キモオタク地方公務員(県庁職員)のブログ

地方公務員の人生満足度アップを目指しています。地方公務員志望者向けの記事は、カテゴリ「公務員になるまで」にまとめています。

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以前の記事でも少し触れたのですが、現役キャリア官僚の友人から転職相談を受けました。
その後も何度かやり取りして、結果的に今回は転職を見送ることで落ち着いたようです。

とはいえ彼の霞が関への落胆は相当なもので、かつ彼個人の問題というよりは本省勤務のプロパー国家公務員に共通するものだと思われました。

本人から「隠すような話でもないし」と了承もらったので、紹介します。

ひたすら「連絡調整」の日々

今回僕に相談をくれた現役キャリア官僚(以下「X氏」)は、現在は某省(本省)のとある課で課長補佐を勤めています。
国家総合職試験に合格して採用された後、1回だけ出先機関勤務を挟んでいますが、基本的にずっと本省勤務が続いています。

課長補佐に昇進してからは、国会対応と内閣府・内閣官房(以下まとめて「内閣周辺」)との連絡調整がメイン業務です。

具体的には、
  • 国会答弁を書く
  • 国会議員の要求に応じて個別にレクする
  • 内閣周辺からの指示(資料作成、レク、各種文章作成など)に対応する
といった業務を、自ら手を動かして処理したり、係長や事務官に指示して対応してもらったりしてこなしています。

いずれの業務も、とにかく「日本語を整えること」が最も重要です。
口頭であれ文章であれ、「隙が無く、かつわかりやすい」説明が求められます。


連絡調整やりたくて官僚になったわけではない

X氏は、こういう仕事がやりたくて官僚になったわけではありません。
X氏がやりたいのは、施策や制度そのものに関わる仕事です。

既存の制度を安定運営させることはもちろん、新たな課題に対して新規施策を打ったり、状況変化に応じて制度を改正したり、不要になった施策を廃して新陳代謝を図ったり……
いわば施策や制度という「コンテンツ」に関わる仕事です。

こういう仕事に生涯をかけて取り組みたいと思ったために官僚を志し、学生時代から勉強を重ね、入省後も経験を積み、人脈を作ってきました。

しかし実際のところ、年々どんどん制度・施策そのものから距離が開き、今となっては口出しすらろくにできない状況にまでなってしまいました。

「連絡調整業務ばかりで施策・制度そのものに関われない」という状況は、X氏だけに限った状況ではありません。
上を見ても下を見ても横(同年代の総合職採用職員)を見ても、皆同じように連絡調整業務に追われています。


加速する「連絡調整」シフト

「制度や施策に携われない」という不満そのものは、今に始まった話ではありません。
X氏を離職に駆り立てたのは、ここ数年でこの傾向が一層強まっているためです。

X氏いわく、2つの大きな流れが、プロパー職員を制度・施策からさらに遠ざけているとのこと。


省庁横断

ひとつは「省庁横断」です。

ここ数年、「官邸主導」や「縦割り廃止」のような掛け声を実現すべく、内閣官房や内閣府の職員がどんどん増えているようです。
職員は基本的に各省からの出向という形で賄っており、係長級〜課長補佐級の職員が中心。
出向中は「各省にオーダーを出す側」として、ひたすら連絡調整業務をこなします。

一方、各省のほうは、内閣官房や内閣府に出向した分だけプロパー職員が減ります。
そのため、少ない人数で、連絡調整業務をこなさなければいけません。

つまるところ、「省庁横断」実現のため「連絡調整業務の司令塔」がどんどん増強されており、連絡調整業務の総量も増えていく一方、各省の対応人員は減少しているため、各省の一人当たりの負担がますます重くなっているのです。

外部人材登用

もうひとつは「外部人材登用」です。
 
プロパー職員が連絡調整業務に追われる中、制度や施策に関わる業務は、プロパー職員以外が担うようになりつつあるようです。

特に民間企業からの出向者の存在感がどんどん増しつつあり、新規施策や大型制度改正のような目玉プロジェクトほど、民間企業出向者中心で進められているとのこと。

X氏から見れば「自分のやりたかった仕事が外部人材に奪われた」も同然の状況です。
「これまで積み上げてきたもの、学識も経験も人脈も無駄になっている」と嘆いてもいました。
「霞が関において、キャリア官僚は『裏方』になりつつある」という言い方もしていました。

