キモオタク地方公務員(県庁職員)のブログ

地方公務員の人生満足度アップを目指しています。地方公務員志望者向けの記事は、カテゴリ「公務員になるまで」にまとめています。

タグ:スキル

新型コロナウイルス感染症が一段落して、送別会や歓迎会が解禁された職場も多いと思います。
僕の勤務先では「能登半島地震に応援に行っている職員がいる」という理由で、送別会も歓迎会も中止でしたが……多分単なる言い訳です。管理職が飲み会嫌いなんだと思われます。

一般に、地方公務員はあまり飲酒をしない人が多いように思われがちです。
確かに、民間企業で営業職として酒を酌み交わす機会の多い方と比べれば、そういった印象は否めません。
地方公務員に就職した理由に、「民間のように酒を酌み交わす必要がない」ということを挙げる人もいるでしょう。

実際、実際、地方公務員として働くにあたり、頻繁に飲み会に参加する必要はありません。
ただ一方で、お酒を飲むこと自体は、地方公務員家業をやっていくにあたり必須だと思います。

主要顧客の気持ちがわかる

近年、日本人の飲酒量は着実に減少傾向にあります。
厚生労働省によると、日本の成人一人当たりのアルコール消費量は平成4年度の101.8lがピークであり、2019年度には78.2lまで減少しています。

しかし、これは飲酒者の減少を意味するものではありません。
厚生労働省の国民健康・栄養調査(2019年)によれば、生活習慣病のリスクを高める量を飲酒している者の割合は、男性で14.9%、女性で9.1%となり、過去10年間で男性は横ばい、女性は有意に上昇しています。



こうした"ハイリスク飲酒層"は、役所でもおなじみの存在です。
窓口業務を担当したことのある人ならもちろんのこと、普段は住民対応をしない職員であっても、役所内で酩酊した人が大声をあげているシーンに一度は出くわしたことがあると思います。

行政サービスの利用者は、社会的に弱い立場の方々が多いです。
そのような方々の中にはアルコール浸りの人々も多く、お話を伺っていると「今抱えている問題の根本原因は、酒だな……」と思わざるを得ない人も少なくありません。

例えばこんなことがありました。
先月、ある男性がふらふらとカウンターに現れ、大声で「仕事をくれ!」と怒鳴り散らしました。
よくよく話を聞くと、酒に手を染めたことがトラブルの発端で、妻子と離れ離れになり、職を失っていたのです。

このような案件、役所側にできることはありません。
聞くだけ聞いて帰ってもらうしかありません。
強いて言えばアルコールを抜いて冷静になるよう勧めるだけです。

このような事案で、こちら側も酒飲みであれば、お酒を飲んだときの感情の高ぶりや身体的変化がわかります。
つまり、酒飲みの地方公務員は住民対応で重宝されると言えるのです。


「酒を語る」のは地方公務員の重要な仕事

日本は、地域ごとに様々な名産のお酒に恵まれた国で、清酒、焼酎、ワイン、ビールなど、その種類は豊富です。
役所の仕事でも、地酒を宣伝する機会は少なくありません。
特に広報部局や観光部局の職員であれば、地酒ネタは必須の知識です。

各地域では原料や製法にこだわり、風土や気候風土に適した味わいを作り上げてきました。
役所側が宣伝するときも、このような観点で説明することが多いです。

しかし、消費者が知りたいのは、そうした原料や製法の詳細よりも、美味しさ、つまり「味」そのものです。
日本酒造組合中央会の調査によれば、消費者が日本酒を選ぶ際の最重要ポイントは「おいしさ」で71%にものぼります。
「原料米の種類」や「製造方法」を挙げた人はわずか4%にすぎません。

お酒の味は、絶対的なものではなく相対的なものです。同じ酒を飲んでも、人によって「美味い」か「まずい」かで感じ方は異なります。
しかも、個人の体調や気分によっても味の感じ方は変わってきます。
だからこそ、本当においしいお酒を見つけるには、様々な銘柄を飲み比べる必要があるのです。

私にはそのよい例があります。大学3年の春、同級生数人と地元の酒蔵を巡る「酒廻り」をしました。
朝から夕方まで10軒以上はお酒を飲み歩きましたが、正直最初の数軒では味の違いがよくわかりませんでした。
しかし、4、5軒目を過ぎた頃から、ようやく舌が酒の味に慣れ、それぞれの個性が口に広がるようになってきたのです。
結局、仲間内でも一番おいしいと感じた銘柄は人によってバラバラでした。

