キモオタク地方公務員(県庁職員)のブログ

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総務省が検討会を開いて、地方公務員のあり方を検討するらしいです。





検討会の名称は「社会の変革に対応した地方公務員制度のあり方に関する検討会」。
(長いので、以下「検討会」。)

報道によると結構なロングスパンで継続開催されるようで、委員数も多いですし、法改正につながるような抜本的な見直しをするんじゃないかと思われます。

まだ全然情報が出ていない今のうちに、どんな検討がなされていくのか想像していきます。

検討の前提にある「社会の変革」とは

まず、この検討会で一体どんな議題を扱うのかを考えてみます。

名称を見るに、この検討会は「社会の変革」に対応するための「地方公務員制度」を検討する場のようなので、検討の前提となる「社会の変革」をどう定義しているのかがまず重要になります。

地方公務員を取り巻く「社会の変革」を総務省がどう捉えているのか、一つヒントが存在します。

総務省では、地方公務員のあり方に関して、「ポスト・コロナ期の地方公務員のあり方に関する研究会」という別の研究会(以下「研究会」)を、最近まで開いていました。
名称も似ていますし、今回の検討会にもこの研究会からメンバーが一部引き継がれていますし、連続性があるのだと思われます。



この研究会の報告書の中には、「社会状況等の変化」という文言が出てきます。
「社会の変革」と「社会状況等の変化」、表現はやや異なりますが、ニュアンス的にはかなり近いです。

そのため、検討会における「社会の変革」が何かを窺うには、研究会の報告書内で結論づけられた「社会状況等の変化」がヒントになると思います。


研究会の報告書では、以下の3点を「社会状況等の変化」として掲げています。
  • 【社会情勢の変化による人材確保への影響 】若年人口の減少と人材の流動化に伴う人材獲得競争の激化と、困難な政策課題に対応できる多様な人材確保の必要性の高まり
  • 【行政に求められる能力の変化】 行政課題の複雑・多様化に伴い職員に求められる能力等の再整理、専門人材(特にデジタル人材)の育成・確保、定年引上げに伴う計画的な人材育成の必要性の高まり
  • 【働き手の意識変化】 職員がやりがい・成長実感を得られる取組や、多様な働き方を受け入れる職場環境の整備等の必要性の高まり

いずれの点も、違和感はありません。

災害対応のような突発的長時間労働の増加、慢性的な人手不足、離職者・休職者の増加、心身に危害が及ぶレベルのカスハラ増加……といった業務の過酷化の観点が全然無いのが若干遺憾ですが、2000年台のような「これまで甘い汁を吸ってきた連中の既得権益を引っぺがすぞ」的な懲罰的視点が無いだけでもありがたく思うべきなのでしょう。


正規職員の処遇改善は無さそう

前項では、検討の前提となる「社会の変革」がどのようなものが探ってみました。
一応のヒントは存在するものの、包括的な記述すぎて、具体的な論点は想像できません。

総務省ホームページの検討会資料によると、まず課題を洗い出してから、それぞれの課題を分科会で検討するという進め方を採るらしいので、とりあえずはどんな課題がセットされるのかを注視していきたいです。

現役職員的に一番気になるのは、正規職員の処遇改善でしょう。
時事通信社の記事には「処遇改善」という単語が出てきており、期待したくなるところなのですが…‥総務省が公表している検討会資料では、処遇改善に関しては全然触れられていません。
そのため、この検討会を経て、地方公務員の処遇改善がなされるかは定かではありません。

個人的には、正規職員の処遇改善は望み薄だが、非正規職員や外部人材の処遇改善は大いにありうると思っています。
先に触れた研究会報告書における「社会状況等の変化」の中には、「若年人口の減少」と「人材の流動化」という記述があり、この前提から「従来の正規職員中心の組織運営ではなく、シニア世代を含めた非正規職員や、外部人材をもっと登用すべき」という方向性になるのではないでしょうか?