悪いことではないものの……

「省庁横断」「外部人材登用」いずれの流れも、これから当分続くと思われます。
そもそも、どちらも悪いことではありません。
うまくいけば行政サービスの向上につながるでしょう。

しかし、これらの流れが進めば進むほど、プロパー職員はますます連絡調整役に徹することになります。
国家公務員、特に国家総合職の仕事の魅力である「制度・施策に携わって国を動かすこと」から、どんどん遠ざけられてしまいかねないのです。

X氏に離職を考えさせたのは、現状への不満ではなく、「このまま霞が関に残っていては『制度や施策を動かす仕事』に関われない」という将来への危機感でした。
転職先候補として自治体も視野に入れてくれたために、僕に連絡をくれたとのこと。

公務員のやりがいとは何か?と改めて考えさせられる一件でした。

2021年も終わりが見えてきました。
都道府県庁だと、そろそろ霞が関出向へのお声かけが始まる頃合いでしょう。

このブログでも度々触れているとおり、本省出向のお誘い=高評価の証です。
打診されたことを、まずは誇りに思って良いと思います。

いろいろ噂の絶えない霞が関出向ですが、自治体以外の環境で働ける貴重な機会であることは間違いありません。

しかも自治体勤務よりも圧倒的に多量の業務をこなすことになるため、否が応でも鍛えられます。
上昇志向のある方なら、ぜひ利用すればいい機会だと思います。

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「ひたすら雑用させられるだけ」という前評判もありますが、実際に経験した人からは「いい経験だった」と聞きます。

 
ただ、霞が関出向に多大な期待を寄せすぎると、かえってがっかりするかもしれません。
出向経験者から聞く限りでは、霞が関出向によって実務能力は大いに鍛えられるものの、
  • 法学や経済学のような基礎的素養が身につく
  • 出向先省庁に関係する専門知識が身につく
  • 霞が関内や業界関係者との人脈ができる

といった抜本的成長までは至らない、つまり地方公務員よりも上位存在に転生できるわけではないらしいのです。

※この記事の内容は100%伝聞です。僕自身の経験談ではありません。
実際のところは出向経験者の先輩に聞くのが一番手っ取り早くて正確だと思われますが、昨今の新型コロナウイルス感染症のせいでなかなかしっぽり話を聞く機会も設けられず迷う方もいそうだな……と思い、僭越ながら本記事をしたためた次第です。

ひったすら業務量が多いけど……

まずはじめに、霞が関出向の実態を整理していきます。

「これまで出向者が回せてきた仕事」を担当する

どの省庁であれ、出向者のポストは固定されています。
出向者の前任者は、基本的に出向者です。

ポストが固定されているため、担当する業務もほぼ固定されます。
出向者が担当する業務は「過去ずっと出向者が回してきた業務」です。
「出向者でもトラブルなくこなせている程度の業務」だとも言えます。

そのため、「主査の仕事を新規採用職員が引き継いだ」みたいな、自治体だとよくある身の丈に合わない業務を任されるケースはごくわずかなのだと思われます。

「答えのある業務」が多い

出向者は基本的に1年、長くても2年間しか在籍しません。
(退職派遣だと4年コースもあるらしいですが……)
 
国からすれば残業させてもいい臨時職員みたいなものです。
そんな職員に任せられる業務は自然と限られてきます。

新たな判断を要する業務は任せず
  • 前任者の記録を見れば大体こなせる業務(広義のルーチンワーク)
  • ルールががっちり決まっており、調べればわかる業務(制度の運用など)

といった答えのある業務が多いようです。

「答えのある業務」という表現だとなんだか楽そうに思われるかもしれませんが、分量がとてつもなく多く、中身も細かく、さらには要求水準も高いので、作業量はどうしても多くなりますし、労働時間も長くなります。

