キモオタク地方公務員(県庁職員)のブログ

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カテゴリ: 公務員の仕事術

今年のゴールデンウィーク、読者各位は何日ほど出勤しましたか?

僕は前半三連休・後半四連休合わせて3日間出勤で済みました。
庶務系の仕事をしていると、前年度分の支払い処理にラストスパートをかけたり、決算額をまとめたり、6月議会の準備に向けて資料を準備したり……等々、この時期はどうしても出勤せざるを得ません。

今年の4月に採用されたばかりの職員の中にも、さっそくこのゴールデンウィークで休日出勤デビューした方もいるでしょう。
ゴールデンウィークみたいな大型連休であれば、多少出勤してもストレスを感じる程度で済みますが、普通の週末土日に出勤すると、身体にも負担がかかります。
労働時間が増えると同時に回復時間が削られるわけで、まさにジリ貧です。

もちろん休日出勤せずに済むように効率的に仕事をこなすのが重要なのですが、地方公務員という仕事はどうしても休日出勤から逃れられません(詳細は後述)。
そのため、誰もが休日出勤のコツを習得する必要があると思っています。

こういう知恵こそ、先輩や上司からOJTで学ぶ経験知のひとつなのですが、運悪く(運良く?)休日出勤とは無縁の環境に置かれた新人職員向けに、僕なりの休日出勤のコツを紹介します。

※本稿で取り上げる「休日出勤」は、行事やイベント業務ではなく、平日の残務処理です。

何をするのか事前に決めておく

休日出勤において最も重要なのは「計画性」です。

休日出勤している時点で計画性が無いのでは?という至極ごもっともな指摘は置いといて……
  • 休日出勤してどのような仕事をするのか
  • 何時に出勤して何時に帰るのか(何時間働くのか)
あらかじめ決めておくことを強く推奨します。

平日と同じように仕事できるわけではなく、いろいろな制約があります。

まず、休日出勤では、他人の手を借りることができません。
よほどの繁忙期でもない限り、休日出勤してくる人は少数派です。
休日の業務は、基本的に一人でやらなければいけません。

見方を変えると、休日にこなせる業務は、一人で完結する範囲に限られます。
例えば、疑問点を上司に相談したり、別部署から資料を貰ったりすることができません。

加えて休日は、設備面でも制約が課されるケースがありえます。
例えば、庁内システムがバッチ処理のために使えなかったり、倉庫や会議室が使えなかったり……等々。

せっかく出勤してきたのに作業できないと「詰み」です。
僕にも苦い思い出があります。
かつて観光部局にいた頃、大量のパンフレットの袋詰めを土曜日にやろうと思い出勤してきたら、パンフの在庫を仮置きしていた会議室が休日は施錠されていて中に入れず、結局作業できずに帰る羽目になりました……(結局月曜日徹夜して作業しました)

休日出勤する場合は、遅くとも前日の午前中くらいにはタスクを洗い出して、
①平日のうちに絶対やらなければいけないこと
②休日でもできること
③無理に休日中にやらなくてもいいこと
に分類したうえで、①はその日のうちに優先的に処理、②は休日に回す、③は先送り……というふうに計画を立てておけば、「やろうと思っていた作業ができない」という窮地に陥ることなく、かつ無際限に休日勤務してしまう事態にも陥らずに済むと思います。

6時間が目安

休日出勤の時間はもちろん短ければ短いほうがいいのですが、時間外勤務勤務手当が支給されるのであれば、6時間以内を目安にすればいいと思います。
労働基準法上、勤務時間が6時間を超えると休憩時間を入れなければいけなくなり、実質タダ働き時間が生じるからです。



労働基準法
第三十四条 使用者は、労働時間が六時間を超える場合においては少くとも四十五分、八時間を超える場合においては少くとも一時間の休憩時間を労働時間の途中に与えなければならない。



例えば6時間1分の残業だと、45分間の休憩をとったことにしなければならず、時間外勤務手当が支給されるのは5時間16分だけ。
休日出勤中に45分もしっかり休憩取っていれば損はしないものの、そんなに休憩するくらいならさっさと帰りたいと思うのが自然な心情であり、しっかり休む人はいないと思います。
その結果、休憩分の45分はタダ働きになってしまいます。