このようにお酒の美味しさを語るには、豊富な飲酒経験が何より大切なのです。
原料や製法をいくら熟知していても、実際に舌で味を知らなければ通用しません。
だからこそ、地方公務員にとって、日々お酒を飲んで舌を肥えさせることが必須といえるのです。

酒は文化の重要なパーツ

お酒は、単なる飲み物ではありません。
全国各地に根付く伝統的な食文化や祭事、芸能など、様々な文化と深く結びついてきました。

まず食文化との関係です。
沖縄の泡盛は、沖縄料理に欠かせません。
泡盛に漬け込んだ豚の三枚肉や、泡盛を使った煮魚など、泡盛なしには成り立ちません。
また、新潟の日本酒は越後味噌と相性抜群で、日本酒で味噌を割ったり、日本酒で煮詰めた味噌を使うなど、相互に影響を与えあってきました。

お酒と祭り事の関係も深いです。
全国の神社仏閣で行われる「酒初め」は、新酒を神前に供え、製造者や信徒に振る舞う重要な神事です。

さらに、酒造りと伝統工芸品との関係も指摘できます。
焼物や漆器には、必ず酒器がラインナップされています。
お酒の香りや口当たりを活かすような形状になっていたり、その地域でお酒をふるまう祭事用にことが多いです。

このように、お酒は食や祭り、工芸など、地域の文化と密接に関わってきました。
地域の文化を解説した資料や書籍は(役所が自ら作っているものも含め)多数ありますが、真に文化を理解するには、自分自身が文化の「当事者」として、文化の中で生きるしかありません。

つまり、お酒によってはぐくまれた食文化や祭事、工芸を理解するには、自分自身もお酒を飲まなければいけないのです。

土地の文化を理解して継承していくことも、地方公務員の責務です。
地方公務員がお酒を嗜むことは、単なる嗜好を超えた意味があるのです。
「酒好き」「アルコール耐性」という属性は、ガタイが良いとか強面であるとかと同じく、地方公務員適正の一つだと思います。

今年もそろそろ新規採用職員の方々から「放置されている」という怨嗟が漏れ聞こえてくる頃合いでしょうか……
 
研修が適当な理由は過去にも記事にしています。


「4月1日付で一斉に人事異動」「議会のスケジュール」「出納整理期間」といった制度的な理由のために、役所はどうしても新人教育に注力する余裕がありません。

組織的なOJTが機能しづらいからこそ、直属の上司のみならず先輩ポジションの職員が草の根的に新人をサポートする必要があると思います。
しかし、新人の怨嗟が止まないということは、こういうサポートもうまく機能していないのでしょう。

先輩によるサポートが機能していない理由は、昔と今とで異なります。
以前は「サポート役がそもそもいない」という組織構成が原因でしたが、最近は「ノウハウ不足」というより低レベルな原因に堕しています。

かつて:先輩がいない

僕が採用された頃(2013年頃)は、「先輩」と呼べる職員が周囲にほとんどいませんでした。
平成10年代後半に総務省主導で厳しく採用抑制されたせいで、ちょうど先輩にあたる世代(20代後半〜30代)の採用人数が極端に少ないからです。
僕が配属された職場だと、僕の次に若い職員が「40代前半」の係長でした。

つまるところ、新人をサポートしてやれる先輩的なポジションの職員がそもそもいなかったのです。
先輩ポジションがいる職場であっても、先輩一人当たりの新人数が多すぎて、十分なサポートができていなかったでしょう。

僕の場合、たまたま補佐級のおじさんたちがみんな面倒見が良かったおかげで色々助けてもらえましたが、同期入庁職員の多くは見事に放置プレイを食らっていたようで、当時は飲み会のたびに愚痴が飛び交っていました。

今:サポートスキルが無い

平成20年代後半からは採用数も増えてきて、今はどんな職場でもそれなりに「先輩的ポジション」のアラサー職員が在籍しています。
新人をサポートする人的体制は相当改善されたといえるでしょう。