現状、役所の非正規職員の待遇はよろしくない(専門職は除く)ですし、外部人材に支払う報酬や謝金も、民間水準に比べれば随分安いようです。
特にデジタル関係の人材に関して「求めるスキルに対して報酬が低すぎる」とよく炎上していますし、このあたりの実態を改善するような策が提言されるのでは……と思っています。


良い影響は無さそう

検討会の結論が出るのは2025年度末(令和7年度末)。
実際に制度が変わるのはもっと後になるでしょうし、制度変更が実際に役所現場に影響を及ぼすまでには、さらに年月を要します。

その頃には僕はもうアラフォーで、きっと出先機関で庶務係長あたりのポジションを拝命しているでしょう。
そのため、制度改正の影響は、僕自身の給与とか身分よりも、僕の部下たちに影響してきそうです。
これまで通り、部下は若手正規職員なのか、非正規の高齢者だらけになるのか……ひょっとしたらデジタル化が進んで部下がいない可能性すらあります


地方公務員の働き方は、外部環境に大きく影響されます。
地方公務員制度をいかに変えようとも、正直あまり関係ないと思います。
時間外勤務手当が満額支給されないように、運用上うやむやにされるのが制度の宿命。
明らかな待遇劣化が生じないかという観点で、引き続き注視していきたいです。


地方公務員は、「成果を上げても評価されない」「頑張っても報われない」仕事だとよく言われます。

金銭面でいえば、たとえ大きな成果を上げようとも、ボーナスが0.1ヶ月ほど増える(+2万円くらい)とか、定期昇給で2号上乗せされたり(年収ベースで+5万円くらい)程度の見返りしかありません。
仕事をたくさん引き受けて長時間残業しようとも、残業代が満額支給されるとは限りません。

成果を上げれば出世できるというわけでもありません。
役所で出世するのは内部調整が上手いタイプです。
個人として有能だったり、役所の外に圧倒的人脈を持っていたりして、しっかり成果を残せたとしても、内部調整が今ひとつだったら出世できません。

しかし実際のところ、地方公務員の中には、待遇以上に頑張って働いている人が大勢います。
職位以上のプレッシャーを引き受けたり、サービス残業を日々続けたり……いわば「損をする」職員がいなければ役所は到底回りません。

このような現実を踏まえ、「地方公務員は頑張るほど損だ」と考える方も多いと思います。
(早々に地方公務員を辞めた方は、特にこう考えていると思います)

ただ僕は、「頑張るほど損だ」とまでは思いません。
目の前の仕事に興味があるのなら、頑張りに応じた「自己満足」というリターンが得られるからです。

自己満足はリターンたりうる

冷静に振り返ってみると、我々は自己満足を得るためだけに相当な投資をしています。
旅行なんて自己満足の典型ですし、美食やファッションなんかも自己満足要素が強いでしょう。
自己満足は、仕事以外の面においても、実際すでに強力なインセンティブになっています。

しかも自己満足は、単なる一時的快楽ではありません。
うまく構築できれば、「思い出」という形で、一生涯楽しむことが可能です。

地方公務員であれば、ことあるごとに過去の武勇伝を語ってくる高齢者と接触する機会も多いでしょう。
彼ら彼女らにとって、自分の武勇伝(=思い出)は、まさに自分のアイデンティティそのものであり、生きる支えでもあります。

電話や窓口で武勇伝プレゼンが始まるたび、僕は人生における「思い出」の重要性を痛感します。
適当に相槌を打ちながら、「もしこの人にこの武勇伝が無かったら、果たしてこんなにいきいきしていられるのだろうか?」なんてことも考えたり……

自己満足という要素を考慮せず金銭面だけで損得を考えるのは、精緻なようで現実離れしているとすら思えます。

仕事はコスパの高い自己満足手段

自己満足を得る手段は、仕事だけではありません。
いろいろな手段がありますが、地方公務員はさほど高給ではないので、なるべくコストパフォーマンスに優れた方法で得るほうが望ましいです。

地方公務員の場合、仕事で自己満足を得るのは、かなりコスパのよい方法だと思っています。

仕事は、時間というコストを投じる必要があるものの、費用はかかりません。
むしろ投下した時間に応じてお金が返ってきます。
モノやサービスを消費して得る自己満足よりも、かなりコストが小さいと言えるでしょう。

