キモオタク地方公務員(県庁職員)のブログ

地方公務員の人生満足度アップを目指しています。地方公務員志望者向けの記事は、カテゴリ「公務員になるまで」にまとめています。

タグ:クレーム

新型コロナウイルス感染症騒動が始まって以来、僕が務める県庁では「コールセンター業務の外注」が相次いでいます。

窓口業務の多い市区町村では、業務の外注は日常風景かもしれません。
ただ県庁勤務の僕にとって、これまで職員がやっていた業務を民間事業者に委託するという事態は、なかなか新鮮です。

自治体の業務外注(民間委託)には賛否両論あるところですが、僕は賛成派です。
中でも住民対応窓口業務はどんどん外注すればいいと思っています。

「職員の負担が減る」「安上がりになる」という理由ではありません。
役所の窓口業務特有の環境を民間企業に経験してもらうことで、社会全体のイノベーションにつながるかもしれないからです。

「万人に同じサービスを提供する」難しさを経験してもらう


過去の記事でも少し触れましたが、行政サービスの利用者層はものすごく幅広いです。
いろんな層の人間が、戸籍関係書類の取得のような同一のサービスを求めて、日々役所を訪れます。


通常のビジネスだと、こんなに広い客層に対して同一のサービスを提供しなければいけないという経験は、なかなか得られないと思います。
この貴重な経験を民間企業に提供することで、新たなテクノロジーやサービスが生まれるかもしれません。
 

戸籍関係書類の取得をイメージすれば、きっとわかりやすいと思います。

手続きのためには申請書を書いてもらわなければいけませんが、この「申請書を書く」という行為は、利用者次第で難易度が異なります。

案内なしですらすら書ける方もいますし、一言一句説明しないと書けない方もいます。
握力が弱っていて字が書けない方や、そもそも文字が読めない方もいます。

つまり、利用者のレベル差がものすごく激しいのです。
 

この課題に対し、役所であれば、分厚いマニュアルを作って人海戦術を採るというハイコストな作戦を採ります。
しかし民間企業の場合は、同じ手は使えません。儲けが出ないからです。
そのため、何らかの新たな方法を編み出して、「利用者のレベル格差」という課題に対処するでしょう。
ITに強い企業であれば、新しいテクノロジーを開発するかもしれません。

このようにして新しいノウハウやテクノロジーが生み出されれば、きっと役所窓口だけでなく別の場所でも応用されていき、ひいては社会全体が便利になるでしょう。
行政サービスの外注は、イノベーションのヒントを提供するのです。

これまで切り捨ててきた層に向き合ってもらう

民間企業と役所の大きな違いの一つが、顧客を選べるか否かだと思います。
もちろん、民間企業は顧客を選べる立場で、役所は選べません。

民間企業は、誰も彼もにアプローチするのではなく、ちゃんと利益の源泉になりうる層だけにアプローチすることで儲けを確保しています。これがビジネスです。
逆にいえば、利益の源泉にならなさそうな層に対しては、大して情報を持っていないと思われます。

行政サービスを受託する場合、民間企業でも、これまで顧客として見てきた層のみならず、社会全体のあらゆる層の方々に対応しなければいけません。
これもまた貴重な経験です。
従来は顧客として見てこなかった層の情報を、ローリスクで得られるのです。


ここからは暴言なのでフォントを小さくします。

要するに、これまで民間企業が相手にしてこなかった
  • 資力的に民間サービスを利用できない低所得者
  • お金は無いけど時間は有り余っていて、役所くらいしか相手にしてくれない高齢者
  • 即刻出禁にするレベルのハードクレーマー
  • 表立って関係を持ったら罰せられかねない反社会的存在
こういった方々と対面することができます。

多くの民間企業は、こういった層の方々を「収益源として見込めない」と端から切り捨てています。
しかし、実際に接触して研究を深めていき、新たなサービスやテクノロジーを生み出せば、収益源にできるかもしれません。