しかしそれでも「やれば終わる」ものが大半です。
「閃かないと進まない」とか「専門知識がないと手が付けられない」ものではありません。

「自治体相手の業務」が多い

前項の「答えのある業務」の中には、自治体相手の業務も多いです。
  • 毎年実施している全国調査
  • 制度運用の疑義回答

のような業務が典型でしょう。

「プライドを賭けた省庁間バトルこそ霞が関の本質」というイメージが強いですが、こういう仕事は基本的にプロパー職員の役目で、こういう仕事まで任せてもらえる出向者は少数のようです。 

処遇はかなり改善されてきている

霞が関勤務=超多忙という実態は、もはや公務員界隈のみならず全国民の共通認識です。
とはいえここ数年で、少なくとも出向者の処遇はだいぶ改善されているようです。

一昨年に某省へ出向した職員曰く、年間残業は900時間程度で、彼の歴代前任者たちと比べても過去最少でした。(ちなみにピークは平成24〜25年頃で約1800時間、東日本大震災直後はどこもえぐかったようです)

残業時間の減少傾向は彼だけでなく、ほかの出向者も同様だったとのこと。
「やたらと『本省出向はやばい』と騒ぎ立てる人がいるが、多分認識をアップデートできていない、県庁の繁忙部署のほうが残業してるしストレスでかい」と話していました。

最大のリスクは「クラッシャー上司」

僕の周りには、幸いにも出向でダウンした職員はいません。
出向経験の話題になると、皆さん口を揃えて「人に恵まれた、運がよかった」と話します。

実際のところ、出向先で潰れてしまう職員も少なからずいるようです。
その原因のほとんどは人間関係、特にクラッシャー上司です。

配属先の人間関係は完全に運であり、出向者にはどうしようもありません。


得られるもの:圧倒的事務処理能力とお金

霞が関への出向では、自治体ではなかなか味わえないレベルの多忙を経験させられます。
とにかく多くの仕事をこなし、仕事について考えまくることで、自らの「仕事観」「仕事の進め方」をアップデートする絶好の機会になるでしょう。

圧倒的事務処理能力

ひたすら多量の業務を遂行する過程で、自然と事務処理能力が鍛えられます。
  • タスク管理能力
  • エクセルスキル(マクロを身につける人も多いらしい)
  • イージーミスを減らすためのちょっとした工夫

特にこういったものは確実に鍛えられます。日々の仕事が高負荷トレーニングとなり、知らぬ間にどんどん成長していけるようです。
僕の同期は「精神と時の部屋みたいなもの」と話していました。

圧倒的パッション

出向経験者いわく、プロパーの本省職員は仕事への情熱が桁違いで、文字通り「国を動かしている」という自負と責任感がある、とのこと。
自治体勤務だと、こういう役所の仕事に対してパッションを燃やしている方、いわば公務ガチ勢にはなかなか出会えません。
(官民問わず「地域活性化ガチ勢」ならむしろ地方自治体の方が出会いやすいのですが……)

本省出向を終えて自治体に戻ってきた後にも延々と続いていく公務員人生において、公務ガチ勢の生き様は、きっと精神的な支えになると思います。

圧倒的収入

収入面への影響も大きいです。
出向期間中は東京23区勤務扱いになり、地域手当は20%で計算されます。
さらに残業代も(ちゃんと支給されれば)凄まじい額になります。

もし僕が霞が関に出向して900時間残業した場合、年収はだいたい600万円くらいになります。
昨年の年収が約440万円だったので、1.3倍強に増えます。凄まじいです。

かつての上司(当時41歳)は、「20代で出向したときの年収をいまだに超えられない……」とぼやいていました。そのくらい跳ね上がるらしいです。

得られないもの:いろいろ

霞が関出向者が自治体に戻ってきた後は、出向先省庁関係の部局に配属されるとは限りません。
僕の勤務先自治体の場合だと、どんな省庁に出向していても関係なく、総務系・調整系の部署ばかりに配置されます。

せっかくの出向が勿体無いような気がしていたのですが、改めて話を整理してみると、そもそも「勿体無がるほどの貴重な財産」を得ているとは限らない気もしてもいます。

本省とのパイプ(人脈)

プロパー職員にとって、出向者は「大勢のうちの一人」にすぎません。
ただ一緒に仕事をするのみならず、「相当な困難を一緒に乗り越える」とか「人間的に馬があう」といったプラスアルファの要素がなければ、印象に残らないと思われます。
印象に残らなければ、パイプの築きようがありません。

