活動のインフルエンサー含む)

のような、今後もしかしたら役所とビジネスパートナーになりうる人物であれば、その人のプロフィールをリストに記録しておきます。

「喉元過ぎれば熱さを忘れる」という諺がありますが、実際のところ、負の感情はなかなか消えないものです。
これから数年経って新型コロナウイルス騒動が落ち着いたとしても、いったん自覚してしまった行政への反感は、ずーっと燻り続けると思います。

つまり、こういった方々は、金輪際、行政の施策には協力してくれない可能性が高いです。
相手側から行政に近づこうともしないし、行政側から接触しようとしても拒絶されるでしょう。
迂闊に近づくと、双方とも嫌な思いをしかねません。

接触しないほうがいい相手を事前に把握しておくことも、危機察知のひとつです。
つまり、このリストそのものが、危機察知能力の一部を形成するのです。
しかもこのリストはどんな部署に異動しようとも使えますし、同僚や後輩に引き継ぐこともできます。


僕はかれこれ一年間くらい上述のプロセスを続けています。
最初は批判者リスト作成が目的でした。
 

リストを作って観光や地域振興担当の同期職員に共有しよう!という半ば私怨から始まったのですが、やっているうちにだんだん目的が変わってきました。
批判的言動をよくよく見てみると、些細な行き違いが発端のものが多々あります。
工夫次第では未然防止できたであろう案件も多いです。

事例が豊富な今こそ、批判的言動の原因を見つめることで、将来に役立つ能力が養えるはずです。

公務員は頻繁に「頭がおかしい」と揶揄されます。
 
住民は電話越しでも対面でも軽々と放ってきますし、マスコミによる公務員バッシングの中でも頻出表現です。

インターネット上では「公務員になるような人間はもともと頭がおかしいのか、公務員として働く過程で頭がおかしくなるのか」みたいなニワトリvsタマゴ論争も繰り広げられています。
(個人的には両方とも存在すると思います。そして両者は「おかしさ」の性質が違います。)

一方、公務員側が他者を「頭がおかしい」と思うケースもしばしばあります。
住民、マスコミ、議員といった役所外の人間はもちろんのこと、味方のはずの上司・部下・同僚ですら時折「頭がおかしいのでは?」と感じてしまうものです。
地方公務員の場合は、中央省庁を動かしている官僚に対して「頭のおかしさ」を感じるケースもあるでしょう。

自分にとって不都合な状況に陥ったとき、その原因を他者に求め、他者に責任をなすりつけると、気分が楽になります。
特に「他人の人格」に原因があると決めつけて、情状酌量の余地なしと断じてしまうと、自分の非が一切なくなり、感情的にもスッキリします。

ただ、こういう整理法は憂さ晴らしにはぴったりですが、根本的な事態の解決に至るとは限りません。
一方的に責任を押し付けられ、「人格に問題がある」と糾弾される側にとっては、当然ながら反発したくなります。
こうして敵対的対立構造が出来上がってしまうと、どんどん事態がこじれていって、解決が遠のいていきかねません。

「頭がおかしい」と判断する前に、情報の非対称性を疑ったほうがいいと思っています。

自分と相手の知識水準は異なる

「情報の非対称性」という言葉自体は公務員試験でも頻出のワードで、聞き覚えのある方も多いでしょう。

ここでいう「情報の非対称性」とは、以下のような状況を指します。

  • 自分の判断の根拠となっている「重大情報」を、相手は持っていない または
  • 相手の判断の根拠となっている「重大情報」を、自分は持っていない

持っている情報が異なるのであれば、異なる判断を下して当然です。
もし相手に自分と同じだけの情報が備わっていたら、自分と同じ判断を下すかもしれません。
この可能性を否定できないうちは、「頭おかしい」とは言えません。

同じ情報を持っているのに異なる判断を下すのであれば、相手と自分は判断基準が異なるわけで、「頭おかしい」認定も可能になります。

インターネットが普及したおかげで「情報の非対称性」が解消されたかのように思っている方もけっこういると思いますが、実際はまだまだ解消されていないと僕は思っています。
 
「情報の非対称性」の存在を忘れているのか無視しているのか、いずれにせよ
  • 「自分も知っていることは相手も当然知っているはずだ」 →相手の無知を考慮しない
  • 「相手が持っている情報は全て自分も持っているはずだ」 →自分の無知を考慮しない
こういう思い込みのせいで不必要にキレている方が多いように思います。
苦情対応していると本当によくあるケースです。