民間企業が自社事業としてこういった層にアプローチするのは、多大なリスクが伴います。
しかし、行政サービスの受託であれば、一定の収入は保証されており、リスクはかなり軽減されるでしょう。 

行政サービスの外注は、民間企業を、これまで民間企業から見放されてきた層に半ば強制的に引き合わせるきっかけになります。
この出会いがイノベーションの端緒となるかもしれないと僕は思っています。


つまるところ、これまで役所に押し付けてきた「面倒ごと」を民間企業にも経験してもらうことで、何らかの社会的改善が図れるのでは?と期待しているのです。

現役地方公務員とそれ以外の方々で評価が180度変わりそうなニュースが出てきました。



東京都では
  • 特定の人が頻繁に請求を繰り返したり、請求する対象が十分に特定されないため開示を検討する対象の文書が大量になったりして、業務に著しい支障が出ている
  • 制度の運用を見直し開示請求を受け付けない基準を設けることを検討している
とのこと。

もしこのような運用が実装されたら、地方公務員の多分80%超がガッツポーズをとると思います。
上記のような状況は、東京都に限った話ではありません。
僕の勤務先県庁でも常態化していますし、しかも特定の部署に限った話ではなくほぼ全部署が悩まされています。

僕自身もこれまで幾度となく手を煩わされてきました。
とある年度なんか、特定の1人からの情報公開請求だけで250時間くらい残業しました。
(今使っているMacBookProは、その時の残業代で買いました。なのではっきり覚えています)

一方、地方公務員以外の方からすれば、サービスの劣化かつ行政の不透明化、ひいては知る権利の侵害に他ならず、「けしからん」と思うでしょう。
(都議選を控えたこの時期に、こんな住民受けが悪そうなニュースが報じられるあたり、政治的な匂いを感じます)


ニュースの文面だと、あたかも「公開請求の件数が多いせいで業務に支障が出ている」ように書かれていますが、実際は異なります。
混雑緩和のために入場制限を設けるかのごとく、「件数が多いから規制します」という理屈であれば、僕も疑問に思います。

情報公開の現場を悩ませているのは、「この制度を使って行政活動を妨害したい」「情報公開のプロセスをやらせることでミスさせたい」という悪意ある方々です。
こういう方々が暴れているせいで、「情報公開制度を使って情報を入手したい人」、つまり本来のユーザーが割を食っています。

「さすが独身異常男性、狭量すぎだろ(笑)」と思われるかもしれませんが、僕がこれまで経験したどの部署でも、情報公開制度を使った攻撃を食らってきました。

以下、自分の経験談を紹介していきます。
現役の地方公務員であれば、身に覚えのある話ばかりで、目新しさは皆無だと思います。

事務担当者側から見た公文書開示のフロー(前提)

情報公開制度は、だいたい以下のような流れで進んでいきます。

  1. 請求内容の確認
  2. 対象文書を探す
  3. 開示できるか否かの判断
  4. 非開示情報をマスキング(黒塗り)
  5. 開示方法の調整
  6. 開示の実施
基本的には無料です。お金がかかるのは開示された資料をコピーする際くらいです。
スマートフォンカメラで撮影すれば完全無料で済みます。

単純作業のように思っている方もいるかもしれませんが、実際は相当のコミュニケーション能力が求められます。
特に「請求内容の確認」「開示方法の調整」あたりは、頻繁に揉めます。


公開請求=Look at me.