加えて、プロパー国家公務員は、地方公務員よりも異動が多いです。
出向期間中の1年や2年に頑張って人脈を築いたところで、そのときのメンバーがいつまでも本省に残っているとは限りません。
活用できるとしてもせいぜい数年なのでしょう。

専門知識

先述したとおり、出向者が担当する業務には必ずしも専門知識が求められるわけではありません。
単に出向期間中にミスなく仕事を回すだけであれば、知識がなくともなんとかなります。

ただ生き抜くだけでぐんぐん伸びる「事務処理能力」とは異なり、「専門知識」はただ目の前の仕事をしているだけでは身につかず、自発的に勉強しない限りはさほど伸びないのです。

コミュニケーション能力

地方公務員の仕事では、いろんな層の人と関わります。
大学教授のような知の頂点に立つ人から、文字の読めない人まで……とにかく幅広い層と意思疎通するためのコミュニケーション能力、いわば異文化コミュニケーション能力が求められます。

一方、霞が関出向で関わる人たちは、基本的に皆さん優秀です。
仕事において求められるコミュニケーション能力は、情報を早く・正確に・大量にやりとりすることに主眼が置かれると思います。

つまり、霞が関出向期間中は、地方公務員に必要な「異文化コミュニケーション能力」が必要とされず、ゆえに訓練されないのです。

霞が関的なコミュニケーションも勿論重要(むしろエリート界隈ではこちらが王道)なのですが、地方公務員実務に直結するとは思えません。

出向するか否かの判断基準

多くの方にとって、霞が関出向を受諾するかどうかの判断基準は、以下の二つに集約されると思います。
  • 耐えられるのか
  • 自分のためになるのか/何が得られるのか
前者に関しては、「業務内容が難しすぎてついていけない」という危険はかなり小さいものの、どうしても長期間労働は避けられないでしょう。

そのため、「これまで経験したことのない分野だから」などの業務内容的な懸念はさほど考慮する必要は無く、「残業に耐えられるか」「睡眠を削っても大丈夫か」といった体力面・健康面から検討すればいいと思います。


後者に関しては、「圧倒的な事務処理能力」という地方公務員人生において一生役立つスキルが確実に得られます。
これはどんな部署に配属されようとも、 どんな役職に就こうとも、必ず役立ちます。


ただ、事務処理能力以外の要素を開花させたいという希望、例えば
  • 人脈を作りたい
  • 専門性を身に付けたい
  • 視野を広げたい
といった期待は、叶う保証はどこにもありません。
これらを目当てに出向しても、肩透かしを食らうかもしれません。

むしろ出向期間中は、労働がハードなせいで生活に余裕がなくなり、こういった要素を伸ばす余力が残っていないかもしれません。

霞が関出向によって達成できるのはあくまでも「地方公務員としての成長」です。
典型的な地方公務員の枠に納まりたくない人、いわゆる「スーパー公務員」や「稼げるスキル」を志向する方は、出向するよりも独自路線を突っ走ったほうがいいと思います。
 


あくまでも僕の観測範囲内の話ですが、ここ数年で「新規採用職員に占める予備校利用者の割合」が高まってきています。
出題傾向が変わって独学だと合格しにくくなっているのか、予備校費用を惜しまないくらいに公務員志望度が高い人が増えているのか……理由はわかりませんが、とにかく予備校利用者が増えて、独学合格者が減っているようです。

僕はこれまで半ば趣味で色々な資格試験を受けてきましたが、地方公務員試験はかなり難しい部類に入ります。
凡人が努力でなんとかなるレベルの限界だと思います。



「公務員になりたい」のであれば、予備校に通うのが確実でしょう。
僕自身は予備校に通っていませんが、予備校利用者達からは「講義をサボらず受けて与えられた課題をきっちりこなせば合格できる」と聞きます。

一方、独学の場合だと、使用する教材、スケジュール、到達地点(完成度)の設定など、すべてを自分で管理しなければいけません。
予備校であれば最初から用意されていた「課題」を、自ら設定するところから始めるのです。