6時間以内であれば休憩時間も不要で、ただ働きは発生しません。

シングルタスクを心がける

先述のとおり休日出勤にはいろいろな制約がありますが、一方でメリットもあります。
他者からの邪魔が入らず、集中できる点です。

役所の執務室は、集中できる環境とは到底言えません、
  • 誰かのしゃべり声(ときには怒鳴り声)で騒がしい
  • 鳴りやまない電話
  • メール通知(最近であればチャットも)
  • じろじろ見てくる来庁者
などなど、集中を乱す要素で満載です。

加えて、上司や別部署から急件が仕事が降ってきて、作業を中断させられるケースも多発します。
いわば終始マルチタスクを強制されている状態であり、ひとつのことに集中するのは本当に難しいです。

集中できない環境になっている原因は、ひとえに他者の存在です。
職員であれ来庁者であれ、他者がたくさんいるせいで騒がしくなりますし、新しい仕事が生まれて自分の元へ飛んできます。

休日になれば出勤してくる職員が激減しますし、来庁者も来ませんし、電話も基本的にかかってきません。
集中を乱す原因が一斉に排除されるわけです。

このメリットを最大限に活かすべく、休日出勤はシングルタスクに徹するべきだと思います。
あらかじめリストアップしたタスクを、一つ一つ潰していく。
ある意味、当たり前のことなのですが、地方公務員稼業でこれを実践できるのは、休日出勤時だけです。

週明け以降の業務負担見込み次第で短距離走・持久走モードを使い分ける

休日出勤すると、平日の出勤以上に疲れます。
上司も住民もいないので、職場環境的にはずっと楽なはずなのですが、やはり集中できるぶんだけ脳が疲れるのだと思います。

当然のことながら、休日に出勤した分だけ休みが減るわけで、翌週は疲れを残したまま平日5日間の勤務を乗り切らなければいけません。

特に、予算編成時期のような長丁場になると、何週間も休日出勤を続けなければいけません。
よほどの鉄人でもない限り、ペース配分を考えないと途中でバテてしまいます。
(財政課のような休まない人たちは、このへんの調整がものすごく上手です)

翌週はさほど忙しくないのであれば、全力で休日出勤しても特に問題ないでしょう。
ただし、平日もずっと残業せざるをえなかったり、次の週末もまた休日出勤しなければいけないようなハードな日々が続くのであれば、一度の休日出勤で体力を使い果たすわけにはいきません。
労働時間も集中度合いもセーブして、疲労の蓄積を抑えていく必要があります。

長時間残業は地方公務員の宿命

地方公務員という仕事の性質上、夜間休日を問わず働き続けなければいけない場面があります。
災害発生時なんかはまさにその典型ですし、新型コロナウイルス感染症みたいな謎の脅威が生じたときもこうなります。

能登半島地震では、非管理職の1/5相当にあたる約500人が、月100時間以上の残業をしたようです。


このように、本人の意向にかかわらず、誰しもがいきなり長時間残業を強いられるかもしれないのです。
これは地方公務員の宿命と言えるでしょう。

自分の長時間労働耐性は、やってみないとわかりません。
いきなり緊急事態に突入する前に、自分がどれくらい耐えられるか、試す機会があればいいと思います。

新型コロナウイルス感染症が一段落して、送別会や歓迎会が解禁された職場も多いと思います。
僕の勤務先では「能登半島地震に応援に行っている職員がいる」という理由で、送別会も歓迎会も中止でしたが……多分単なる言い訳です。管理職が飲み会嫌いなんだと思われます。

一般に、地方公務員はあまり飲酒をしない人が多いように思われがちです。
確かに、民間企業で営業職として酒を酌み交わす機会の多い方と比べれば、そういった印象は否めません。
地方公務員に就職した理由に、「民間のように酒を酌み交わす必要がない」ということを挙げる人もいるでしょう。

実際、実際、地方公務員として働くにあたり、頻繁に飲み会に参加する必要はありません。
ただ一方で、お酒を飲むこと自体は、地方公務員家業をやっていくにあたり必須だと思います。

主要顧客の気持ちがわかる

近年、日本人の飲酒量は着実に減少傾向にあります。
厚生労働省によると、日本の成人一人当たりのアルコール消費量は平成4年度の101.8lがピークであり、2019年度には78.2lまで減少しています。