特に地方公務員の場合、副業規制という制約があり、仕事以外から収入を得られませんし、経費は全部自腹です。
何をしようとも仕事よりもコストが高くついてしまうので、得られる自己満足がよほど大きくない限り、コストパフォーマンスでいうと仕事を下回ってしまうでしょう。

「公益」という自己満足ブースター

仕事から自己満足を得られるのは、公務員に限った話でありません。民間勤務でも同様です。
しかも民間の場合、頑張れば頑張るほど、自己満足のみならず金銭的な見返りも期待できます。

ただし、地方公務員の仕事は、何であれ名目上は「公益のため」という高邁な目的を持っています。
誰かの私利私欲のためではなく、みんなのための仕事であり、「利他」とか「自己犠牲」のような高尚な理念を持った仕事です。

地方公務員の仕事は、このような世間的に高く評価される理念に直接貢献できる仕事ということで、自己満足を感じやすいと思われます。
実際のところ貢献できているかと問われると非常に微妙なところですが…… 

案外、トータルリターン(自己満足+金銭的報酬)でみれば、たとえ金銭的報酬では惨敗していようとも、公務員にも分があるかもしれません。

頑張りたいと思うなら素直に頑張ってみれば?

つまるところ、「頑張りたい」と思える環境に巡り会えたなら、素直に頑張ってみるのも悪くない選択だと思います。
金銭的には損かもしれませんが、それを補う自己満足というリターンを獲得できるかもしれないからです。


「頑張るだけ損だから」などと斜に構えて意図的に手を抜くと、サビ残が減って金銭的なコスパは良いかもしれませんが、かえって不完全燃焼感が残ったりして自己満足面ではマイナスが勝るかもしれません。
それならいっそのこと、コスパ度外視で思いきり頑張ってみたほうが、長期的には幸せになれるでしょう。

僕自身、観光部局にいたころ、サビ残まみれ&自腹切りまくりの日々を送る羽目になり、金銭的にはかなりしんどかったです。
しかし今となってはぼちぼち良い思い出です。
(将来「若い頃は自腹で東京出張したもんだ」みたいに武勇伝語っちゃいそう……)


自己満足をどれだけ重視するかは人それぞれですし、自己満足の感じやすさも人それぞれです。
自己満足に価値を見出せない人、自己満足を感じにくい人にとっては、まさに地方公務員は「頑張るだけ損」に違いないと思います。性格的に向いていないと言えるでしょう。

以前の記事でも少し触れたのですが、現役キャリア官僚の友人から転職相談を受けました。
その後も何度かやり取りして、結果的に今回は転職を見送ることで落ち着いたようです。

とはいえ彼の霞が関への落胆は相当なもので、かつ彼個人の問題というよりは本省勤務のプロパー国家公務員に共通するものだと思われました。

本人から「隠すような話でもないし」と了承もらったので、紹介します。

ひたすら「連絡調整」の日々

今回僕に相談をくれた現役キャリア官僚(以下「X氏」)は、現在は某省(本省)のとある課で課長補佐を勤めています。
国家総合職試験に合格して採用された後、1回だけ出先機関勤務を挟んでいますが、基本的にずっと本省勤務が続いています。

課長補佐に昇進してからは、国会対応と内閣府・内閣官房(以下まとめて「内閣周辺」)との連絡調整がメイン業務です。

具体的には、
  • 国会答弁を書く
  • 国会議員の要求に応じて個別にレクする
  • 内閣周辺からの指示(資料作成、レク、各種文章作成など)に対応する
といった業務を、自ら手を動かして処理したり、係長や事務官に指示して対応してもらったりしてこなしています。

いずれの業務も、とにかく「日本語を整えること」が最も重要です。
口頭であれ文章であれ、「隙が無く、かつわかりやすい」説明が求められます。


連絡調整やりたくて官僚になったわけではない

X氏は、こういう仕事がやりたくて官僚になったわけではありません。
X氏がやりたいのは、施策や制度そのものに関わる仕事です。

既存の制度を安定運営させることはもちろん、新たな課題に対して新規施策を打ったり、状況変化に応じて制度を改正したり、不要になった施策を廃して新陳代謝を図ったり……
いわば施策や制度という「コンテンツ」に関わる仕事です。