予備校利用にせよ独学にせよ、目的は同じ「公務員試験突破」です。
ただしプロセスはずいぶん異なります。
どちらのプロセスにもメリット/デメリットがあり、好き嫌いがあるでしょう。
いずれにせよ合格すればいいのです。

ただ、公務員試験に合格した後、つまり地方公務員として実際に働くにあたり役立つのは、圧倒的に独学経験だと思います。
地方公務員人生には「独学」がつきものだからです。

「教えてもらえる」環境ではない

過去の記事でも触れましたが、地方公務員の研修は適当です。

他人に仕事を懇切丁寧に教えるだけの余裕がありませんし、そもそも教えられるだけ詳しい職員がいないケースも多々あります。

「公文書の書き方」「議会対応」「出納規則」みたいな全庁共通のルールであれば、他の職員から教わることができますが、地方公務員の仕事(特に本庁)には「庁内でも自分しか携わらない仕事」がたくさんあります。
制度の運用や許認可業務あたりが典型でしょう。

こういう仕事の中身は、同じ係内の同僚や、直属の上司であっても、全然わかりません。

唯一わかるのは前任者ですが、前任者も全知全能というわけではなく、せいぜい数年担当していただけです。
教わるにしても基本的事項程度が限界で、予備校講師やテキストみたいに全幅の信頼を寄せることはできません。

誰も知らない「新要素」がどんどん増えていく

旧態依然というイメージの強い役所仕事ではありますが、それでも日々変化しています。
法令や制度が改正されてルールそのものが変わったり、新任の上司が業務フローを自分好みに変えたり……
理由はどうであれ「これまで通り」が通用しなくなるのです。
民間企業では当たり前の事象なのでしょうが、役所でもよくあります。

こういう場合は、誰からも教わることができません。
誰もが自分と同レベルの知識しか持っていないために、講師役が存在しないのです。

ルールを知る=インプットはされど重要

地方公務員の仕事はルールに基づくものが多く、「調べればわかる」「どこかに答えがある」仕事が多いです。
センスに従って判断するとか、ロジカルシンキングを駆使して答えを導出するのではなく、ルールをインプットすることがまず必要です。

つまり適切なインプットさえできればこなせるものが多いですし、反対にどれだけ地頭が良くてもルールのインプットを怠ればこなせないのです。

インプットの方法は様々です。
中でも「教わる」のは、誰もが義務教育にて経験しているインプットであり、馴染み深いものでしょう。
 
しかし前述のとおり、地方公務員という仕事においては、「教わる」がうまく機能しません。
そのため、否が応でも独学せざるを得ないのです。

独学によるインプットは、地方公務員人生においてずっと続きます。
少なくとも異動のたびにみっちり独学しなければいけない時期がやってきます。

最初にも触れたとおり、地方公務員試験はかなり難しい部類であり、独学合格には相当高度な「独学力」が必要でしょう。
逆にいえば、独学で地方公務員試験を突破できた方は、予備校利用者よりもハイレベルな独学力が備わっているのです。


そのため、やる気さえあれば、予備校利用者よりも高効率でインプットが可能なわけであり、インプットの重要性が高い地方公務員という職業においては、それだけ有利だと言えるでしょう。

もちろん、地方公務員の仕事は、ルールに基づく業務だけではありません。
むしろコミュニケーションに属するもののほうが多いと思います。
とはいえ「ルールの独学」は基礎中の基礎であり、「教わらないと理解できない」というタイプの方は、試験を突破できても実務で苦労するかもしれません。

役所は「調整」という言葉が大好きです。
地方公務員であればどんな業務を担当していようともほぼ毎日のように口にする単語ですし、部署名にもよく使われます。
地方公務員向けの啓発でも必ず登場します。

ただ、「調整」の定義は人それぞれです。
各自がそれぞれの定義に基づいて持論を展開しています。

このブログの開設以来、僕もずっと「調整とは何か?」を考え続けてきたところなのですが、最近になってようやく考えがまとまってきたので、ここで一旦紹介します。

調整業務.001

単なる「合意形成」でも「交渉」でもない

地方公務員の調整業務とは
  1. 自陣営にとって有利な結論(落とし所)を
  2. 「客観的妥当性」と「住民感情へのケア」を確保しつつ
  3. 関係者を納得させて実現させる業務
だと思っています。