しかし今度は「新人をサポートするスキルが不足している」という新たな問題が生じています。

今のアラサー職員は「先輩にサポートしてもらった」という経験に乏しいです。
そのため、何をどのように教えればいいのかよくわかっていません。
頼りになるのは自分の経験だけであり、サポートするにしても単なる経験談の押し売りになりがちです。

経験談ベースのサポートだと、情報が体系化されていなくて抜け漏れだらけですし、少しずつ段階を踏んで教えていくという観点が抜け落ちていたりします。
いずれにしても新人職員のためにはなりませんし、かえって余計に混乱させてしまうかもしれません。

経験談はあくまでも「一事例」であり、定石とは限りません。
それなりに経験を積んだ職員であれば役立てるかもしれませんが、判断能力に乏しい新人職員にとっては毒にもなりかねません。

何より問題なのが、今のアラサー職員には「自分は誰からもフォローされなかったがなんとかなった、だから新人のフォローはそもそも不要」というマッチョ思考な職員が少なくない点です。
つまるところ、指導するスキルも無ければ、指導する気も無いのです。 
これは典型的な生存バイアスでしょう。


今回取り上げたのは、あくまでも僕の勤務先県庁で生じている事案です。
ただ、原因の大元は「平成10年代後半に採用数を極端に絞ったこと」であり、これは全国共通の事象なので、同じような事態が全国で発生しているのではないかとも思います。

かつては先輩という立場から新人に伝授されていた「アンオフィシャルな仕事のノウハウ」みたいなものが存在したようなのですが、僕らの世代には引き継がれていません。
一旦ノウハウが途絶えてしまうと、復活させるのは本当に難しいです。
 
とはいえ、役所は日々変化していますし、新人職員の性質も変わってきています。
今と昔では、新人に教えるべき事柄も教え方も、ずいぶん違うでしょう。
新しいサポートのあり方を考えていく良い機会なのかもしれません。


地方公務員の仕事には、いわゆる定量的な「ノルマ」はあまりありません。
数値設定されている仕事であっても、未達だったところでペナルティを課されるわけでもなく、せいぜい上司から怒られる程度でおしまいです。

民間企業勤務の方々は、日々ノルマを突きつけられ、達成できなかったら給料減額、下手すれば解雇されます。
そんな状況と比べると、地方公務員に課されている「数値目標達成」へのプレッシャーは相当弱いでしょう。

民間勤務の方々が「公務員は楽だ」と感じているのも、このノルマ不在が一つの原因だと思われます。
僕が出向していた民間団体でも、マイナンバーカード取得率が伸び悩んでいるというニュースに対して「どうせ目標未達でもクビ飛ばないんでしょ?お気楽な身分だよね」と冷笑されていました。

ただ、「数値目標必達」というプレッシャーが無いからといって、地方公務員の仕事が民間よりも必ずしも楽だとは思いません。
地方公務員には「負け筋を見逃してはいけない」という別種のプレッシャーがあります。

基本的に役所は敗北するもの

民主主義の下では、ある施策の成否を決めるのは住民です。
定量的な効果が出ているとか、開始時点に掲げていた数値目標をきちんと達成できたとか……こういった客観的事実はどうてもよく、全ては住民の「お気持ち」次第であり、住民が喜んで満足すれば何でも成功ですし、不満だったら失敗なのです。

価値観が多様化した(どんなマイナーな価値観でも堂々と表明できる)今という時代において、住民全員を満足させるのはもはや不可能です。
どんな施策であっても、必ず誰かから不満の声が上がります。

困ったことにマスコミや政治家は、施策に対する不満しか取り上げません。
大多数が喜んでいる施策であっても、ごく些細な不満の声を探し出して拾い上げ、それを拡張して「役所は失敗した」と喧伝します。

マスコミが連日「この施策は失敗です」と報道するのを見聞きして、住民の多くは認識を改めます。
たとえ自分が恩恵を受けているとしても、それを棚上げして「役所は失敗した」と思うのです。

ほとんどの施策は、このような経過を辿って民主主義的に「失敗」の烙印を押されます。
(以下、失敗施策扱いされることを「敗北」と表現します)

役所がどれだけ頑張ろうが、どれだけ成果を上げようが、関係ありません。
役所は大概敗北します。
そのため、最初から敗北前提に施策を展開することになります。

「負け筋探し」が職員の最重要業務

敗北を前提とする場合、被害を最小限に抑えることが至上命題です。
そのためには、いつ/誰が/どのように叩いてくるか(いわゆる「負け筋」)を網羅的に予測して、それぞれの対処方法を考える必要が出てきます。