情報公開制度は、開示請求書を提出するというアクションを起こすことで、役所に対して『公文書開示』というサービス提供を義務付けることを可能にする制度です。

あえて性格の悪い言い方をすると、紙切れ一枚で役所に法的義務を負わせ職員を拘束することが可能です。
たとえ理不尽な内容であっても、条例上のルールを守っていれば、役所側は拒否できません。
「条例ギリギリ」の理不尽ラインを攻めることで、役所に負担をかけられるのです

先述した1〜6の各プロセスで、具体的にどういうふうに役所に負担をかけられるのか、見ていきましょう。

1.請求内容の確認……あえてぼかす

情報公開制度を利用する方は、基本的に公務員以外の方です。
そもそも役所がどんな情報を持っているのか知りません。
そのため、請求内容は、「〇〇に関する文書を開示してください」みたいな抽象的なものになりがちです。

こういう請求があった場合、役所側は請求者とコミュニケーションをとり、請求内容を絞り込まなければいけません。
情報公開制度は条例に基づくサービスであり、このコミュニケーションも条例に基づくもので、役所側は法的義務を負っています。
そのため、下手(したて)に出るしかありません。

繰り返しになりますが、役所側は「請求内容を特定する」という法的義務があります。
そのため、どれだけ請求者から罵倒されようが詰られようが粘り強くコミュニケーションを続けなければいけませんし、直接面会を要求されれば応じなければいけません。

さらに、情報公開請求のフローに乗せれば、メールや電話ならスルーされるレベルの荒唐無稽な中身であっても、行政側は応じざるを得ません。


例えば
  • 「ふざけるな」など単なる暴言
  • 「地球外生命体が攻めてきた場合の避難フロー」みたいな過激設定・陰謀論

であっても、行政側は真剣に応じなければいけません。

つまり、「請求書を提出する」というお手軽かつ無料のアクションだけで、下手弱腰な職員を好きなだけ拘束できるという美味しいシチュエーションを確立できるのです。



2.対象文書を探す……悪魔の証明を強制できる

対象文書の量が多くても、正直それほど負担ではありません。
肉体的には大変ですが、あくまで作業です。

本当に大変なのは、存在するのかどうかはっきりわからない文書です。
書庫をひっくり返して探すしかありません。

僕の経験上、悩ましいのは以下のような文書です。
  • 大昔の文書(廃棄した可能性が高いもの)
  • 国から移管された業務の文書(自治体に引き継がれているのか不明瞭)

「存在しない」ことの証明は、俗にいう「悪魔の証明」であり、どれだけ手間と時間をつぎ込もうが原理的には不可能です。
しかし、情報公開制度を使えば、役所に対して「悪魔の証明」を強制できるのです。
こういう案件が降ってくると、面白いくらいに残業時間が嵩んでいきます。

3.開示できるか否かの検討……グレーゾーンを攻めて「運用の齟齬」を狙う

情報公開制度のルールでは、「開示できない情報」の基準も定められています。
代表的なものが個人情報(特定の個人を識別できる情報)です。
あとは企業の営利的内部情報であったり、役所内部の機密情報などもあります。

各自治体の内規などで、これら「開示できない情報」の具体的な線引きがなされていると思いますが、情報のあり方は非常に多様で、全ての事例を網羅的に線引きするのは不可能です。
そのため、部署ごとに個別の判断が下されることもあります。

つまり、ある情報についてA部署では普通に公開されたのにB部署では非開示情報扱いで黒塗り処理された……という「運用の不統一」が生じうるのです。

開示できるか否かのグレーゾーン案件が生じた場合、とにかく徹底的に前例を調べなければいけません。
庁内初のケースであれば、別自治体にも問い合わせます。
これも時間がかかるんですよね。

もし「運用の不統一」に感づかれてしまったら、格好の燃料になってしまいます。


4.非開示情報をマスキング(黒塗り)……物量で攻めて「ケアレスミス」を狙う

全ページ真っ黒に塗りつぶせるなら楽なのですが、1ページの中に個人情報がちょろちょろ出てくるような文書の場合、個人情報部分だけを黒塗りしなければいけません。

この作業がめちゃくちゃ大変です。
これまでの県庁職員生活で、僕がいただいた残業代の少なくとも3割は、黒塗りタイム分だと思います。

悪意ある請求者達もこの苦労は十分ご存知で、だからこそ黒塗り作業が発生しやすそうな文書を狙い撃ちしてきます。
黒塗りが多ければ多いほど、役所に負担をかけられるのです。