民間企業にしろ役所にしろ、組織における調整業務とは、単に合意を取り付けるだけではありません。
 
自陣営にとってお得な結果でなければ(損しか生じないケースの場合は損失が最小化される結果でなければ)、たとえ関係者との同意が達成できたとしても、意味がありません。
取りうる選択肢の中でも最善のものを選び取ろうとする、わずかでも自陣営に有利な結論へと誘導しようとする意地汚さが、調整業務においては非常に重要です。

*****

ただし役所の場合は、成果がどんなものであれ、その根拠が「正しい」ものでなければいけません。

「関係者が全員納得しているから問題ないのでは?」という理屈は、役所の場合は認められません。
民主主義の仕組み上、直接的な関係者のみならず、世間一般を納得させなければいけないのです。

「世間一般の納得」というものがまた面倒で、単に論理的・倫理的に正しく、良い結果がもたらされるだけでは足りません。
さらに「感情的な納得」という要素が必須です。

このため、地方公務員の調整能力には、「客観的妥当性の確保」と「住民感情のケア」が欠かせません。
民間企業の調整業務とは一風異なる、役所ならではの要素と言えるでしょう。

*****

もちろん、調整を成功させるためには、関係者の同意が絶対に必要です。
同意を取り付けるための交渉こそ調整業務の本番であり勘所であるのは、役所でも民間企業でも変わらないでしょう。
ただし役所の場合は、本番に先立つ準備のほうも、相当に重要なのです。

調整業務の3段階

調整業務の大まかな流れは前述のとおりであり、3つの段階に分かれます。

自陣営にとって有利な「落とし所」を探る

まずは「落とし所」、つまり「実現可能な選択肢のうち最善のもの」を設定するところから始めます。
 
この過程を通して、
  • 今回の調整において絶対に譲れないポイント
  • 優先すべき要素
  • 時間や費用、ルールなど制約
などの「条件」を整理していきます。

もちろん「落とし所」は、以降の調整プロセスの中でどんどん変わっていきます。
とはいえ最初に条件を整理して「最善手」が何なのかを把握しておかないと、調整過程全体の方向性が定まりません。

「客観的妥当性」と「住民感情へのケア」を満たす説明(根拠)を作る

「落とし所」の案が固まったら、次はこれを正当化するための説明(根拠)を作ります。
 
役所には「二枚舌」は許されません。
直接の交渉相手である関係者にも、無関係な世間一般に対しても、同一の説明を以って納得させなければいけません。
 
このような説明を準備するのは非常に大変で、考慮すべき要素がたくさんあるのですが、少なくともまずは論理的・倫理的に正しくなければいけません。
まず「正しい」ロジックを作ってから、案件ごとの個別性をふまえ、チューニングを加えていくことになるでしょう。

「正しい」説明ができたら、「感情面での適切さ」との両立を模索していきます。
いくら「正しい」説明であっても、感情的に許容できないサイコパスじみたものであれば、理解は得られません。

「論理的・倫理的な正しさ」と「感情面での適切さ」は、たいてい相反します。
バランスをうまく調節しなければいけません。

関係者と交渉して納得させる

調整≒交渉という理解をしている方も多いと思いますが、役所の調整業務に限っていえば、僕はむしろ交渉に臨むまでの準備段階(「落とし所」と「説明作り」)のほうが重要だし大変だと思っています。

とはいえ、関係者が納得してくれなければ調整は成立しないわけで、交渉段階が本番であることに変わりはありません。
 

あくまでも準備した「落とし所」と「説明」を極力そのまま相手に納得してもらうのが、交渉の最大の目的です。

交渉段階で頑張りすぎる(相手を納得させるためにアドリブ的に喋りすぎる等)と、事前に準備した説明内容から外れてしまい、後々に関係者から「説明が違う」「相手によって顔色を変えた、二枚舌だ」という攻撃を受けかねません。
このような批判は、民間企業であれば知らん顔できるのかもしれませんが、役所の場合は致命傷です。何としても避けなければいけません。
 