こう考えると、定量的目標の未達成も、あくまでも「負け筋」のひとつと位置付けられます。
「いかに達成するか」のみならず、「達成できなかった場合どうするか」も真剣に考えるわけです。

具体的には、
  • 類似した施策で、過去どのような叩かれ方をしているかを徹底的に調べる
  • 国や他自治体、他部署の施策が波及してこないか考える
  • 住民の声やインターネット上の反応を常時伺って、リアルタイムの動向を把握する

こういった方法で「負け筋」を探して、予算・人員・権限の範囲内で対策を練っていきます。
往年の名コピペ「ラグで詰まないか?」を思い出します。


役所的には、たとえ叩かれても想定・対策の範囲内に収まっていれば、それほど問題にはなりません。
しかし、想定外の「負け筋」で叩かれてしまったら、紛れもなく失敗と見なされます。

あらかじめ想定していた「負け筋」であれば叩かれてもすぐに対処できますが、想定外のケースだとそうはいきません。
往々にして時間が足りませんし、対処に必要なモノやデータがもう手に入らないケースも多いからです。
結果的に対処が遅れたり不十分だったりして、さらなる批判を招きます。

最終的にうまく収められたとしても、関係者はものすごく怒られます。
さらには人事評価も下がるでしょう。
「負け筋潰し」はリスク管理の一環であり、地方公務員にとって必要不可欠の能力です。
想定外の事態を引き起こしてしまうと、この能力が不足していると見なされてしまうわけです。


民間企業でも同じように、いろいろなケースを想定してリスク管理をしているでしょう。
ただ民間企業であればコストパフォーマンスを考慮して、利益に影響してこない微小なリスクであれば捨象するでしょうが、役所ではどんなわずかなリスクでも真剣に検討します。
役所はとにかく「想定外」を許さないというスタンスです。

終わりないプレッシャー

「網羅的に負け筋を探さなければいけない」ということは、言い換えると「想定外の負け筋は許されない」というプレッシャーを課されることでもあります。
民間企業における「定量的ノルマ」には及ばないのかもしれませんが、これはこれで結構しんどいプレッシャーだと思うのです。
 
定量的なノルマには終わりがあります。目標値を超える実績を出せばいいです。
しかし、「負け筋潰し」には終わりがありません。
「事実は小説よりも奇なり」ということわざの通り、現実は何が起こるか分かりません。
全ての事象が「負け筋」になり得ます。
地方公務員は、一生ずっとこのプレッシャーの下で生きるしかないのです。


真面目で優秀な職員、つまり「負け筋」をたくさん見つけられる職員ほど、不安をたくさん抱えたまま仕事をすることになりますし、日々「もっと他にも負け筋があるのでは?」と疑心暗鬼に襲われることになります。

日々ノルマ追われる人生と、無限の不安に苛まれる人生。
お互いを蔑み合うのではなく、「みんな違ってみんなしんどい」という友愛の念を持ちたいものです。

弊ブログ読者の中には、ひょっとしたらブログ執筆に興味のある方がいるかもしれません。
そういう方に向けて、地方公務員ネタ中心で約5年間ブログを書いてみた率直な感想をお届けします。

ブログ執筆を趣味とするメリットは?

僕の場合、1記事書くのに大体3時間くらいかかります。
累計だと1500時間程度、20代後半から30代前半にかけての貴重な時間をこのブログに費やしているわけです。
地方公務員法抵触リスクを恐れて広告は貼っていないので、いくら書いても収入はゼロです。
金銭的に見れば時間の浪費にほかなりません。

しかしこの時間は、僕の成長に間違いなく寄与しています。無駄だったとは思いません。

文章力の向上

ブログを書き続けたおかげで、堅めの文章を書くスキルは確実に向上しました。
1文1文の表現力はまだまだ未熟ですが、文章全体の構成力や論理展開のほうは随分マシになったと思います。詳しくは後述します。

正確な知識の定着

ブログを書くために制度要項や統計データを調べていると、意外な発見がたくさんあります。
初めて知る事実だったり、勘違いだったり……いずれにしても「ググればわかる」ことを案外知らないものだと、日々痛感させられています。
職場で恥をかくまえに誤解を正せて良かったと思います。