もし黒塗り作業にミスがあれば、請求者側からすれば「棚からぼた餅」です。

黒塗りが漏れている箇所があったら、明らかな行政の失態です。
管理職を呼びつけて謝罪させることができます。

黒塗り不要な箇所を間違って黒塗りしてしまった場合も、「情報の隠蔽だ」「きっと意図があるに違いない」と言って燃やせます。


5.開示方法の調整……ここからが本番

黒塗り作業を終えて開示準備が整ったら、再び請求者とのコミュニケーションが始まります。
ここからの流れは、「単に情報が欲しい人」相手と「役所と戦いたい人」相手とで大きく異なります。

前者の方々が求めているのは「文書そのもの」です。
そのため、「開示の準備ができました」と一報を入れれば終了です。

一方、後者の方々の目的は文書ではありません。
公文書開示のプロセスを通して職員を好き放題に拘束することです。
そのためほぼ確実に、情報開示にあたり、職員の同席&口頭説明を求めます。
むしろここからが本番です。

個人的には一番緊張するプロセスです。
怒鳴られながら宣戦布告されることもあれば、やたら嬉しそうな口ぶりでプレッシャーをかけてきたり、「マスコミと議員を連れていくから最低限課長出してね」と一方的に通告されたり……


6.開示の実施……毎回ドラマ

文書が目的の方の場合、基本的に開示には立ち会いません。
質問がある場合のみ面会して対応します。

一方、役所と戦いたい人の場合、相手側の要求に応じて立会わざるを得ません。

開示当日は何が起こるかわかりません。
いまだトラウマな案件もあれば、笑い話もあります。
何にせよ時間も体力も消耗します。

大体の案件に共通するのは、せっかく用意した文書をほとんど見てもらえないことです。
請求者の目的は「職員の拘束」であり、文書はどうでもいいのです。

文書を読み込まれたら別のトラブルに飛び火しかねないので、読まれないほうが安心ではあるのですが、せっかくの努力が無駄になるのはやるせないものです。



ここまで約3,500字にわたって書いてきました。
このブログの記事はだいたい2,000字前後なので、かなりの長編になってしまいました。

しかし、ほとんどの地方公務員にとって、目新しい内容は無かったと思います。
それくらいありふれた事案です。

東京都には是非頑張ってもらって、全国に広がることを強く期待します。
 

地方公務員という仕事は、暴力とは切っても切れない関係にあります。
(法という根拠があるとはいえ)様々な形で暴力を行使する加害者でもありますし、住民からの物理的・精神的暴力に常時晒されている被害者でもあります。

そのため、地方公務員が暴力についてしっかり考えることは、非常に有益だと思います。
自らの振る舞いの暴力性を意識する必要がありますし、何より心身共に健康に生きるために暴力からの自衛を考えなければいけません。

というわけで、去年夏ごろから「暴力」と名のつく本を手当たり次第読んでいるのですが、最近読んだ『民衆暴力 一揆・暴動・虐殺の日本近代』という本が非常に面白かったです。


ひとたび民衆の暴力行使が始まると、日常ではなし得なかった行動が呼び起こされもする。暴力をふるうプロセスで、民衆にとって「可能な幅」が広がっていくのである。権力への対抗として現れた暴力が、途中から被差別者に向けられたり、反対に被差別者への暴力のなかに権力への対抗の要素が含まれたりもする。
本書を通読すると、権力に対する民衆の暴力と、被差別者に向けられた民衆の暴力とが、それほど簡単に切り分けられないことがわかるだろう。誰が/誰に向けてふるったかによって、暴力の意味合いが異なってくるのはもちろんだが、両者を「民衆暴力」として同時に扱うことで、従来とは異なる領域に思考をめぐらせることができるはずだ。