こういう仕事に生涯をかけて取り組みたいと思ったために官僚を志し、学生時代から勉強を重ね、入省後も経験を積み、人脈を作ってきました。

しかし実際のところ、年々どんどん制度・施策そのものから距離が開き、今となっては口出しすらろくにできない状況にまでなってしまいました。

「連絡調整業務ばかりで施策・制度そのものに関われない」という状況は、X氏だけに限った状況ではありません。
上を見ても下を見ても横(同年代の総合職採用職員)を見ても、皆同じように連絡調整業務に追われています。


加速する「連絡調整」シフト

「制度や施策に携われない」という不満そのものは、今に始まった話ではありません。
X氏を離職に駆り立てたのは、ここ数年でこの傾向が一層強まっているためです。

X氏いわく、2つの大きな流れが、プロパー職員を制度・施策からさらに遠ざけているとのこと。


省庁横断

ひとつは「省庁横断」です。

ここ数年、「官邸主導」や「縦割り廃止」のような掛け声を実現すべく、内閣官房や内閣府の職員がどんどん増えているようです。
職員は基本的に各省からの出向という形で賄っており、係長級〜課長補佐級の職員が中心。
出向中は「各省にオーダーを出す側」として、ひたすら連絡調整業務をこなします。

一方、各省のほうは、内閣官房や内閣府に出向した分だけプロパー職員が減ります。
そのため、少ない人数で、連絡調整業務をこなさなければいけません。

つまるところ、「省庁横断」実現のため「連絡調整業務の司令塔」がどんどん増強されており、連絡調整業務の総量も増えていく一方、各省の対応人員は減少しているため、各省の一人当たりの負担がますます重くなっているのです。

外部人材登用

もうひとつは「外部人材登用」です。
 
プロパー職員が連絡調整業務に追われる中、制度や施策に関わる業務は、プロパー職員以外が担うようになりつつあるようです。

特に民間企業からの出向者の存在感がどんどん増しつつあり、新規施策や大型制度改正のような目玉プロジェクトほど、民間企業出向者中心で進められているとのこと。

X氏から見れば「自分のやりたかった仕事が外部人材に奪われた」も同然の状況です。
「これまで積み上げてきたもの、学識も経験も人脈も無駄になっている」と嘆いてもいました。
「霞が関において、キャリア官僚は『裏方』になりつつある」という言い方もしていました。

悪いことではないものの……

「省庁横断」「外部人材登用」いずれの流れも、これから当分続くと思われます。
そもそも、どちらも悪いことではありません。
うまくいけば行政サービスの向上につながるでしょう。

しかし、これらの流れが進めば進むほど、プロパー職員はますます連絡調整役に徹することになります。
国家公務員、特に国家総合職の仕事の魅力である「制度・施策に携わって国を動かすこと」から、どんどん遠ざけられてしまいかねないのです。

X氏に離職を考えさせたのは、現状への不満ではなく、「このまま霞が関に残っていては『制度や施策を動かす仕事』に関われない」という将来への危機感でした。
転職先候補として自治体も視野に入れてくれたために、僕に連絡をくれたとのこと。

公務員のやりがいとは何か?と改めて考えさせられる一件でした。


役所現場を離れているせいでナウピチピチな話題を仕入れられないので、ブログネタを探すために過去の経験を振り返ることが増えました。

思い返してみると、これまで諸先輩方から本当にたくさんの訓示をいただいてきました。
特に新人の頃は、30歳前後の主任クラスの先輩方から、飲み会のたびに「あるべき若手論」みたいなものを垂れられたものです。

今まさに当時の先輩方と同じ年代になってみて、当時いただいた「あるべき若手論」の答え合わせをしてみると、正答率は半々くらいです。
先輩の慧眼に驚くものもあれば、「真に受けて損したわ!」と小突いてやりたくなるものもあります。