お互いを深く知らずにキレ合う役所と住民

地方公務員と住民という関係では、この「情報の非対称性」が特に生じやすいと思っています。

地方公務員(というより役所組織)は、大事な情報ほど隠したがります。
重大な政策判断ほど対外的に公表できないアレな理由で下されていて、下っ端の職員たちは真の理由を隠すための「表向きの理由」作りに奔走するものです。
さらに最近は個人情報保護にも気を遣わねばならず、何事も迂闊に公表できません。

些細な案件であっても、施策の背景を知らないせいでキレている人によく遭遇します。
「なぜこの施策が実施されているのか」という理由や経緯を知らずに「無駄だ!」と怒っていたり、法的規制を知らずに「なぜ〇〇しないのだ!」と騒ぎ立てたり……

そういう方々から苦情をいただいた場合には、順序立てて背景を説明します。
「最初からそう言えよ!」と捨て台詞を吐かれれば幸運なほうで、「住民にはっきり伝えない役所の広報体制が悪い!」という新たなトピックへと延焼して対応が長引いてしまうパターンもよくあります。

「頭おかしい」認定する前に…… 

冒頭でも触れましたが、公務員は日常的に「頭おかしい」と叱責されます。

罵声を浴びせられる身としては、即座に相手を危険人物認定したい誘惑に駆られるものです。
 
しかし、そう判断する前に、「そもそも必要な情報を持っていなかっただけで相手の人格に問題は無い(はず)」と一呼吸置くことが大事だと思います。

相手を「頭おかしい」認定したところで、事態が好転するとは限りません。
実利を得るためには、軽率に「頭おかしい」認定するのではなく、どうして差異が生じているのかを落ち着いて考えてみるほうが良いと思います。

そもそも「頭がおかしい」という評価自体、もっと細分化して考えるべきだと思います。
判断に至るまでは様々なステップがありますし、各ステップを決定する要素も色々あります。
そのうちどこが自分と異なるのか、冷静に分析してみるのです。

即座に「頭おかしい」認定をぶつけあうギスギスした世の中だからこそ、腰を据えて「差異分析」する価値があると思います。


最近の時事ネタだと、「東京オリンピックの開催の是非」がまさに「情報の非対称性」の典型だと思っています。
当局側と一般国民の保有する情報があまりに異なるために、国民側は当局を「頭おかしい」と感じている……のでは?

ここからは僕の妄想です。

当局にとってすれば、オリンピックは外交問題なのでしょう。
やる/やらないの判断次第で、これからの国際社会における位置づけが変わって、いろいろな場面で不利益を被りかねません。
そこで、諸外国有力者の意向のような情報を収集して、諸々の判断を下しているのでしょう。

外交関係の情報はトップシークレットであり、国民が知るはずありません。
当局と国民の間には、凄まじい「情報の非対称性」が横たわっています。
そのため国民は当局の判断が理解できず、「当局の人間は頭がおかしい」と怒っているのです。

新型コロナウイルス感染症のせいで
  • 公務員は苦情対応から逃れられない
  • 役所という立場上、ハードな案件が集まってくる
ということを改めて理解しました。
 
言葉にするとたった2行なのですが、ここに込められた意味の奥深さは計り知れません。
僕も多分、まだ表層しか理解できていないと思います。

これまでは「人と人の接触を極力減らさなければいけない」というコンセンサスがあったため、役所に届く苦情の声もやや抑えられてきたのではないかと思っています。

ただし、これから本格化するワクチン接種では、どうしても人どうしが接触しなければいけません。
接種に来る方の中には、行政への怒りを煮えたぎらせている方も大勢いるでしょう。
こういう方々にとってワクチン接種は、行政に対して直接文句を言うまたとない機会です。

ワクチン接種に直接携わらない職員でも、これから苦情対応の機会が増えていくと予想します。
ワクチン接種が始まれば、去年の特別定額給付金のように、またマスコミによって自治体間比較が始まるでしょう。
もちろん「〇〇市は近隣より遅い」とか「□□町の接種会場は職員数が少なくて不親切だ」みたいな批判的ムードで。

マスコミにネタにされれば、それだけ世間の関心も高まり、苦情の量も増えます。
去年の春夏(全国的に緊急事態宣言が出ていた頃)も、毎日のように自治体の首長の発言が(半ば揚げ足取りのように)中央マスコミにネタにされていました。
そのせいか行政そのものに対しての反感が強まり、僕自身、連日苦情対応に追われました。