日常が面白く見える

普段から「ネタ探し」という観点で役所内を眺めるようになり、役所内で過ごす時間が少し楽しくなりました。
別部署との衝突とか問題職員とのやりとりみたいな面倒な仕事も、「格好のネタ」と捉えられるようになり、以前ほど億劫には感じられません。

自律性の回復

ここまでブログを書き続けてこられたのは、ひとえに楽しいからです。
特に、調べて考えて文章化する……という一連のプロセスの達成感に取り憑かれています。
ひたすら他律的であることを強いられる仕事とは違い、ブログが好き放題書けるおかげで、平日ゴリゴリ削られた自律性を回復できている実感もあります。

 



ブログ執筆のデメリットは?

ブログ執筆のプラス面は上述のとおりで、手軽かつローコストで始められる手段としてはかなりリターンが大きいと思います。
ただし、地方公務員をネタにしてブログを書こうとすると、特有のデメリットが生じてきます。

オフの時間も仕事のことを考える羽目になり気分転換できない

地方公務員をネタにブログを書くということは、仕事について休日にも真剣に考えることにほかなりません。ある意味セルフ休日勤務です。
「せっかくの休日を潰して仕事のことを考えなければいけない、しかも無賃」と捉えると、地方公務員ブログは苦行そのものです。
僕自身、「どうして休日なのに役所のことを考えなきゃいけないんだろう?」と虚しくなってきて、執筆を中断することも時々あります。

正直、僕がこの虚しさに耐えられているのは、
  • 田舎なので娯楽が少ない
  • 他の娯楽を楽しむだけのお金が無い
  • 独身ゆえに時間に余裕があり休日を持て余しがち
という条件が重なっているおかげだと思います。
もし僕が都会に住んでいたら、このブログよりも別の娯楽に流れていることでしょう。

ネガティブな情報を収集せざるを得ず鬱々としてくる

地方公務員をネタにするなら、どうしても社会のダークサイドに触れざるを得ません。
役所の仕事の多くはマイナスをゼロに近づける仕事であり、今現在どのような惨状が存在するのかをまずは情報収集して理解しないと、記事は書けません。
まちづくりや地域振興のような前向きな話題であっても、必ずダークサイドは存在します。 

地方公務員に向けられる軽蔑や嫌悪感も、役所の意思決定や地方公務員の価値観に大きな影響を及ぼしており、無視できません。
ブログを書くためには、地方公務員がどのように叩かれているのかを詳細に把握する必要があります。
せっかくの休日にわざわざ社会のダークサイドを調べたり、ネット上の公務員叩きを眺めたりしていると、どんどん気分が悪くなってきます。
ブログをやらなければ知らずに済んだはずのネガティブ情報を知ってしまい、余計にストレスを抱えているわけです。
精神的自傷と言っても過言ではないでしょう。

もちろん、ネガティブな情報を一切省いて、ひたすら明るく仕上げることも可能ではあります。
しかし、地方公務員界隈はネガティブなファクトがてんこ盛りであり、これらを無視して地方公務員ネタの記事を書こうとすると、相当工夫しない限り薄っぺらくなるでしょう。
素材が全然足りないのです。

文書力を向上させるにはどうすればいいのか?

趣味でブログを書くことの効用として、「文章力の向上」がよく挙げられます。
文章力が身につくことで、本業のみならず副業にも役立つ……という文脈が多いでしょうか。

地方公務員の場合、普段から仕事でそれなりに文章を読み書きしています。
そのためわざわざブログを書かずとも相当程度の文章力が備わっているものです。
そこからさらに文章力を高めていくためには、ただひたすら記事を量産していくのみならず、文章力とは何なのかを改めて考えて、意識的に練習する必要があると思います。

文章力=語彙力×構成力

俗にいう文章力は、語彙力構成力の2つに大別されると思っています。
 
語彙力は、適切な単語と表現を扱えることです。
構成力は、文章全体の流れを整えることです。

文章力の構成要素には他にもいろいろあるのでしょうが、この二つを高めることで、正確でわかりやすく、読者の心に残る文章が書けるようになるはずです。

語彙力:たくさん読む

語彙力のほうは、よく言われるように、たくさん読んで、使える単語や表現のストックを増やしていくしかないと思います。
特に、自分が書きたいテーマに関する単語や表現を中心に、網羅的に収集していけばいいでしょう。