藤野裕子 著『民衆暴力 一揆・暴動・虐殺の日本近代』 
中公新書 2020年8月 「はしがき」より


地方公務員稼業における暴力考察のポイントを以下紹介していきます。

アンチ行政活動が弱者叩きにもなりうる

先の引用にも書かれているとおり、権力への反抗としてスタートした暴力行使であっても、途中で弱者にも矛先が向けられてしまうケースがままあります。
 
行政に対する抗議活動でも、こういうパターンがよくあります。
行政にダメージを与えるための「戦略」として弱者を攻撃するのです。
あまり具体的なことは書けませんが、現に発生しています。

抗議側としては外堀を埋めるくらいの感覚なのかもしれませんが、やられる側からすれば堪ったものではありません。

民衆による不当な暴力から弱者を守るのは、今の行政の役目です。
そのため、もし今から民衆暴力が始まった場合、被害に遭いそうな相対的弱者は一体誰なのかをシミュレーションするだけでも、きっとためになると思います。

加えて、行政の言動が「民衆暴力のお墨付き」にならないよう、細心の注意が必要だと思います。
マスク着用をめぐって他人に難癖をつけて暴力を振るう「マスク自警団」達は、行政による「感染防止を徹底してくれ」というメッセージを拡大解釈して、自らの暴力を正当化しているのだと思われます。
こういうケースを極力起こさないよう、隙のないメッセージづくりが求められるでしょう。

武装蜂起されたら(軽武装であっても)マジで死ぬ 

そもそも公務員は「権力側」の存在であり、民衆暴力の典型的なターゲットです。

これまでもたびたび、役所内での暴力沙汰や公務員に対する暴行事件が報じられているところですが、報道されているのはごくごくごくごくごくごく一部です。
 
実際に発生している事案数は、報じられた件数の十倍はあるでしょう。
公務員に対する暴力行使の心理的ハードルが低いのだろうと思わざるを得ません。

しかも昔の官憲とは異なり、今の公務員は全く武装していません。
役所内にも武器はおろか防具もありません。刺股(さすまた)くらいならどこかにあるのかもしれませんが、一般の職員は手にできません。

正直、河原で手頃な石を拾ってきて放り投げる程度の原始的暴力にすら勝てる気がしません。

集団に襲撃されたらなすすべもなくやられることを改めて痛感しました。


コロナ収束後が怖すぎる

「コロナによって世界は不可逆的に変わる、行政にも変化が求められる」というお題目の下、行政のデジタル化を進めなければいけない等と主張する方が結構います。
僕もその通りだと思いますが、「コロナによる不可逆的な変化」についていけない方々の救済も、同じく行政の重要な役目だと思っています。

そして、「民衆暴力」という視点で整理してみると
  • 「ついていけない方々」が民衆暴力の主役になる(現代のラッダイト運動)
  • 「ついていけない方々」が相対的弱者となって民衆暴力の対象になる
いずれかの展開になりそうな気がしてなりません。

どちらにせよ行政・公務員は確実に槍玉に挙げられるのでしょうね……

今の時代、物理的暴力は随分下火ですが、精神的暴力のほうは人類史上最盛期を迎えていると思っています。
 
インターネットのおかげで、お手軽かつ殺傷力の高い手段がよりどりみどり。
しかも素性を明かさずに攻撃できるので、加害側のリスクも相当抑えられています。
 
本当に何が起こるのか予想できません。僕も自衛の術を真剣に考えていきます。

新型コロナウイルス感染症のせいで
  • 公務員は苦情対応から逃れられない
  • 役所という立場上、ハードな案件が集まってくる
ということを改めて理解しました。
 
言葉にするとたった2行なのですが、ここに込められた意味の奥深さは計り知れません。
僕も多分、まだ表層しか理解できていないと思います。

これまでは「人と人の接触を極力減らさなければいけない」というコンセンサスがあったため、役所に届く苦情の声もやや抑えられてきたのではないかと思っています。

ただし、これから本格化するワクチン接種では、どうしても人どうしが接触しなければいけません。
接種に来る方の中には、行政への怒りを煮えたぎらせている方も大勢いるでしょう。
こういう方々にとってワクチン接種は、行政に対して直接文句を言うまたとない機会です。