しかし、これは飲酒者の減少を意味するものではありません。
厚生労働省の国民健康・栄養調査(2019年)によれば、生活習慣病のリスクを高める量を飲酒している者の割合は、男性で14.9%、女性で9.1%となり、過去10年間で男性は横ばい、女性は有意に上昇しています。



こうした"ハイリスク飲酒層"は、役所でもおなじみの存在です。
窓口業務を担当したことのある人ならもちろんのこと、普段は住民対応をしない職員であっても、役所内で酩酊した人が大声をあげているシーンに一度は出くわしたことがあると思います。

行政サービスの利用者は、社会的に弱い立場の方々が多いです。
そのような方々の中にはアルコール浸りの人々も多く、お話を伺っていると「今抱えている問題の根本原因は、酒だな……」と思わざるを得ない人も少なくありません。

例えばこんなことがありました。
先月、ある男性がふらふらとカウンターに現れ、大声で「仕事をくれ!」と怒鳴り散らしました。
よくよく話を聞くと、酒に手を染めたことがトラブルの発端で、妻子と離れ離れになり、職を失っていたのです。

このような案件、役所側にできることはありません。
聞くだけ聞いて帰ってもらうしかありません。
強いて言えばアルコールを抜いて冷静になるよう勧めるだけです。

このような事案で、こちら側も酒飲みであれば、お酒を飲んだときの感情の高ぶりや身体的変化がわかります。
つまり、酒飲みの地方公務員は住民対応で重宝されると言えるのです。


「酒を語る」のは地方公務員の重要な仕事

日本は、地域ごとに様々な名産のお酒に恵まれた国で、清酒、焼酎、ワイン、ビールなど、その種類は豊富です。
役所の仕事でも、地酒を宣伝する機会は少なくありません。
特に広報部局や観光部局の職員であれば、地酒ネタは必須の知識です。

各地域では原料や製法にこだわり、風土や気候風土に適した味わいを作り上げてきました。
役所側が宣伝するときも、このような観点で説明することが多いです。

しかし、消費者が知りたいのは、そうした原料や製法の詳細よりも、美味しさ、つまり「味」そのものです。
日本酒造組合中央会の調査によれば、消費者が日本酒を選ぶ際の最重要ポイントは「おいしさ」で71%にものぼります。
「原料米の種類」や「製造方法」を挙げた人はわずか4%にすぎません。

お酒の味は、絶対的なものではなく相対的なものです。同じ酒を飲んでも、人によって「美味い」か「まずい」かで感じ方は異なります。
しかも、個人の体調や気分によっても味の感じ方は変わってきます。
だからこそ、本当においしいお酒を見つけるには、様々な銘柄を飲み比べる必要があるのです。

私にはそのよい例があります。大学3年の春、同級生数人と地元の酒蔵を巡る「酒廻り」をしました。
朝から夕方まで10軒以上はお酒を飲み歩きましたが、正直最初の数軒では味の違いがよくわかりませんでした。
しかし、4、5軒目を過ぎた頃から、ようやく舌が酒の味に慣れ、それぞれの個性が口に広がるようになってきたのです。
結局、仲間内でも一番おいしいと感じた銘柄は人によってバラバラでした。

このようにお酒の美味しさを語るには、豊富な飲酒経験が何より大切なのです。
原料や製法をいくら熟知していても、実際に舌で味を知らなければ通用しません。
だからこそ、地方公務員にとって、日々お酒を飲んで舌を肥えさせることが必須といえるのです。

酒は文化の重要なパーツ

お酒は、単なる飲み物ではありません。
全国各地に根付く伝統的な食文化や祭事、芸能など、様々な文化と深く結びついてきました。

まず食文化との関係です。
沖縄の泡盛は、沖縄料理に欠かせません。
泡盛に漬け込んだ豚の三枚肉や、泡盛を使った煮魚など、泡盛なしには成り立ちません。
また、新潟の日本酒は越後味噌と相性抜群で、日本酒で味噌を割ったり、日本酒で煮詰めた味噌を使うなど、相互に影響を与えあってきました。