ワクチン接種が本格開始したら、このときと同じような状況が繰り返されるような気がしてなりません。

自分の担当業務で苦情を言われるのはまだしも、「そもそも公務員はさぁ……」とか「行政のあるべき姿は……」みたいな一般論で延々と叱責されると、結構堪えます。
あまりにもどうしようもありません。

来るべき日に備え、心の準備を考えてみました。

批判されているのは「自分」ではなく「組織」

苦情を申し立てる方は、わざわざ「公務員個人」と「組織」を区別したりはしません。
二人称でいえば「お前ら」「あんたたち」を使います。組織がおかしいとは言いません。

そのため、苦情主と対面していると、どんどん自分自身という個人がミスしたかのような感覚に陥ります。

しかし実際は、苦情を受けているのは役所という組織です。
今まさに苦情対応している公務員個人ではありません。

苦情申立人に流されて「自分が悪い」と少しでも思ってしまうと、ものすごく辛くなります。
これは本来、不必要な罪悪感です。

後述しますが、フロント対応職員の最重要任務は、「組織として意思決定するにあたり必要な情報を得る」といことです。
職員が罪悪感を感じるべきケースは、相手方の感情に流されて、意思決定に必要な情報を入手し損ねた場合です。

意思決定の結果、申立人の要望を断らざるを得ないケースもあります。
その時は「人でなし」だの「殺人鬼」だのと散々言われるでしょうが、職員個人に責任があるわけではありません。

苦情主の主張を断ることで、結果的に住民のためになるというケースも多々あります。
苦情主だけに特別に便益を与える、つまりゴネ得を認めるような事態になると、ほかの住民に不利益を被らせていることになりかねないのです。
あくまでも公務員は公僕です。目の前にいる苦情主の専属下僕ではありません。
 

苦情主からすると、職員個人の人格にダメージを与えて罪悪感を抱かせたほうが、苦情の通りがいいのでしょう。
僕の経験でも、玄人ほど、「組織も悪いがお前も悪い」と個人責任を問うてきたり、こちらの言動の機微を捉えて「今の発言は傲慢に過ぎる、侮辱だ」などと人格否定を繰り出してきます。

しかし流されてはいけません。苦情をぶつけられているのは、自分自身ではなく「組織」。
苦情に対面しているのも、自分の全人格ではなく、「地方公務員」という自分の一面にすぎません。
むしろ執拗に人格否定してくる場合は、相手の打算を疑うべきです。


「正確に聞き取る」という目的をしっかり持つ

苦情に対してどう応じるかを決断するのは、あくまでも責任者である管理職です。
苦情主と直接対面するフロント対応職員ではありません。

フロント対応職員に求められる役割は、相手方の主張と客観的事実を正確に聞き取ることです。
相手の感情をケアすることも勿論重要ですが、それよりも「組織が正確に意思決定するために必要な情報を収集すること」のほうがずっと重要です。

ただ延々と苦情を聞かされるよりも、「正確な情報収拾」という目的意識をもって聞いたほうが、相手の感情に過度に流されず、自分のペースを保てるでしょう。

苦情対応業務そのものの主観的価値を高める

苦情対応業務に価値を見出す方策も模索しています。
「クレームはニーズの宝庫」「改善へのヒント」みたいなキラキラした観点ではなく、あくまでも自分の精神を保護するための利己的な方法です。

今のところ、心理学(特に社会心理学)で提唱されている様々な概念を身を以て理解する機会だという路線を考えています。
知的好奇心が満たされるという無形の報酬があることで、苦情対応業務の負担感が幾分か和らぐことを期待します。

苦情対応は、人間のネガティブな感情・思考をぶつけられる仕事です。
しかも役所の場合は、老若男女問わず、社会的地位の高低や収入の多寡に関係なく、幅広い層がやってきます。
天然の観察フィールドとでも言うべき貴重な環境に身を置いているのです。

呼吸・姿勢を整える

あとはやはり呼吸と姿勢です。
特に呼吸をコントロールできれば、精神状態もコントロールできます。

「鬼滅の刃」のおかげで呼吸に関心を持つ人が増えていますが、一過性のブームで終わらせるのは勿体ないです。
初任者研修でしっかり教えてもいいとすら思っています。

 

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