ワクチン接種に直接携わらない職員でも、これから苦情対応の機会が増えていくと予想します。
ワクチン接種が始まれば、去年の特別定額給付金のように、またマスコミによって自治体間比較が始まるでしょう。
もちろん「〇〇市は近隣より遅い」とか「□□町の接種会場は職員数が少なくて不親切だ」みたいな批判的ムードで。

マスコミにネタにされれば、それだけ世間の関心も高まり、苦情の量も増えます。
去年の春夏(全国的に緊急事態宣言が出ていた頃)も、毎日のように自治体の首長の発言が(半ば揚げ足取りのように)中央マスコミにネタにされていました。
そのせいか行政そのものに対しての反感が強まり、僕自身、連日苦情対応に追われました。

ワクチン接種が本格開始したら、このときと同じような状況が繰り返されるような気がしてなりません。

自分の担当業務で苦情を言われるのはまだしも、「そもそも公務員はさぁ……」とか「行政のあるべき姿は……」みたいな一般論で延々と叱責されると、結構堪えます。
あまりにもどうしようもありません。

来るべき日に備え、心の準備を考えてみました。

批判されているのは「自分」ではなく「組織」

苦情を申し立てる方は、わざわざ「公務員個人」と「組織」を区別したりはしません。
二人称でいえば「お前ら」「あんたたち」を使います。組織がおかしいとは言いません。

そのため、苦情主と対面していると、どんどん自分自身という個人がミスしたかのような感覚に陥ります。

しかし実際は、苦情を受けているのは役所という組織です。
今まさに苦情対応している公務員個人ではありません。

苦情申立人に流されて「自分が悪い」と少しでも思ってしまうと、ものすごく辛くなります。
これは本来、不必要な罪悪感です。

後述しますが、フロント対応職員の最重要任務は、「組織として意思決定するにあたり必要な情報を得る」といことです。
職員が罪悪感を感じるべきケースは、相手方の感情に流されて、意思決定に必要な情報を入手し損ねた場合です。

意思決定の結果、申立人の要望を断らざるを得ないケースもあります。
その時は「人でなし」だの「殺人鬼」だのと散々言われるでしょうが、職員個人に責任があるわけではありません。

苦情主の主張を断ることで、結果的に住民のためになるというケースも多々あります。
苦情主だけに特別に便益を与える、つまりゴネ得を認めるような事態になると、ほかの住民に不利益を被らせていることになりかねないのです。
あくまでも公務員は公僕です。目の前にいる苦情主の専属下僕ではありません。
 

苦情主からすると、職員個人の人格にダメージを与えて罪悪感を抱かせたほうが、苦情の通りがいいのでしょう。
僕の経験でも、玄人ほど、「組織も悪いがお前も悪い」と個人責任を問うてきたり、こちらの言動の機微を捉えて「今の発言は傲慢に過ぎる、侮辱だ」などと人格否定を繰り出してきます。

しかし流されてはいけません。苦情をぶつけられているのは、自分自身ではなく「組織」。
苦情に対面しているのも、自分の全人格ではなく、「地方公務員」という自分の一面にすぎません。
むしろ執拗に人格否定してくる場合は、相手の打算を疑うべきです。


「正確に聞き取る」という目的をしっかり持つ

苦情に対してどう応じるかを決断するのは、あくまでも責任者である管理職です。
苦情主と直接対面するフロント対応職員ではありません。

フロント対応職員に求められる役割は、相手方の主張と客観的事実を正確に聞き取ることです。
相手の感情をケアすることも勿論重要ですが、それよりも「組織が正確に意思決定するために必要な情報を収集すること」のほうがずっと重要です。