調整業務に必要な能力(調整能力)

上記の過程を達成するために必要な能力が、俗にいう「調整能力」です。
これを構成する要素として、「知識」「公務員的センス」「洞察力」「プレゼンスキル」があると僕は考えています。

調整案件に関する知識

知識は主に「落とし所を探る」段階で必要です。
 
調整案件に関する知識、例えば
  • これまでの経緯・背景
  • 他自治体の成功・失敗事例
  • 関係法規制などのルール
といった知識がなければ、そもそも「ベストな落とし所」を設定できませんし、「制約条件」を見落とす危険もあります。

公務員的なセンス

落とし所を探る際には、「自陣営にとって何が有利なのか?」という基準が必要です。
これには現時点での損得のみならず将来的な影響も考慮する必要があり、知識だけでは太刀打ちできません。

同様に、説明づくり段階には、「世間一般に通用する妥当性はどんなものか?」「世間一般が感情的に許容できるのはどこまでか?」という基準が必要です。
これも「世間一般」なる抽象的な存在を想定して考えなければならず、ロジカルシンキングが単に得意なだけでは上手くいかないと思います。

これらの能力は、地方公務員として働くうちに培われていくものだと思います。
「公務員的センス」というなんとも抽象的な名称を使わざるを得ず非常に心苦しいのですが、今のところこれ以上にしっくりくる言葉が思い浮かびません。

洞察力・プレゼンスキル

最後の二つは、まとめて「コミュニケーション能力」と称してもいいかもしれません。
 
いずれも主に最後の交渉段階で必要になるものですが、「洞察力」のほうは最初の「落とし所設定」でも重要です。
関係者の意向を最序盤に察することができれば、適切な制約条件を設定でき、より精度の高い「落とし所」が出来上がるでしょう。

プレゼンスキルは、わかりやすくて好感の持てる話し方や身振り手振り、相手の反応を伺いつつ話のペースを工夫する……といった一般的なものです。

奥深い「調整能力」

役所には「トークが上手いわけではないのに調整業務が得意」という方がたまにいます。
特に超有名大学出身の方に多いです。

こういう方は、きっと交渉の準備段階が完璧、つまり「落とし所」と「説明」が完璧なので、話術加算が無くとも関係者を納得させられるのだろうと思います。

「調整能力=交渉能力」という図式は、地方公務員界隈においては表面的すぎます。
地方公務員の調整能力はもっと複合的なもので、一朝一夕で身につくものでもなく、非公務員が即座に真似できるものでもないと思います。

このブログでは、よく僕の経験談をネタにしています。
過去の担当業務の内容、上司や同僚や住民の発言、印象的な出来事、残業時間や休暇取得日数のような数字……等々、これまでの経験は貴重なブログの題材であり、ふわっとしたアイデアをわかりやすく説明するための素材でもあります。

ひょっとしたら読者の中には「どうしてそんなに細かく覚えていられるんだ?都合よく捏造しているのではないのか?」と疑っている方もいるかもしれせん。

実際のところ、捏造ではありません。
ちゃんと覚えている……というか記録しています。
 
入庁当時から簡単な業務日誌をつけているので、いつでも過去を振り返れるのです。

一日一行で十分

僕が日々書き溜めている業務日誌は、本当に単純な「一行日誌」です。
  • 日付
  • 出勤時刻
  • 退勤時刻
  • 実残業時間
  • 報告した残業時間
  • 本日の主な業務内容
  • 職場の雰囲気
  • その他コメント

こういった項目を横軸にセットしたエクセルファイルを作り、一日一行、毎日書いていきます。
イメージはこんな感じです。
業務日誌イメージ

民間企業だと、会社で決められた様式があり、個々人が業務日誌をつけるのが当たり前のところが多いでしょうが、地方公務員だと少数派だと思います。

僕がこの習慣を始めたのは、民間企業に就職した友人からの勧めがきっかけです。

彼が就職した会社は文字通りの大量採用・大量解雇方針で、新卒1年目社員にはとりあえず膨大な残業をさせて耐性を測るのが習わしでした。
彼曰く「1年間で西暦と同じ時間の残業をこなせればクリア(今年だと2021時間)」とのことで、「ハンター試験のほうがまだマシ」と愚痴っていました。