僕が先輩から聞いた諸説の中でも、かなり的を射ていると思うのが、「2部局目で身についた働き方が、基本的に定年までずっと続く」というものです。

1部局目(初任部局)で習得したやり方が一生涯使えるわけではない

地方公務員の研修(特に新人)は基本的にOJTです。
新人地方公務員が一堂に集められて一律に教育を施されるのではなく、それぞれの配属先で、上司や先輩から指導されます。

OJTでは、
  • 一般的なビジネススキル(電話の取り方、メールの書き方など)
  • 役所の内部的業務(公文書管理、会計ルール、議会対応、予算、決算、監査対応など)

のような実践的な技術のほか、
  • 公務員としての心構え
  • 庁内の常識

のような精神面についても教えられます。

指導項目は共通でも指導内容はバラバラ

どんな部局に配属されようとも、OJTで教わる項目自体は大差ないと思います。
しかし、各項目で教わる具体的な内容は、部署ごとにバラバラです。

同じ役所内であっても、部局によって仕事のやり方は様々です。
出先と本庁の違いが典型ですが、本庁の中でも課ごとにかなり差があります。
部署ごとの違いが、そのまま指導内容の違いに直結するのです。 

例として、支払い業務(=会計ルールの運用)を考えてみます。

支払い業務は、地方公務員稼業の基本中の基本です。
初任配属先がどこであれ、OJTの中で必ず教わると思います。
しかし、部署によって、教わる内容は異なります。

土木部局や農林部局のような国庫補助金をたくさん扱う部局であれば、いずれ来る会計検査に備えて、担当者も管理職も入念にチェックします。
支払い手続きそのものが相当重要です。
そのため、「担当者がしっかりチェックのは当然のこと、さらに上司が再チェックしやすいよう事業概要ペーパーを作り、根拠資料も全部揃えてから決裁を回せ」と教わるでしょう。
 
一方、観光部局のような予算規模が比較的小さく、国庫補助金をあまり使わない部局の場合は、支払い業務は単なる付随作業です。
支払いの目的である事業が何より重要なのであり、支払い手続きはどうでもよく、なるべく手早く簡単に済ませようとします。
OJTでは「支払い書類を作り込むのは時間の無駄だから、形式さえ合っていればいいからとにかくさっさとやれ」と指導されるでしょう。

指導役のキャラクターも大いに影響

何よりOJTでは、教える側の上司や先輩の個性が、指導内容に色濃く反映されます。
同じ役所の職員であっても、それぞれがたどってきた人事異動キャリアや経験次第で、後陣に伝えたい中身も異なってくるのです。
 
イケイケバリバリの先輩からは、何事も「連携」「協働」「成長」みたいなポジティブな観点と結びつけて指導するでしょう。
一方、僕みたいな陰キャは「苦情」「弁明」「訴訟」みたいなネガティブ・ディフェンシブなことしか教えられませんし、こういう観点をまず身につけることが重要だと思っています。

つまるところ、初任1部署目のOJTは、項目的には必要事項を網羅しているかもしれませんが、各項目の指導内容は相当偏っているのです。


2部局目の苦悩

2部局目にもなると、もはや周囲は新人扱いしてくれません。
しかし前節のとおり、新人時代のOJT教育には偏りがあり、1部局目で身につけた技能が2部局目でもそのまま通用するとは限りません。

多くの若手職員は、1部局目のやり方があまりに通用せず、カルチャーショックを受けます。
そして、なんとか適応しようと精一杯の試行錯誤を続け、自分なりの「仕事の基本スタイル」を確立していきます。
1部局目に学んだやり方をベースにアレンジする場合がほとんどでしょうが、中にはゼロからやり直す人もいるでしょう。


僕の場合、上司への報告で大いに悩みました。
 
僕の初任は防災関係部局で、どんなに些細な情報でもすぐに上司に共有するのが当たり前でした。
防災の仕事は一人では何もできず、部局内全員が一枚岩となって動かなければいけません。
そのため、情報共有は何よりも重要でしたし、僕自身も「とにかくなんでもすぐに報告するように、何よりも『ほうれんそう』だぞ」と強く教えられました。