ただ延々と苦情を聞かされるよりも、「正確な情報収拾」という目的意識をもって聞いたほうが、相手の感情に過度に流されず、自分のペースを保てるでしょう。

苦情対応業務そのものの主観的価値を高める

苦情対応業務に価値を見出す方策も模索しています。
「クレームはニーズの宝庫」「改善へのヒント」みたいなキラキラした観点ではなく、あくまでも自分の精神を保護するための利己的な方法です。

今のところ、心理学(特に社会心理学)で提唱されている様々な概念を身を以て理解する機会だという路線を考えています。
知的好奇心が満たされるという無形の報酬があることで、苦情対応業務の負担感が幾分か和らぐことを期待します。

苦情対応は、人間のネガティブな感情・思考をぶつけられる仕事です。
しかも役所の場合は、老若男女問わず、社会的地位の高低や収入の多寡に関係なく、幅広い層がやってきます。
天然の観察フィールドとでも言うべき貴重な環境に身を置いているのです。

呼吸・姿勢を整える

あとはやはり呼吸と姿勢です。
特に呼吸をコントロールできれば、精神状態もコントロールできます。

「鬼滅の刃」のおかげで呼吸に関心を持つ人が増えていますが、一過性のブームで終わらせるのは勿体ないです。
初任者研修でしっかり教えてもいいとすら思っています。

 

古のインターネットでは、PDFファイルはブラクラ扱いを受けていました。
しかし今では超便利ツールとして活躍しています。時代の変化を感じますね。
特に役所のホームページでは「とりあえずPDF化しておけば大丈夫」という感覚で、色々な情報がPDF化されて掲載されています。

PDFに限らず、どんなファイルにも「メタデータ」というものがあります。
ざっくりいうと「プロパティの中にあるデータ」であり、作成日・更新日や作成者などの情報のことを指します。

メタデータの中でも特に有名なのが、画像データのexif情報です。
弊ブログでも過去に取り上げたことがありますが、最近はきちんと公表前に削除するのが常識として定着しつつあるようで安心しています。 




PDFファイルを公表するということは、必然的にPDFファイルに含まれるメタデータも公表されてしまいます。
この「PDFファイルのメタデータ」が意外と厄介で、下手をすると炎上案件を引き起こしかねません。

右クリックするだけでは閲覧できない

PDFファイルのメタデータはプロパティの中に潜んでいます。
ファイルを右クリックして見られるプロパティではなく、Adobe Acrobat Reader DC(閲覧機能だけの無償版)のようなPDF閲覧ソフトの中で見られる、より詳しいほうのプロパティです。

ここには、PDF化する前の元データ(ワードやパワーポイントのファイル)のプロパティが一部残存しています。


otoshi01

otoshi02

実例を見てみます。左が元データ(ワードファイル)のプロパティ、右がPDFのプロパティです。
「タイトル」と「作成者」がそのまま残っています。
これらの情報が残っていて、役所外部に知れ渡ってしまうと、非常に面倒です。

タイトルのせいで不要なトラブルを招く

まずはタイトルから見ていきます。
メタデータにおける「タイトル」は、ファイル名とは別物です。
PDFファイルの名称をいくら変更しても、「タイトル」は変わりません。
PDF化する前の元ファイルの名称がそのまま残るようです。

伝えたい情報はファイルの中身とファイル名に記載しておけばいいのであり、メタデータに記載する必要はありません。
メタデータの「タイトル」は、「file01」のような無機質な名称か、ブランクで十分です。 

メタデータの「タイトル」欄は、そこに使われている単語のニュアンスをめぐり、トラブルの引き金になりかねません。

画像で示した例でいうと、タイトルに含まれる「講演」「資料」という2語は、人によって定義が異なる可能性が高い単語です。
各人がバラバラな定義を持っているせいで、以下のような抗議が想定されます。