お酒と祭り事の関係も深いです。
全国の神社仏閣で行われる「酒初め」は、新酒を神前に供え、製造者や信徒に振る舞う重要な神事です。

さらに、酒造りと伝統工芸品との関係も指摘できます。
焼物や漆器には、必ず酒器がラインナップされています。
お酒の香りや口当たりを活かすような形状になっていたり、その地域でお酒をふるまう祭事用にことが多いです。

このように、お酒は食や祭り、工芸など、地域の文化と密接に関わってきました。
地域の文化を解説した資料や書籍は(役所が自ら作っているものも含め)多数ありますが、真に文化を理解するには、自分自身が文化の「当事者」として、文化の中で生きるしかありません。

つまり、お酒によってはぐくまれた食文化や祭事、工芸を理解するには、自分自身もお酒を飲まなければいけないのです。

土地の文化を理解して継承していくことも、地方公務員の責務です。
地方公務員がお酒を嗜むことは、単なる嗜好を超えた意味があるのです。
「酒好き」「アルコール耐性」という属性は、ガタイが良いとか強面であるとかと同じく、地方公務員適正の一つだと思います。

地方公務員という仕事には批判がつきものです。
民主主義の仕組み上、この現状はどうしようもありません。

地方公務員を叩けない世の中、例えば
  • 役所の権力が強すぎて不平不満を打ち明けられない
  • 役所の存在感が希薄すぎて住民同士が直接潰し合う
こんな世の中のほうがむしろ危険な気すらします。

もちろん、いくら立場上仕方ないとはいえ、叩かれるのは誰だって嫌です。
インターネット上では、一方的に叩かれ続けるのに嫌気が差して、「役所も反論すべき」という主張も見かけます。

住民からの批判に対し、役所側が反論するとどうなるのか、考えてみました。

反論のメリット…長期的には世の中のためになる

住民からの批判には、大きく分けて
  • 役所に非があるもの
  • 誤解が原因のもの
  • ポジショントーク
  • 感情的非難
この4類型に分かれると僕は思っています。

このうち、「役所に非があるもの」は、そもそも反論の余地がありません。
大人しく非を認めて対応を考えるべきです。

また、「ポジショントーク」と「感情的非難」は、反論する価値がありません。
反論したところで役所側も相手も得をしないからです。
反論を考えるよりも、いかに「早く切り上げる」かを考えたほうが有益でしょう。

反論を検討する価値があるのは、「誤解に原因のもの」です。
 

誤解を正すのはそもそもの使命

法令や制度に関する正しい情報を住民に伝えるのが、役所の基本的な役割です。
もし住民が誤解しているのであれば、それを解消するのも当然この役割の一部ですし、「正しい情報を伝える」プロセスの一環として、反論も認められて然るべきでしょう。
むしろ反論することが「住民のため」になるのです。

しかし現状、役所の批判対応は「聞き役に徹する」のが基本です。
結論を左右する致命的な誤解であれば勿論訂正しますが、そうでなければスルーするのが普通であり、好き放題に喋らせて時間切れ・エネルギー切れを狙うのが王道戦略です。

僕の体感では、一般論に近づくほど勘違い割合が高まります。
「財政状況が悪化している」「無駄が多い」「職員が多すぎる」みたいな、主語が極めて大きい批判だと、聞いているうちにどこかで綻びが出てきます。
「財政破綻以前に、あなたの理論が破綻しているのですが…」とつっこみを入れたくなる衝動を抑えつつ、適当に聞き流すという現状の対応は、本来不誠実な対応と言えるでしょう。

エスカレートの未然防止

役所としては、ひたすら聴き役に徹して相手が電話を切れば、それは「引き分け」です。
しかし住民目線に立ってみると、一切反論されないまま自説を主張し切れたわけで、引き分けではなく「完勝」と認識するほうが自然です。
 
つまるところ、「聞き役に徹する」という役所の苦情対応は、住民とっては勝利であり成功体験にほかなりません。

この成功体験は、少なくとも2つの意味で、住民の自己評価を高めると思っています。
ひとつは弁論スキル、「そこそこ高学歴集団である公務員連中を論破できるだけの弁論スキルが自分には備わっているぞ」という自信です。
もうひとつは思考力、「公務員連中が気づいていない真実に辿り着いてやったぞ」という達成感です。