さらに語彙力は、物事をより深く理解し考察する助けにもなります。
単語は概念であり、思考や分析のツールでもあります。
ある物事に属する固有名詞をたくさん知っていれば、それだけその物事を細かく分類・分析できるわけですし、ある物事を描写する形容詞をたくさん知っていれば、それだけその物事を多角的に観察できるわけです。

例えば、雨についての単語をたくさん知っていれば、それだけ雨を細かく分類できる、つまり雨について深く考察できます。
より身近な例だと、「公務員」という単語しか知らない人と、「会計年度任用職員」「臨時的任用職員」「任期の定めのない職員」「フルタイム再任用職員」「短時間再任用職員」などの公務員の細目を知っている人とでは、同じく公務員批判をするにしてもレベルが段違いのはずです。

語彙力が伸びれば、文章力向上につながるのみならず、思考力もどんどん増していき、文章の中身自体がより面白くなります。

構成力:参考書を読みながら練習する

ブログ執筆により磨かれるのは、語彙力よりも構成力のほうだと思います。

文章の構成といえば「起承転結」や「序破離」あたりが有名ですが、これらが万能というわけではありません。
文章のフォーマット次第で、求められる構成力は異なります。

地方公務員の日常業務でも、メール、通知文、議事録、挨拶文、議会答弁……などなど、いろいろなフォーマットの文章を書きます。
我々はこれらを同じ方法論で書いているわけではなく、それぞれの書き方のコツを無意識に使い分けています。

話の舞台を役所実務から文章全般に敷衍しても、状況は同様です。
世の中にはたくさんのフォーマットがあり、フォーマットに応じた作文のコツ、つまり構成力が存在します。
つまるところ、自分が書きたい文章のフォーマット次第で、習得すべき構成力も変わってくるわけです。

とはいえ、多数のフォーマットで適用できる汎用的な構成力も存在します。
こういう構成力を身につければ、文章力が飛躍的に向上します。

僕の経験では、
  • ロジカルな文章
  • 脚本(ストーリー)
  • エッセイ
この三種類はかなり応用が効きます。

おすすめ参考書

構成力の養成方法自体は単純です。
定評のある参考書を入手して、それに従って練習するのみです。

ロジカルな文書だと『考える技術・書く技術』が一押しです。



超有名な本なので、すでに読んだことのある方も多いでしょう。
僕が学生の頃は「就活中にマスターすべき一冊」とも言われていました。
Amazonのレビューだと「読みにくい」という声が多数ですが、地方公務員なら難なく読めると思います。
ちなみにこのブログも、2019年2月頃から本書のメソッドに従って書いています。


脚本(ストーリー)だと、このあたりでしょうか。
ストーリー
ロバート・マッキー
フィルムアート社
2019-05-24


SAVE THE CATの法則 SAVE THE CATの法則
ブレイク・スナイダー
フィルムアート社
2018-08-03


「感情」から書く脚本術
カール・イグレシアス
フィルムアート社
2018-08-03



ストーリーの力を借りると、事実をわかりやすく印象的に伝えることができます。
「創作趣味も無いのにストーリーを書く技術がどうして必要なのか?」と思う方もいるかもしれませんが、ちょっと齧ってみるだけでも案外役に立つものです。

エッセイはいまだにピンとくる参考書に出会えておらず、どう書けばいいのかよくわかりません。
自分が経験した事実と感情を淡々と描写しつつ、さりげなく自分の主義主張を織り交ぜて読者の思想を誘導するのがエッセイの極意だと思っているのですが、その塩梅が難しいです。

地方公務員ネタでブログを書く際のコツとは?