彼は早々に嫌気がさして退職しました。
さらには会社への個人的怨恨を晴らすため、労働基準監督署に訴え出ました。

その際に役立ったのが業務日誌です。
実際の残業時間と残業手当支給額との大幅な乖離、休暇取得を申し出ても平然と却下される現状などを証明する根拠として、業務日誌が活躍したのです。

この話を聞いた当時、僕自身も時間外勤務手当が全然支給されないことにまだ慣れておらず、少なからず職場に不満を抱いていました。
そこで、もしかしたらいずれ人事当局と戦う場面があるかもしれないと思い、その際の武器として使う目的で業務日誌を作り始めました。

「同じ一年を繰り返す」為の物差し

今のところ人事当局と戦う予定は皆目ありませんが、それでも業務日誌はすごく役に立っています。
ブログのため……は一旦置いといて、ちゃんと役所実務にも活きています。

地方公務員の仕事(特に本庁)は、議会や予算編成のような年中行事のウェイトが大きいです。
年中行事のスケジュールは毎年ほぼ同じで、年中行事への対応が必要な時期は他の業務にはなかなか時間が割けません。

 
そのため、年中行事以外の各担当者の個別業務は年中行事の合間にこなさざるを得ず、結果的に年中行事も個別業務も例年同じようなスケジュールで回すことになります。

そのため、昨年度のスケジュール感が分かれば、今年度の見通しがだいたい持てるのです。

具体的には
  • どの時期にどんな業務をやっていたのか
  • 業務の順序はどうなっていたのか
  • 時間がかかる業務はどれか
  • 繁忙期はいつなのか

こういったポイントが分かれば、大いに参考になります。
そのまま真似してもいいし、改善の余地を探すヒントにもなります。

一年分の業務日誌を作ってしまえば、二年目以降がかなり楽になります。
スケジュール感の把握に使えますし、業務の遺漏がないかを確認するチェックリストとしても使えます。

仕事熱心で優秀な方であれば、自ら担当した業務のスケジュール感くらいはきちんと記憶できていることでしょう。
しかし僕みたいな下位層は覚えていられません。記録しておかないと参照できないのです。

異動するときには、そのまま引き継ぎ資料としても使えます。
「報告した残業時間」のようなプライベート情報は消したほうが無難ですが、その他の項目は「日誌」以外の形態ではなかなか伝えにくい情報で、かつ後任者にとってもニーズのある情報だと思います。


ちなみに霞が関出向経験のある職員によると、本省勤務の職員はプロパーであれ出向者であれ業務日誌を作るのが一般的らしいです。
異動のスパンが短く、全国転勤が当たり前でなかなか前任者に質問しづらい環境なので、こういう日々の記録がものすごく重宝するとのことです。

「自分史」としての業務日誌

地方公務員のキャリアパスは「ジェネラリスト志向」と評されるもので、定期的な人事異動を通して色々な分野に広く浅く関わることになります。
「様々な業務を経験することで幅広い知見を習得する」ことが目的です。

ジェネラリスト志向そのものの是非は置いといて……この目的を達成するには、過去に経験した業務についてしっかり覚えていなければいけません。

業務日誌は、自分の地方公務員経験の蓄積を可視化したものです。
記憶だけでは保持しきれない知識やノウハウを保存できる媒体であり、ジェネラリストとして成長する助けになると思います。


さらに業務日誌は、過去の自分のスクリーンショットのようなものでもあるとも思っています。
過去の自分の感覚や感情といった主観的な部分が、業務日誌の中にはありありと残っています。

僕の場合だと3〜4年目の日誌が痛々しい感じになっており、恥ずかしくて人には見せられないポエムみたいなコメントが多数書かれています。
しかし当時は真剣でしたし、今でも日誌を読み返せば当時の感覚が蘇ってきます。

過去の感情は、なかなか記憶には留めておけないものです。
むしろ容易に上書きされてしまいます。

業務日誌の記述を通して、こういう若かりし頃の戸惑いや不安、驕りや勘違いのことを覚えていられれば、後輩や部下と接する際に役に立つのでは……とも思っているところです。



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