しかも役所批判は、「世直し」という大義名分にも関わってきます。
役所への勝利は、個人的勝利であるのみならず、社会貢献にも資すると感じられるわけです。
二重の意味で美味しい成功体験と言えるでしょう。

「公務員論破」の甘美さにどハマりしている住民は、きっと少なくないと思われます。
(かつての上司は「2,000人に一人くらいの割合で役所批判中毒者がいる」と語っていました)
実際、とある部署での成功体験を横展開して、いろんな部署でゲーム感覚で職員を論破しにかかる住民を、何人も目にしてきました。

役所側がちゃんと反論するようになれば、住民が一方的に勝利意識を持つことも減るでしょう。
勝率が低くなれば勝負は減るはず、つまり批判対応件数が減って職員の負担も減り、本来の仕事にもっと取り組めるはずです。

反論のデメリット ものすごく大変

適切な反論には、住民側にも役所側にもメリットがあります。
できるなら反論したほうがいいのは間違いありません。
しかし現状ろくに反論していないのは、それだけの理由があります。

まず、相手の主張にきちんと反論するためには、高度なコミュニケーションスキルが必要です。
相手の主張を正確に理解して破綻箇所を見極め、相手の理解度に応じて説明を組み立て、気分を害さない穏当な言い回しで訂正を試みる……という高度なコミュニケーションを都度行う必要があるわけで、誰もが為せる技ではありません。少なくとも僕には無理です。

さらに、このような丁寧なコミュニケーションには、1回あたり膨大なエネルギーと時間を消費します。
現状の苦情量に対して毎回これを実践していたら、本当に苦情対応だけで1日が終わるでしょう。


何より人間は、誰しも自分の誤りを指摘されたくないものです。
そこそこ大きな組織で仕事をしている人であれば「反論≠人格批判」が常識であり、よほど無礼な言い回しでもされない限り、多少反論されたところで気分を害したりはしません。
しかし住民の中には、こういう割り切りをしない方も多いです。

地方公務員であれば誰でも一度は、住民から逆ギレされた経験があると思います。
ちょっとした書類の記載ミスの訂正をお願いしたら「どうして従う義務がある?」と開き直られたり、庁内で迷っている方を案内しようとしたら「余計なお世話だ」と捨て台詞を吐かれたり……
こういう事案は、まさに役所側の指摘を人格批判と捉えてしまったケースです。

つまるところ、たとえ「正しい情報を伝えたい」という善意の反論だったとしても、相手側は強烈な感情的反発を覚えます。
そのせいで相手方は余計に攻撃的になり、対応時間が長引き、対応側の消耗が一層ひどくなりかねません。

わずかでも誤りを指摘することが第一歩

大半の地方公務員は「反論できない」ことにストレスを感じていることでしょう。
しかし、もし堂々と反論できるようになったところで、今度は「反論に対する感情的反発」という新たなストレス源が生じるだけだと思います。

とはいえ、現状の「叩かれるがまま」というスタンスでは、住民側も役所側も不幸になるだけです。
たとえ相手にキレられようとも、誤りを指摘することが、長期的には相手のためになるはずです。
相手を怒らせない穏当な言い回しを細々研究するのが、現状でも実践できる最大限の対応でしょう。


今年度から庶務担当になり、出世コースの職員と関わる機会が増えました。
特に、財政や企画部局からは、毎日のように色々と依頼や照会が飛んできます。
怒られることもしばしばあり、もうすっかり歳下から怒られるのにも慣れてきました。

入庁年次や年齢が下であろうと、出世コースを邁進する彼ら彼女らのほうが、役所内では圧倒的に格上です。
僕のような閑職コースの人間が意見具申するなんて、烏滸がましいにも程があります。 
ただそれでも、僭越ながら思うところがあります。

いくら優秀でも完全上位互換ではない

出世コース職員が優秀と言われるのは、汎用的なスキルや知識が高水準だからです。
具体的には、コミュニケーション能力や事務処理能力、ロジカルシンキング、数字のセンス、読解力、文章力のような一般的スキルや、民法や行政法などの汎用的知識が挙げられます。
このようなスキルや知識に長けているからこそ、出世コースに抜擢されているわけです。