インターネット上では、日々いろんなメディアが地方公務員について論じていますし、当事者(現役・元職の地方公務員)が運営しているブログもたくさんあります。
そんな中でこれからブログを開始し、価値ある情報を発信していくには、地方公務員として得た知識や経験を用いて、市井の人々よりもう一段階深掘りすることが重要だと思っています。

一般的なブログ運営手法とは真逆だと思われますが、地方公務員ネタのブログに限っては、僕はむしろ著者をブランディングせずに「凡百の一地方公務員」という立場で書くほうが面白くなるとも思っています。
大多数の地方公務員が感じたり考えたりしそうな事柄を、普通の人よりもう一段階深掘りするだけで、十分読み応えが出ますし、オリジナリティも宿るからです。
さらに「物事を深掘りする」という行為自体が、自分自身の成長につながります。

「地方公務員的には常識だけど世間には知られていない」情報だけで十分差別化できる

「役所の常識は世間の非常識」という定型句があります。
公務員の人格を非難する文脈で頻出の表現ですね。

実際、役所の常識と世間の常識は大きく乖離しています。
ただ、常識が乖離している理由は、一般的に言われるような人格的問題よりも情報の非対称性が大きいと思っています。
お互いに保有している情報が違うせいで「当たり前」も食い違うのです。
  • 制度の仕組み
  • 施策の背景や経緯
  • 公的統計情報
あたりは、今やググればすぐにわかるとはいえ、世間一般には案外知られていないものです。
そもそも「ググったら誰でもわかる」という認識すら無いかもしれません。
こういう「地方公務員以外にはあまり知られていない行政関係情報」をきちんと押さえたうえで世の中を眺めてみると、インターネット上の多数説とは異なる発想が見えてきます。
これが地方公務員ならではの付加価値であり、地方公務員ブログを面白くする要素になると思います。

たとえば、今年話題になった「マイナンバーカード取得率の普通交付税算定への反映」だと、
  • 自治体間の競争を無駄に煽る
  • 国の責任を自治体に押しつけるな
  • マイナンバーカード取得の事実上の強制だ
みたいな主張が盛んになされていますが、地方公務員ならではの強み、例えば地方交付税制度の知識を踏まえると、新しい視点が見つかります。

以下、ネットで見つけた某自治体の研修資料を見ながら書いてみました。

地方交付税の目的は、地方交付税法第1条で規定しているとおり「財源の均衡化」と「財源の保障」です。
要するに、税収の少ない自治体でもきちんと行政機能を維持できるように、国が「地方交付税」という財源を配分するのが、地方交付税という仕組みです。

ただし、何でもかんでも財源保障するわけではありません。
地方財政計画に計上されている「標準的な歳出」、つまり
    • 法令に定められている事業(生活保護、ごみ収集など)
    • どんな自治体でも実施している事業(道路の維持補修など)
あたりを中心に財源保障しており、
    • 自治体公式Youtubeチャンネルの運営経費
    • 地域のお祭りへの補助金
みたいな、一部自治体しか実施していなかったり、義務づけ度の低い事業に対しては財源保障していません。

また、地方交付税は国税の一部(消費税の33.1%など)を原資としており、税収に応じて毎年度総額が決まっています。
総額をいかに配分するかを決めるのが総務省の仕事で、今回「マイナンバーカードの取得率を反映させる」と決めたわけです。

このような地方交付税の性質を踏まえると、
    • 現時点ではマイナンバーカードを活用した施策なんて一部先進自治体でしか実施されていないのに、地方交付税で財源保障すべき「標準的な歳出」と言えるのか?
    • もっと優先して財源保障すべき経費がたくさんあるのでは?保健所職員の時間外勤務手当とか……
    • 「一般財源同水準ルール」が適用されている現状では、地方交付税の総額を増やすのは困難であり、マイナンバーカード事業分を新たに財源保障する分だけ、他の事業の財源保障をカットして財源捻出することになるのでは?
あたりの批判が可能でしょう。
 

行政関係のファクトをきちんと押さえておけば、スーパー公務員の方々のような個性的卓見を持たなくとも、それなりにユニークな内容に仕上げられるものです。
いちいち調べるのは面倒ですし時間もかかりますが、その分だけ自分の血肉になりますし、無駄ではないでしょう。


深掘りの練習方法

物事を深掘りしていく手法は、コンサルタントやシンクタンク向けの書籍が参考になります。
一般的な分析・思考のフレームワークをちょっと使ってみるだけでも、新しい視点が得られます。
僕はこのあたりの書籍をよく参照しています。

ロジカル・シンキング Best solution
岡田 恵子
東洋経済新報社
2013-05-02



新版 問題解決プロフェッショナル
齋藤 嘉則
ダイヤモンド社
2015-01-19




地方公務員ならではの「行政実務にまつわる知識と経験」を使って、世間一般とは異なる切り口で物事を眺めたり、世間一般よりも深掘りすることで、新規性のある中身に仕上がるはずです。