  • 「講演」は目上の人間が目下の人間に対して行うものだ、公僕である役所職員が「講演」するなんて思い上がりも甚だしい、謝罪しろ
  • 「資料」と称するからには講演内容の出典や根拠資料を網羅的に示すべきだ、学会ではこれが常識だ
  • 「講演資料」と題するなら講演そのものを追体験できるデータ、つまり音声と動画を掲載すべきだ、テキストだけで済ませるのは怠慢だ
いずれの抗議にしても、メタデータがブランクであれば起こりえないものです。
まさにメタデータが余計な一言になって、住民感情を逆撫でしてしまうのです。


さらに、資料の中身とは直接関係のない情報がタイトルに書かれていると、あらぬ疑念をかきたててしまいます。

画像で示した例でいうと、「案B」「修正4」の部分が問題です。
これらの情報は講演内容そのものとは関係ない「講演に至るまでの検討過程」であり、本来は役所外部に披露する必要のない情報、これも余計な一言です。

「案B」「修正4」という文言を見ても、大抵の人は関心を示さないでしょう。
しかし、役所と戦いたい人にとっては、この情報が攻めの糸口になります。

  • 案Aはどんなものだったのか?なぜ案Bにしたのか?もしや案CやDもあるのか?
  • どうして修正が生じたのか?そもそも4回も修正する必要があったのか?修正に要したコストは?コストに見合う成果はあるのか?

こういう攻撃を誘発してしまうのです。

個人情報漏洩になりかねない「作成者」情報

「作成者」情報のほうがより深刻です。
個人情報の漏洩というマジモノの不祥事に直結するからです。

公文書公開のルール(情報公開法・自治体の情報公開条例)では、公文書に含まれる個人の氏名は非公開情報であり、黒塗りしなければいけません。
誤って公開してしまうと、個人情報の漏洩になります。
※ただし個人の氏名であっても「公務員の氏名」は例外で、黒塗りは不要です。

データの場合も同様に、個人の氏名は公開してはいけません。

データの場合はさらに注意が必要です。
ファイルの中身(本文)だけではなく、プロパティ内にも情報(メタデータ)が潜んでいるからです。

メタデータの中に個人情報がある場合も、消去するなり記号に置き換えるなりして個人情報を守らなければいけません。
ここが結構見落としがちなポイントで、誤って公開してしまい不祥事として大々的に報道された事案もあります。

画像の例でいうと、「作成者=久川凪」という情報は、まさにメタデータの中の個人情報です。
原則、公開してはいけません。
(ただし、久川凪さんが公務員であれば全く問題ありません。)

役所が自前で作った資料であれば、「作成者」欄は作成した職員=公務員の名前になるので、問題は生じないでしょう。
しかし、外注して作成した資料だと、外注先の社員さんの氏名がそのまま残っているケースがよくあります。チラシとかパース図とか図面とか……
バレたら即、不祥事です。

元データのプロパティを消す

不祥事ハンター達はメタデータをよく見ています。
そもそもこの記事自体、ネット上でアンチ役所活動を展開している方の発言から着想を得ました。
その方いわく、「いつどこが不祥事を起こすかわからないんだから、日々あらゆる行政機関のサイトを巡回してメタデータに個人情報が残っているファイルを収集している」とのこと。

どういうふうに悪用されるかわからないし、役所としては(今のところ)公開する義務もないので、可能な限り消しておくのが無難です。

しかし困ったことに、PDFのプロパティ内のデータは、一旦PDF化してしまうと削除できないようです。
Adobe Acrobat(PDFの加工ができる有償版)があれば消せるようですが、無償版のAdobe Acrobat Reader DCでは対応していません。
Adobe Acrobatは高価なため、役所で保有しているところはごく少数でしょう。

そのため、PDFファイルを作成する前に、元ファイルのメタデータを消すしかありません。

otoshi03

赤丸で囲んだところをクリックしてプロパティを消してからPDF化すれば、PDFのプロパティも綺麗になります。
できれば作成日とか更新日も消したいところなのですが、こちらは消せないようです。


このページのトップヘ