このように、各課担当者と出世コース職員の間には、れっきとした能力差があります。
そのため、両者の間で見解の相違が生じたとしたら、たいてい出世コース職員のほうが正しいです。

ゆえに、出世コース職員にありがちな「まず相手の否定から入る」というコミュニケーションスタンスは、非常に合理的なのでしょう。
だいたい相手の方が間違っているので、いち早く間違い箇所や原因を見つけられ、効率が良いのです。

とはいえ、役所の仕事は、汎用的なスキルや知識だけで回っているわけではありません。
各分野に特有の専門知識や、経験を通して得られたノウハウのようなものも重要です。
こういった知識や技能は、それぞれの部署で働いているからこそ身につくものです。
(以下、「専門性」と表現します)

いくら優秀な出世コース職員であっても、専門性の領域では各課の職員には敵いません。
専門性を欠いているために、間違った認識を抱いているケースも少なくありません。
正確な判断をするためには、持ち前の普遍的スキルに頼るだけでなく、各課の担当職員から専門性を借りる必要があると思います。

しかし出世コースの職員は、こういった専門性を軽視しがちです。
専門性よりも一般論のほうが優先される前提で話を進めてくるのは日常茶飯事で、ひどい時には「その専門性は間違いだ」と頭ごなしに否定してくることすらあります。

専門性は一朝一夕で身につくものではなく、簡単に言葉で説明できるものでもありません。
担当者に説明してもらったところで、出世コース職員の優秀な地頭を持ってしてもなかなか理解が進まないでしょうし、不愉快に思うのは尤もです。
 
しかし、各課が持つ専門性を聞き取って吟味して、その専門性をいくつも掛け合わせて活用していってこそ、組織なのだと思います。
このように各課の強みを統合して活用していくことが「内部調整能力の第二形態」であり、幹部に上っていくために必須の技能なのだろうと思います。


所詮は地方公務員

先述したとおり、出世コースの職員は、他の職員よりも優秀です。
ただし、あくまでも役所内という限られた世界で相対的に優秀というだけで、社会全体で見れば所詮は地方公務員、ビジネスパーソンとしては下流です。

役所内で出世コースと言われる「財政・人事・企画・秘書部局」は、いずれも役所の内部調整役です。ひどく偏っています。

普段から役所外部と関わる部署(特に産業振興や観光のような民間企業と関わる部署)であれば、公務員よりもはるかに優秀な民間サラリーマンと日常的に交流があり、自分の至らなさを自覚できます。
しかし、内部調整メインの出世コース職員は、自分よりも格下の職員ばかりを相手にする日々を送っているわけで……社会全体で見れば自分は大したタマじゃないことを忘れがちなのではないかと思います。

出世コースを歩まれている立派な方々はこんなブログ読んでないと思いますが、もし気分を害されたらごめんなさい。完全に私怨です。
冒頭に「怒られるのにも慣れてきた」と書きましたが、慣れてきたせいで一層ストレスが溜まるんですよね……

能登半島地震から3週間近くが経過しました。

報道ベースで見聞きする限りでは、人命救助のフェーズから復旧フェーズに移行しつつあるようで、事務職員の業務負担がますます高まってきているのではないかと思います。
被災自治体の職員の方々には、心からお見舞い申し上げます。

今回の災害を機に、防災行政に興味が湧いてきた方もいるかもしれません。

災害対応は「経験の積み重ね」であり、過去の事例をもとにケーススタディするのが一番勉強になります。
内閣府などが資料をまとめており、それらを見るだけでも十分なのですが……元防災部局職員として、あまり大っぴらにはできないノウハウを紹介していきます。

閻魔帳(ブラックリスト)づくり

自治体の仕事の中には、色々な分野の著名人とタイアップするものがあります。
  • 有識者として意見を伺う
  • セミナーやシンポジウムの講師や、パネリストとして招聘する
  • 観光PRをお願いする
あたりが典型的でしょうか。

著名人の人選はなかなか難しいです(政治的にゴリ押しされることも多々あり)。
事業としてきちんと成果が出る「適任」を選ぶ必要があるとともに、メディアや住民の感情的理解を得られる人でなければいけません。
人選を誤ると易々と炎上します。いわゆる「受け」ですね。