困窮者救済を掲げて活動している団体や個人は、世の中に大勢います。
ただその内実を見てみると、自ら施しを行うのではなく、役所に帰責して圧力をかけるだけというパターンが残念ながら少なくありません。老若男女問わず。
(それゆえ、直接に助けている方は本当に尊敬します。)

困窮者救済は、パブリックセクターの本質的な役割です。
役所に対して「もっと救済しろ」と迫ること自体は、全く間違っていません。

しかし、役所に対して「救済しろ」と迫るだけでは、政治団体と変わりません。
慈善団体を標榜するのであれば、もう一歩踏み込まないといけないのでは?といつも思ってしまいます。

もし慈善活動・困窮者弱者救済活動に興味があるなら、一度は地方公務員として働いてみるのもアリだと思います。
地方公務員経験から得られる知見は、かけがえのない財産になるでしょう。
そして、名ばかり慈善団体とは段違いの価値を提供する手掛かりになると思います。

ニーズを理解できる

役所という職場には、困窮者についての情報がどんどん舞い込んできます。

困窮者との接触が生じる職業は、地方公務員以外にもたくさんあります。
しかし、地方公務員ほど幅広い層と接する仕事は他に無いと思います。
 
困窮者の支援・救済は、役所の根幹的な役割であり、様々な困窮者支援制度を提供しています。
民間団体と比べ、カバーしている領域が段違いに広いです。
さらに現状、「困ったらとりあえず役所に振ってみる」ことが常態化しており、ありとあらゆる分野の困窮者が役所を訪れます。
  • 金銭的に困っている人
  • 健康上の問題があり困っている人
  • 家族や近所等の人間関係で困っている人
などが主ですが、「事実は小説よりも奇なり」ということわざの通り、思いもしない窮状を訴えてくる方が日々訪れます。

困窮者の実情は、インターネット上でもある程度は情報収集できます。
しかし、困窮者の中にはインターネットを利用できない方も多く、ネット情報だけでは間違いなく見逃しが発生します。

困窮者の実情とは、つまり慈善活動のニーズです。
どのような理由で困っているかが分かれば、提供すべき慈善活動のメニューが見えてくるわけです。

困窮者当人だけでなく周辺環境も理解できる

役所にいれば、困窮者本人だけでなく、困窮者支援・救済を取り巻く関係者とも幅広く接触できます。
民間事業者、非営利団体、政治家をはじめ、ほかにも思いもしないような界隈の方々が、困窮者支援・救済の関係者として役所を訪れます。

やってくる人のスタンスもまた様々です。
  • 自らの手で困っている人をとにかく助けたい
という人もいれば、
  • 助けることをビジネスにしたい
  • 本当は自分に非があるけど役所に責任を押し付けたい
  • 助ける気はない、搾取したい
という人もいます。

こういった周辺人物との接触機会も豊富にあるために、困窮者の置かれた環境をより深く、包括的に理解できるでしょう。

行政の限界を理解できる

最初にも書いたとおり、困窮者救済は行政の基幹的な役割です。
ただ現状、役所の困窮者救済機能が万全に機能しているかどうかは疑問です。

特に最近は、伝統的に行政が対応してきた身体的困窮者・経済的困窮者のような存在だけでなく、新しいタイプの困窮者がどんどん登場しています。
この中には役所が対応するべきなのか疑問なものも含まれますが、とりあえずどんなタイプであっても役所の責任とされています。

役所の怠慢を諸悪の根源として位置付け、「行政はもっとしっかりしろ」と叩くだけであれば誰でもできます。
真に現状改善を試みるなら、役所がどうして機能していないのかをまず分析して、
  • 「役所が無能で怠惰だから」よりも具体的な原因
  • 「役所がもっとしっかりする」よりも具体的な解決策
を探求していくことが必要なのではないでしょうか?

これらを突き詰めていくには、役所の外から調べるだけでは限界があります。
個人情報保護や政治的事情のために開示できない事情があまりに多く、しかもこういう部分こそ本質だからです。
本質を探るには、役所の一員として、実際にどういう制約条件・外圧があるのか、どういう過程を経て意思決定しているのかを経験するほかないと思います。

このページのトップヘ