2部局目は総務系で、担当者ごとの業務分担がはっきり分かれていて単独作業が多いという、本庁にありがちな部署でした。
 
そこでも僕は「ほうれんそう」を墨守していたところ、1ヶ月経った頃に上司から小言を言われました。
「君はどういう目的があってそれを報告してるの?私はそれを報告されて何をすればいいの?」
「確固たる目的の無い報告は双方にとって時間の無駄だから!」

ここでようやく、「なんでも共有」という原則は防災部局特有のルールであり、役所全体のルールではないことに気がつきました。

そこからは試行錯誤の日々です。
まず、上司や同僚に話しかける前に「会話の目的」を考えるようにして、今話す必要が本当にあるのかを吟味するようになりました。
さらに、相手が「知りたがり=なんでも報告してほしいタイプ」なのか「要点だけ知りたい=余計な報告は無駄だと思うタイプ」なのかを見分ける練習も始めました。
あとは常に「案件の重大性」にも気をつけるようにしました。
他の案件を差し置いても至急報告すべき緊急案件、遅れてもいいけど報告はすべき主要案件、担当者レベルで握りつぶしていい些細な案件……といったレベル分けを適切に行えるよう、上司の反応を伺うようになりました。

このような過程を経て、僕の観察者スタイル(日和見主義)が確立しました。
同時に「他人を巻き込む」ことへの忌避感も芽生えてしまいました。 



尾をひく「2部局目」

2部局目で見出した「仕事の基本スタイル」は、教わったものではなく自ら考え出したものです。
自分で考え出しただけあって「自然」で「やりやすい」方法ですし、2部局分の経験が反映されて一般化されているので、次の異動先でも通用する可能性が高いです。
そのため、この「仕事の基本スタイル」は、後々にもずっと適用されていきます。

また、仕事のやり方に思い悩むことで、「自分にとって仕事とは何か」、いわば「仕事観」が見えてきます。
人生における仕事の優先順位が見えてくる、と言ってもよいでしょう。

つまり、2部局目の経験を通して、地方公務員人生の根幹となる「仕事の基本スタイル」と「仕事観」が一旦完成するのです。


僕が先輩から「2部局目に身についた働き方が一生続く」説を伝授されたとき、同時に「2部局目は大変だけど、残業で乗り切ろうとするな」と強く注意されました。
先輩いわく「この時期に残業に頼りすぎると、将来的にずっと残業体質になってしまうぞ」とのこと。
この警鐘は事実だと思います。
実際僕の同期にも、この時期にひたすら残業&休日出勤を繰り返し、さほど忙しくない現在もだらだら残業している職員が少なからずいます。

一方、この時期に「効率的な働き方」を追求して、ちゃんと仕事しつつも定時退庁を続けている同期もいます。

まずは「2部局目は重要だ」という意識を持ち、自分にとっての理想を素直に考えてみることが重要なのではと思います。

現役地方公務員の方は、たいてい「地方公務員の仕事はルーチンワークだ」と自ら評します。
特に元職の方は必ずそう言いますし、かつ地方公務員を辞めた理由の一つとして「ルーチンワークに耐えられなかった」と開陳している方も多いように思います。

一方、「地方公務員の仕事は標準化・マニュアル化されていなくて非効率」という声も絶えません。

ここで個人的に疑問なのが、「マニュアル化/標準化されていないルーチンワーク」というものは、そもそも存在するのか?という点です。

「ルーチンワーク」という言葉の定義は、
 


手順・手続きが決まりきった作業。日課。創意工夫の必要ない業務。




とのこと。

言葉の定義を見ても、ルーチンワークは「マニュアル等により手順が決められている結果、単調な作業になっている」仕事なのでは?と思われます。

「地方公務員の仕事はマニュアル化されていないけどルーチンワークだ」という一見矛盾する主張は、「ルーチン」の期間を考慮すると両立します。

1日〜1ヶ月くらいの短サイクルで「ルーチン」を捉えるならば、地方公務員の仕事はルーチンだとは思いません。
ただし、一年以上の長期サイクルで「ルーチン」を考えるなら、確実にルーチンワークだと言えるでしょう。