加えて、行政に対するスタンスも重要です。
著名人の中には、行政を嫌っている人も相当数いらっしゃいます。
彼ら彼女らもビジネスなので、たとえ嫌いであっても仕事自体は受けてくれるものですが、依頼どおりに動いてくれなかったり、逆にダメ出しをしまくってきたりと、事業の進捗に支障が出かねません。
とはいえ、なかなか個々人の行政に対するスタンスなんて、事前にはわからないものです。


災害後はなぜか物申したくなるもの

大災害の発生後は、著名人の「受け」と「行政に対するスタンス」を見定めるチャンスです。

著名人の中には、大災害をチャンスと捉えて自分のことを売り込もうとする人がたくさんいます。
政治家はもちろんのこと、芸能人、学者、企業経営者、メディア関係者、その他もろもろの専門家などなど……一見関係なさそうな領域の方々も、思い思いに自説を展開します。

彼ら彼女らの主張を紐解いていくと、「行政に対するスタンス」が見えてきます。
たとえば、ひたすら行政の粗探しをして叩き続ける芸能人なんかは、完全な役所嫌いですし、役所の人的・財政的リソースを一切考慮せず理想論ばかり唱える学者なんかは、皮肉な意味での「学者肌」です。
こういった方々は、いくら知名度が高かったとしても、役所側から仕事を依頼するには不適切です。


また、彼ら彼女らの中には、真っ当な主張をして株を上げる人もいれば、突拍子もない主張をして炎上する人もいます。
自分を売り込もうなんて意図が無くとも、災害に関する何気ない発言が大炎上してしまうこともあります。

一旦炎上してしまった人は、当面は「受け」が悪くなり、迂闊にタイアップすると再度炎上しかねません。仕事を頼むのは危険すぎます。


炎上する理由は様々ですが、主張内容自体が原因であることは少なく、TPOを弁えない(タイミングが悪い)ことが多いです。
TPOを読めない人は、仕事の依頼先としては不適切です。余計なリスクを抱え込むだけです。
この意味でも、炎上してしまった人をタイアップ候補から外すのは、合理的だと思います。


「行政に対するスタンス」が敵対的である方々や、炎上して「受け」が悪くなった方々をリストアップしておくことで、今後の人選に大いに参考になります。

新型コロナ対応の際にも、このような「閻魔帳」づくりは推奨されていました。
どんな部署でも役に立つ、まさに一生ものの財産になるでしょう。


マスコミが被災自治体を叩くときの「論点」を学ぶ

「一次災害」と「二次災害」まではしっかりした定義がありますが、「三次災害」までくると人によって見解が異なります。

僕が思う「三次災害」は、大手マスコミが被災自治体の災害対応を否定的に報道して、苦情や非難が全国から殺到して業務が回らなくなる……つまり「炎上」です。

人命救助フェーズがひと段落した頃、具体的には「発災2週間後」と「発災1ヶ月後」に否定的報道のビッグウェーブが来て、炎上リスクが高まる……というのが、僕が防災部局勤務だった頃の経験知でした。
これまでの災害事例を見ていても、そこそこ当たっていると思います。

あくまでもきっかけは「大手マスコミ」、具体的にはテレビのキー局各社の報道です。地元メディアではありません。

キー局による被災自治体叩きでは、どんな災害であっても、だいたい似たような論点が取り沙汰されます。
多分、現地取材ベースではなく、キー局の内部でスポンサー等の意向を拾いながらシナリオを作っているのでしょう。
そのため、現地では深刻な課題については一切触れず、現地では特段課題になっていない論点を執拗に叩いたりします。

結果、叩かれている自治体側はもちろんのこと、被災住民にとっても疑問符が浮かぶ内容に仕上がります。
ミスリードはおろか、誤った内容を拡散されることもしばしばあります。

論点が似ている……ということは、過去の災害における論点が、次の災害でも再び取り沙汰されるということに他なりません。
いわば過去の災害が「過去問」となるのです。

どんな論点で被災自治体が叩かれているのかをリストアップする(=過去問集を作っておく)ことで、実際に災害に遭った時に非常に役立ちます。


いずれにしても、報道やSNSをしっかりチェックして、材料を集めなければいけません。
気が滅入り作業ではありますが、それでもやる価値は十分あると思います。

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