単調な日々が続くわけではない

地方公務員の仕事は、世間からは「単調なルーチンワークだ」という印象を強く持たれています。
 僕の場合、住民から「刺身にタンポポを乗せるほうが刺激的」だと言われたことがあります。
 

 
スーパーの元鮮魚担当だった方から以前聞いたのですが、刺身にタンポポを乗せる仕事は実際ルーチンワークではなく創造性の塊とのことです。
 
タンポポをいかにうまく乗せるかで見栄えが激変して売行きに直結しますし、乗せ方を工夫すれば原価を抑えられ(「つま」「バラン」を削減できる)利益率に直結するらしいです。
「単純作業の代表例扱いされてるのが納得いかない」と憤っていました。
 



もしかしたら地方公務員志望者からもそう思われているかもしれません。
単調作業でそこそこの給料がもらえる!と期待して試験勉強に励んでいたり……

地方公務員の仕事は単調だとは、僕は思いません。
 
地方公務員の仕事のかなりの部分を占める「内部調整業務」は、マニュアル化が困難なコミュニケーション中心の業務であり、場当たり的に「柔軟な」対応が求められます。

マニュアル化されていてフローが決まっている業務もたくさんあるものの、そういう業務であってもマニュアルではカバーしていないイレギュラーな事態が連日のように発生して、その都度「新しい対応」を迫られます。

もちろん役所内には、ルーチンワークと呼んで差し支えないような単調な業務もあります。
ただ最近は、こういう仕事は会計年度任用職員の方か再任用職員の方がこなしていて、正規職員は関わりません。

僕は以前から、簡単な「業務日誌」を認めているのですが、ネタに困ったことはこれまで一度たりともありません。
毎日何らかのハプニングが発生しています。非常事態が日常です。

1年間の流れはいつも同じ

一方、一年スパンで見ると、地方公務員の仕事は確実にルーチンワークと言えます。
 
全庁共通の年中行事(中でも議会と予算)が、仕事の大きな割合を占めているからです。

役所内にいる限り、どんな部署に配属されようとも、どんな役職に就こうとも、年中行事からは逃れられません。
毎年同じような時期に、準備開始〜しこしこ作業〜上司や財政課のヒアリング〜本番〜終了後の後始末〜というサイクルを回すことになります。

しかも役所の場合、経験を積んで職位が上がるほど、仕事に占める年中行事の割合が大きくなります。
民間企業であれば、職位が上がるほど裁量が効き自由度が上がる、つまりルーチンから解放されていくところ、役所は逆に職位が上がるほどルーチンに縛られていくとも言えるでしょう。

僕はこの4月から外部団体に出向しており、そろそろ半年が経過します。
役所を離れて議会とも予算とも無縁の生活を経験したことで、地方公務員の仕事に占めるこれらのウェイトの大きさを痛感しているところです。

ルーチンワーク=悪、とは限らない

まとめると、地方公務員の仕事は
  • ルーチンのサイクルを短く捉えるならルーチンワークではない→「毎日同じ作業を繰り返す」わけではない
  • ルーチンのサイクルを長く捉えるならルーチンワークといえる→「同じような一年」をずっと繰り返す
と言えるでしょう。

インターネットで情報発信している方は皆さん仕事熱心で、ルーチンワークは悪であると断じています。
成長につながらないし、何よりつまらないからです。

ただ僕は、必ずしもルーチンワークは悪ではないと思います。
同じような日々が続くということは、予見可能性が高いということであり、安定的であるといえます。
このような仕事に魅力を感じる方も多いでしょう。
特に家庭を持つと、仕事においては、刺激的な日々よりも安定感を重視するようになると思います。

人生全体がルーチン化されていたら流石につまらない気がしますが、あくまでも人生の一部分にすぎない仕事だけに限っていうのであれば、善悪ではなく価値観の問題なのでしょう。
 

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